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103話

 翌日、僕は名刺に示されている店に向かっていた。ステラとフラウ、ロッカは連れてきていないから、完全に僕一人だ。まぁ、そういう場にあまり連れて行きたくなかったと言うのが一番大きな理由なのは分かると思う。

 二人も特に行きたそうにはしていなかったしね。ロッカは護衛が必要な事でもないから宿で待って貰っている。一応、出掛けたいときはロッカが同行するなら構わないと伝えてもいるし。店は宿から少し離れているから、思っているよりは時間が掛かる。

 それにしても、彼は本当に僕が求めている人手を用意できると思って声を掛けてきたんだろうか。妙に地震がありげだったのが少し気になるところだ。獣人族を専門に取り扱っている奴隷商だとしたら可能性がないでもないけど………獣人族の奴隷はそれなりに貴重だ。

 ドワーフや獣人族、エルフなどの種族は人間より優れた能力を持つ場合が多いから、食うのに困ることは滅多にない。無論、種族柄の大きな弱点もあったりするわけだけど………まぁ、向いた仕事をするのであれば大した問題じゃないだろう。一芸に秀でれば、それは立派な仕事になると言う奴だね。

 だからそういった種族の奴隷は訳ありが多いけど、やはり一番多いのは犯罪を犯して奴隷になった者だろう。


「………さて、ここかな」


 まぁ、昨日決めた通りだ。雇いたいと思える人材がいなければ、借りなければいいんだからね。店の前に立つと、中から僕の姿を確認したのだろう。昨日の男が戸を開いた。


「いらっしゃいませ………昨日の反応を見た限り、来ないのではと思っていたのですが」

「困っていたのは事実だからね。でも、僕は取り敢えず話を聞きに来ただけだよ。十分雇うに値する人材が見つかったら雇うだけだ。あまり気が進まないのは事実だから、あまり前向きに検討できるとは思わない事だね」

「それでも構いません。それでは、まずはうちで取り扱っている奴隷の契約についてお話します。どうぞ中へ」


 イーサンに促され、店へと入る。中は案外綺麗になっていて、カウンターの奥にイーサンが回って席に座り、僕はその向かい側に座った。


「まずは私共が扱っている奴隷についてです。私共は亜人種を主に取り扱っている奴隷商でして、獣人族、エルフ、ドワーフ、珍しいものでは竜人などをご用意しています」

「………ふむ。確かに竜人は珍しいね。ただ、今回の目的は違うから深くは聞かないでおくよ」

「では、話を続けます。そのように亜人を取り扱っているのは良いのですが………やはり亜人種の奴隷は貴重でして、高い値が付きやすくなってしまうのも事実です。そのため、私達は奴隷を売るだけでなく、一年間の貸し出しを行っています」


 彼の言葉は既に予想していた事だ。僕だって奴隷の契約について詳しく知ってるわけじゃないけど、亜人種の奴隷が基本的に高値なのは聞いた事がある。当然、一部の貴族くらいしか買えるような人間はいない。


「流石に奴隷をお返し頂いた時に支払い、と言うのはリスクがございますので担保として前払いで購入額を支払っていただきます。そして、契約終了時に無事に奴隷を返却いただいた時に金額の半分をお返しする事となっております」

「一年も借りるつもりはないんだけどね」

「無論、終了日前に返却していただいても結構です。その時は残っている期間に応じた金額となります」

「ふむ………」

「それと、今回の件はシオン様にとっては機密の仕事となると思うのですが………」


 名前を知っている事については不思議に思わない。まぁ、仕事と言う訳ではないけど出来るだけ知る人が少ないのが望ましいのは間違いないね。


「まぁ、そんなところだね。だから出来るだけ口が堅いと助かるよ」

「えぇ、その点でもお客様にご安心していただけるよう、奴隷は雇用中に知った仕事の内容を我々に対しても話さない誓約となっております。そちらの契約書もご用意致しますので、ご安心頂ければと」


 そう告げるイーサン。なるほど、それなら冒険者よりは信用できるかな。個人の責任しか発生しない冒険者と違って、商人が契約書の内容を破ると言う事がどれほど重い意味を持つかは分かっているはずだし。

 それに、彼らも相手の仕事の事を知って面倒ごとに巻き込まれるのは避けたいんだろう。知ってしまった内容によっては、刺客を差し向けられてしまってもおかしくないからね。


「そうかい。それならトラブルになることは少なそうで助かるかな」

「それと、こちらは強制ではないのですが………奴隷の様子を定期的に確認するため、一週間に一度こちらに来ていただきたいのです。これはシオン様だけでなく、全てのお客様にお願いしております」

