105話
「はぁ………全く」
「ははっ。折角可愛い子を借りたってのに浮かねぇ顔だなぁ、兄ちゃん」
「もう少し………ほんの少しで良いから、素直に言う事を聞いてくれればいいんだけどね」
装備屋の店主が陽気に笑う。対して僕は頭を抱えていた。エコーは選んだ冒険者用の服を試着するために少し離れた試着室へ向かってここにはいないけど、ここに来てから今に至るまでにまた色々と手間がかかった。
と言うのも、店に入って自分に合った武器と服か防具を選んでと言ったんだけど、彼女は商品の中で一番安い装備を選んで買おうとしていたのだ。別に店の商品に文句を言いたい訳じゃないけど、どれもないよりはマシ………武器はほぼ使い捨てのような品質だし、選んだ皮の鎧も中古かと思う程ボロボロだった。多分失敗作を捨て値で売っていたんだろうけど、それにしたって心許ない。なんなら動きの制限になるだけで、防御性能なんて奴隷服より多少マシなくらいだと思った。
勿論、そんなものを買っても意味が無いからやめるように言ったんだけど、そうしたらそれより少し高い程度の………という風に、値段で買おうとするから手を焼いた。別に、買い物をする上で値段が重要じゃないとは言わない。節約は大事な事だからね。
ただ、言わずもがな武具は戦場で自分の命を預ける道具だ。手を抜けば文字通り命取りとなるのだから、そんな適当な選び方は許せなかった。
言っても聞かないと言う事を察した僕は、自分に最適な装備を選ぶようにわざわざ命令として言いつける事になった。そうしてやっとまともな装備を恐る恐る選んだエコーが試着室にいるというわけだ。
「いい子じゃねぇか。そう言いなさんなって」
「僕もそう思うよ。ただ………君も武具を売るなら、その重要性くらい理解してるよね?」
「まぁなぁ………だが、あの子が選んだ装備を買って良いのかい?それなりの上等品だから、値は張るぜ?」
少し心配そうに僕を見る店主。僕はそれに首を振って答える。
「構わないよ。死なれる方が困るからね」
「はっはっは。お優しいことだな………あんたは何もいらないのかい?」
「僕は魔法で作れるから必要ないよ………それより、ここに売っている品は随分と品質に差があるね」
周りを見渡しながら店主に気になったことを尋ねる。先ほど彼女が選ぼうとしたような武具もあれば、恐らく錬金術で加工されている武具まで並べられていた。勿論、値段に天と地の差があるとはいえ、一つの店舗にここまで品質に差がある商品を置くのは珍しいと思っただけだ。
武具店なんて入ったことが無いからこれが普通なのかもしれないけどね。
「冒険者全員が裕福な訳じゃねぇからな。高い商品ばかり並べていると、そういう奴らが手を出せなくなるんだよ」
「けど、未熟な冒険者が低品質の装備を買って命を落としたら本末転倒じゃないかい?」
「はっ。装備が無くて諦めるんなら、まともな物を買えないと分かった時点で諦めてるだろうよ。俺が売るのは、それでも諦めない命知らずの馬鹿どもだ。少なくとも無いよりはマシになるだろ」
「それは………確かに一理あるね」
言われてみれば納得する理由だった。幾らなんでも、この装備があれば自分は大丈夫だと思える品質ではない。逆に言えば、自分なら大丈夫だと思っている人間は装備の品質など関係がないんだろう。売られていようと売られていまいと、冒険者になって裸一貫だろうと魔物に突撃するのが想像できた。
なら幾ら使い捨てだろうと、無いよりマシである事には間違いがない。戦場に身を置かない僕には無かった考えだね。
「だろう?………お、出て来たぜ」
「ん、みたいだね」
こちらに歩いてくる足音。僕と店主がそちらを見ると、やはりエコーだった。白いシャツの上からフードの付いた蒼いケープを身に纏い、丈の短い黒のスカートと冒険者用の革のブーツなどかなり動きやすい服装だった。ただ、錬金術で加工されているみたいだから、一部の魔法に耐性があるんだろうね。