「ふむ………まぁ、それくらいなら構わない」

「では、前置きは以上です。次は商品を見に行きましょう。五感が優れている者をお求めとのことでしたので、獣人族で問題ないでしょうか?」

「あぁ、頼むよ」


 そう言って立ち上がったイーサンは奥に付いてくるように促す。僕も席を立って、彼に後ろをついていく。奥に続く廊下は無機質で、先ほどの部屋とは大違いだ。不衛生と言うほどじゃないけど………先ほどまでは奴隷商の店だと言う印象が無かったのに、一気に現実を突きつけられた感覚だ。


「………さっきまでは内装に気を使っていたのに、ここは随分と無機質だね」

「えぇ、奴隷を取り扱っている場所ですから。お気に障ってしまいましたか?」

「いや、さっきの場所との違いに少し驚いただけだよ」

「よく言われます。しかし………中には奴隷が何であるかを正しく理解せずにいらっしゃるお客様もおられますので」

「………なるほどね」


 言葉を短く返す。そうして少し歩いていると、イーサンがメモを取り出しながら口を開く。


「借りる奴隷の詳しい要望などはございますか?」

「そうだね………五感が十分に発達しているのは前提として、ダンジョンで自衛できる程度の戦闘力があって、犯罪奴隷ではない者が良いかな」

「………随分と要求が高いですね」

「あぁ。僕の助手になるんだったら、要求が高くなってしまうのは当然だと思わないかい?」

「………仰る通りです」


 そこで会話が終わった時、彼は一つの扉の前で立ち止まる。


「この中で獣人族の奴隷達が檻で待機しています。気になる奴隷がいましたらお声かけ下さい。出来る限りで情報は提供させていただきます」

「そうかい………ちなみに、僕の条件を聞いて思い当たるのはいるかい?」

「………どうしてもご自身でお決めになられないようでしたら、その時はこちらのお勧めを推薦させていただきます」

「あぁ、それでいいよ」


 まぁ、無責任にこれが良いと言いたくないんだろう。別に、多少高かったりしても気にしないのだけどね。そもそも金銭的には買っても問題ないくらい貯蓄はある。奴隷を正式に買うとなると、色々とあるから困るんだけど。

 イーサンが扉を開く。中には大きな檻が左右にあって、多くの獣人族たちが奴隷服を着せられて座っていた。扉が開いて差し込んだ光に、一斉に奴隷たちがこちらを見る。薄暗くて、小さな蝋燭が僅かな灯りになっている部屋だった。掃除は最低限されているみたいだけど、ほんの少しだけ獣のような臭いが鼻に突いた。

 入口であたりを見渡す。確かに、ここには獣人族しかいないみたいだ。


「おい、にいちゃん。奴隷をお求めかい?へへっ、だったら俺を勧めるぜ。腕っぷしには自信があるんだ」


 掛けられた声に、ちらりと目をやる………犬か狼の獣人族で、目つきの悪い男だった。印象が悪いから無視しても良いんだけど、いきなり先入観で掛けられた声を無碍にする必要もないだろう。

 一応イーサンに説明を求めるように目伏せする。


「………彼はロズ。四年前にとある商人の屋敷に忍び込み、窃盗を図ろうとして捕らえられた元冒険者の男です」

「………なるほどね」


 それ以上何も言わずに通り過ぎる。それだけで僕が犯罪を犯した奴隷を選ぶつもりが無いことを察したのだろう。数人の奴隷が諦めたように目を伏せた。当たり前だけど、ここにいる奴隷たちは最低限の生活しか保障されない。無論、その最低限は雇い主が保障するべき基準でもあるけど………雇い主によっては、少なくともここよりはマシだと思える環境を提供する者もいる。

 彼が自分を勧めたのには、そういった理由があるんだろう。


「ねぇ、お客様。私を選ばない?夜の相手なら得意なのだけど………」

「………はぁ」


 もう聞くまでもない。そんな風にため息を付いた。別に、奴隷に慎ましくしていろとは全く思っていない。ただ、こうも欲望に曝け出して迫られても良い気分はしない。勿論、彼女が犯罪を犯しておらず、僕が求めている程の戦闘技術を備えているのならそれでも構わないけど………まぁ、アピールポイントが夜の相手だと言っている時点で期待するべくもないだろう。

 この時点で、やっぱり期待外れだったと思い始めていた。まぁ、だからといって帰って優秀な人材を取り逃すのは惜しいから、一応全体的に見て回っていた。時たま掛けられる声を話半分に聞き流し、歩きながら見渡していた時、一人の少女が目に映った。


「………」


 檻の奥で膝を抱え、白い短髪にイヌ科の耳を生やして顔は伏せられていたが、恐らく僕とそんなに変わらない年齢。ただそれだけだった。勿論、ここは実りの樹がある街の中だから、僕の目が何かを捉えたとかそういう訳じゃない。でも、確かに言葉で表せない何かを感じた。