ベルトを付けて腰から下げているのは片刃の黒剣だった。形状はブレードと言うよりは刀に近いね。それも………うん、しっかりと錬金術で加工されているみたいだ。これなら不足ないだろう。
「ほぉ………こいつぁ驚いたな」
「うん、似合ってるじゃないか。最初からそう言うのを選べばよかったんだよ」
「えと………ありがとうございます。ですが………」
「よし、兄ちゃん。あれを買うんだな?普段使いするとなると数着必要だろうが、奥にある予備の分も持って来るかい?」
「あぁ、頼むよ」
「あ、ま、待っ………」
彼女の言葉を遮るようにして僕に尋ねた店主に頷く。僕と彼女のやり取りは見ていたはずだし、また渋り始めるのは目に見えていたんだろう。すぐに提示された金額を店主に渡し、彼女の装備を買う。勿論全く安くなかった。
ただ、装備の品質を考えれば妥当だろう。勿体ないとは全く思ってない。それに、似合っているのも事実だ。折角可愛らしい外見をしているのだから、ボロボロの服を着ている方が勿体ないと思う。
そうやって買い物が終わり、予備の服も受け取った後、彼女は本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
「申し訳ありません………こんな高価な服を………!」
「いや、ちゃんとしたものを僕が選ぶように言ったんだけどね。それに、折角高い物を買ったんだから、そんな顔をされたら僕が困るよ。それとも、着替えるのは嫌だったかい?」
「い、いえ………そんなことはありません、けど………」
「じゃあ謝らないでくれ。必要だと思って買ったんだから、喜んでくれると嬉しいよ」
まぁ、すぐには難しいと思うけどね。ここまでで分かったけど、ずっと奴隷商の下で、奴隷として売られるために育てられたという環境だったからか、自分を省みる思考が著しく欠如しているみたいだ。
その割には脱衣を命じられた時には抵抗したらしいし、何か特別な事情でもあるのかな。まぁ、今の所は遠慮や謙虚さが面倒くさいだけで、抵抗まではすることが無いから心配はしていないけどね。
「………ありがとうございます」
「どういたしまして。それじゃあ………」
宿に帰ろうか。そう言おうと思った時、くきゅうと小さな音が鳴った。音の発生源はエコーで、本人は顔を赤くしながら慌てていた。そういえば、時間を気にしていなかったね。もう少し早く帰る予定だったんだけど、色々と時間を使う事が多かったから過ぎているかもしれない。
「あっ………い、いえ、私はそんな………!」
「あぁ………ふふ。もうお昼だったかな。どこかでご飯を食べよう。君は好きな食べ物とかはあるかい?」
「………お肉が好きです」
遠慮がちに答えた彼女の回答が予想以上に見た目通りと言うか、狼の獣人族なんだなと改めて思う回答だった。まぁ、獣人族の趣向が種族に引っ張られる傾向があると言う話は聞いた事がある。勿論、最終的には個人の好みになるんだろうけどね。
「なるほどね。なら、今日の昼食はそれでいこうか」
「………はい。ありがとうございます」
素直に頷くエコー。食事まで拒否しなくて助かったよ。まぁ、彼女が生きるために必要な物の提供は僕の義務でもあるから、断る理由がないんだろうけどね。
僕はこの辺りに何があるか詳しくないし、店主に聞こうと思ったら、それを察していた店主は僕が利く前に答えてくれた。
「ここら辺で美味い肉が食えるのは向こうに進んだ先を左に曲がった街道だな。飲食店や屋台が多く並んでる。気になったところに行けばいいと思うが、漂う匂いに惑わされて浪費しすぎないように気を付けな」
「ありがとう。それじゃあ、僕たちは行くよ」
「おう。武器の手入れが必要になったら来な。それくらいはサービスしてやるからよ」
「うん、その時は頼むよ」
そうして僕らは店を出る。彼に教えられた方向は宿のあった方だから、帰り道の途中で左に曲がればいいんだろう。というか、良い匂いが漂っているらしいから、本当に分からなかったら匂いを辿ってもらうのもいいかもしれない。ただまぁ………
「………」
僕の後ろを付いて来ているエコーの僅かに振られている尻尾を見て、案外打ち解けるのは難しい事ではないかもしれないと、ほんの少しだけ思った。
その後は特に迷う事もなく僕らは適当な店に入って昼食を食べ、宿に向かった。店を決める時に、気になる店はあるかと聞いてみたけど、やはり意見を出すのは憚られるみたいだ。
肉料理を主にしている店があったから、そこに入ったのは良かった。料理も勿論美味しかったんだけど、いくら何でも小食気味の僕には少し重かった。そのまま僕が満腹になり始めて、残った料理を見て少し微妙な表情をしていたら、エコーに心配されてしまった。
『………主様?ご気分が優れないのですか?』
『いや………ただ、僕は小食だからね。ちょっと予想以上に多かったよ』
『………え、と。もし残してしまうのであれば、私が代わりに食べましょうか?』
普段からあまり沢山食べれなくてお腹が減っていたのかは分からないけど、彼女は僕が食べきれなかった分まで食べてくれた。残してしまうと店にも申し訳ないし、勿体ないからとても助かった。
途中でその細い体のどこに入るんだと心配になったけど、店を出た時に彼女が満足気だったから大丈夫なんだろう。取り敢えず、肉料理は当分食べたくない。宿に着いた僕達は、エコーを食堂にいたフラウとステラの二人に紹介した。
何故かフラウは一瞬だけ微妙な顔をしていたけど、特に何も言わずに自己紹介をしていた。エコーもその表情は見ていたみたいで、若干遠慮気味に自己紹介をしている。ステラはいつも通り、優し気な笑みを浮かべながら自己紹介をし、シオンをお願いとエコーに言う。
「………確かに倒れたのは僕だけど、そこまで信用できないかな?」
「だって、シオンは物事の規模を甘く見過ぎる癖があるでしょう?」
「………まぁ」
それは自覚があったから本当に言い返す言葉もない。僕なら大抵の事は大丈夫だと言う自負があるし、それは間違いではないはずだけど、何事でも大抵の事に当てはめてしまう事が僕の悪い癖だ。未知に対する警戒心が薄すぎる、と言うべきだろう。
前の件も、今回の件もそうだ。その度に反省もするし、直したいとも思っているんだけど、どうしても危機感を感じる事が出来ない………そういえば、前世でも僕は死が目の前にあっても、恐怖や焦燥と言ったものを覚えなかった。
もしかすれば、自分を鑑みない性質と言うのは人の事を言えないのかもしれない。そんなことを考えていると、不意にステラに手を引っ張られ、そのまま抱き着かれる。
「………もう、私は何も失いたくないの。だから、もっと自分を大事にして」
耳元で囁かれた言葉。それは祈るようでもあり、強く言い聞かせるようでもあった。その言葉は僕以外には聞こえなかったようで、ステラの唐突な行動にフラウやエコーが驚いた顔をしていた。周りから見れば、急に僕を抱きしめたようにしか見えないだろうからね。
そんなことを気にせず、何事もなかったかのように僕から離れたステラは一言二言エコーと言葉を交わし、自分の部屋に戻っていった。
「………シオン。ステラと何かあった?」
「いや………何か特別なことがあったわけじゃないよ。ただ、彼女も心配してくれているだけさ」
「………そう」
まぁ、あまりに突拍子が無かったから僕も驚きはしたけど。それに、ここは食堂であって、既にお昼を過ぎているとはいえ客は僕達だけではない。別に見られて恥ずかしいと言う訳ではないけど、人目を気にしすぎないのはどうなんだろうね。
とは言え、流石に心配を掛け過ぎていると言うのも理解している。エコーを雇ったとは言え………いや、だからこそ今後は更に慎重に調査を進めていく必要があるだろう。
「………まぁ、何はともあれ。改めてよろしく頼むよ」
「はい………お任せください」