「あの子は?」

「あの子ですか………」


 僕がイーサンに尋ねると、彼は少し渋い顔をする。何か大罪でも冒していたのだろうか。一瞬だけそう思ったが、イーサンは言葉を続ける。


「彼女は元々私が店を継ぐ前に取り扱っていた狼の獣人族が産んだ子です。出産後に彼女の母親は不治の病を患い、親子共に商品としても取り扱えない………本来、奴隷が産んでしまった子は殺処分となってしまうのですが、あの子が成長してからはここで奴隷として取り扱うと言う条件で育てていたのです」

「………殺処分、ね」


 彼の言葉を小さく繰り返した僕に、イーサンが軽く頭を下げる。


「申し訳ありません。気持ちの良い話ではありませんでしたね」

「………まぁね。取り敢えず続きは?」

「彼女が奴隷として扱われるようになったのは二年前………彼女が成人を迎えた時です。彼女は母親に似て容姿に優れていたためにすぐに買取が決まり、奴隷として扱われるようになって間もなかったという事から試用期間として貸し出しを行ったのですが………彼女は命令違反を起こし、雇い主に大怪我まで負わせたのです」


 その言葉に、僕は少しだけ驚く。命令違反を起こして怪我を負わせた。それは本当なら有り得ない話だ。奴隷の首に刻まれた隷属の魔法は、自身の命が直接的に脅かされない限り抵抗を許さないのだから。


「………雇い主が彼女を害そうとした、という事じゃないのかい?」

「最初は私もそう思ったのですが………報告にあった命令を行ったところ、彼女は本当に抵抗したのです。そんな事件があってから、彼女を雇おうとするお客様もいなくなってしまい………このまま彼女を雇う者がいない場合は二ヶ月後、彼女の隷属の魔法の刻印をより強力な物へと書き換えて本来彼女を雇うはずだったお客様に売る予定になっていたのです」

「………なるほどね。ちなみにその命令の内容は?」


 隷属の魔法に抗えると言うのは少し興味深いけど、それはそれとして命令を聞かないのであればそもそも雇う意味がない。どんな命令に抵抗したのかは分からないけど、内容によっては彼女も除外だろう。


「………脱衣です」

「………あぁ」


 少しの間が空いての返答。その言葉に、僕は呆れとも脱力とも付かない声を出す。何というか、色々肩透かしを食らった気分だ。取り敢えず、その命令については詳しく聞かないことにして、その他の命令はどうだったのか聞かないといけないね。


「その他には?まさか最初の命令がそれだったわけではないだろうね」

「えぇ、その他の命令にはとても従順でした。しかし、何といいますか………そういったことに関しては、どうあっても従おうとしないのです」


 慎重に言葉を選ぶようにして告げたイーサン。僕がそういった事を嫌悪していると思っているのだろう。実際は、別にその行為そのものは悪だと思っていないのだけど。まぁ、そこは重要じゃない。


「あと、これは僕が感じた事だけど………彼女は良い才能を持っているように感じた。何となく感覚的になんだけどね」

「………流石のご慧眼です。彼女の一族は東の国の名のある戦士だったらしく、彼女はその母親から武の才能を受け継いでいるようです。恐らく、この中にいる奴隷の中では最も戦闘に長けています」


 やはり期待通りだ。僕の目的はただ一つで、当然だけど脱衣を命じることなんてない。少なくとも、戦闘ができて五感が頼りになりさえすればいいのだから。


「へぇ………それじゃあ、彼女を雇うよ」

「………先に言っておきますと、彼女が拒む命令がそれだけとは限りません。それに、彼女は大きな買い取り先の予定もありますので、借りるとなると相当の金額になりますが………」

「構わないよ。金を惜しんで失敗するくらいなら、妥協せずに出来る準備はしておきたいんだ」


 何故名のある戦士の一族だった母親が奴隷になっているのか。それは僕が知ることじゃない。けど、そんなことは子供に関係はないだろう。それに、命令を拒める奴隷と言うのは個人的に扱いやすい。

 僕は嫌々としている奴隷を引きずり回したい訳じゃないからね。嫌と言ってくれれば解決する事なら、僕は出来る限り尊重する………まぁ、流石に遺跡にそもそも来ないと言うのは困るけど。例えばの話で、僕が出来ると思って命令したことが出来ないことだったとして、奴隷はそれに嫌ということは出来ないから、結果として無理をさせてしまう。

 もしもだけど、その時に彼女が断ってくれるならこちらとしても柔軟に対応しやすいという話だ。


「かしこまりました。準備をするので、最初の部屋でお待ちください」


 その言葉に頷き、僕は部屋の出口に向かう。期待外れだと思ったけど、意外と都合のいい人材はいるものだね。無駄足にならなくてよかった。

 取り敢えず、この後は彼女の装備を整えて………宿でミーティングかな。細かい取り決めをしておかないと色々困る。最初の部屋の椅子に座りながら、今後の予定を考えていた。














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