102話
僕はあの後遺跡からニルヴァーナで街まで帰り、宿に戻った。既に日も沈むころだったし、夕食に丁度いい時間だったからそのまま食堂でルイ達と相席しながら料理を頼んだ………のは良いけど、それがこうなってしまうとは思わなかった。
「………」
「………」
僕の前の席に、怒った顔をしながら座っているフラウとステラ。隣の席ではルイとリンが決まづそうな顔をして、その反対側の隣の席ではシエルとマリンが呆れたような顔をしていた。遺跡でのことをルイが話し、結果としてフラウとステラが怒ってしまったんだ。まぁ、考えてみれば当然だったことだったね。
危ないからと二人を置いていったのに、僕が危機的な状況に陥っていたのだから。とは言え、あの場に二人がいなくて良かったとは心から思うけど。僕の身体には強い免疫とそもそもの耐久力の高さがあったからこそあの毒が致命的になることなく回復出来たけど、二人が吸い込んでいたらそうなっていたとは思えないからね。
「いや………………うん。申し訳ないね」
「………大丈夫って言ってたのに」
「今回はちゃんと帰って来たけど、もしそれが助からない猛毒だったらどうするつもりだったの?」
「大丈夫だと思ってたんだけどね………」
正直、言い訳のしようがない。気付けるような代物じゃなかったとは言え、事前にあの遺跡に残された重要性を考えればあらゆる可能性を考慮しておくべきだったのは事実だし、それを怠ったのは僕だ。出来る範囲の努力はしていたけど、もう少し色々準備が出来たのでは。と言われてしまえばそこまでだし。
「さて、僕らは部屋に戻るよ。明日は早いからね。また」
「………その、シオンさん。頑張って」
「あぁ………うん。おやすみ」
ルイとリンが逃げるようにして席を立つ。まぁ、二人の様子を見ればそれも仕方ないけど。フラウは特に、無表情のまま睨みつけてくるような表情だから恐ろしい。僕を心配してくれての事だから、文句を言える立場ではないのだけど。
「………シオンが強いのは知ってる。でも………私は家族を失いたくない」
「あぁ………そうだね。本当に心配を掛けたよ」
「………もう二度と行かないで、とは言えないけど………気を付けるだけで行く事には納得できないから」
「うん、分かってる。約束するよ」
無論、僕だって何の対策もせずに再び調査に行こうだなんて思っていない。気を付ける、と言っても今回だって別に注意を怠っていたわけではないからね。それでこの結果だったのだから、無責任な事は言えない。
とは言え………対策をどうしようかな。ルイ達と話した時も言ったけど、五感を発達させるような薬なんて持ってないし作れない。試作品を急造することは出来るかもしれないけど、確実に様々な副作用が考えられるから調査をする時には使いたくない。
ルイ達のような獣人族が同行してくれれば心強いのだけど、生憎と僕には獣人族の知り合いなんていない。ステラは有翼族だけあって相当視力がいいけど、暗い場所ではあまり意味がないしね。
「………」
どうしようかとしばらく考える。冒険者を雇う………と言うのも一つの手段だろう。ただ、都合よく獣人族の冒険者を雇えるかは分からないし、そもそも変なトラブルになる可能性を考えると気乗りしない。
同じことを案を考えたのか、シエルが声を掛けてくる。
「………冒険者を雇ってみてはどうでしょう?」
「それも考えているんだけどね………僕が道標を辿れない以上、裏切られる可能性を考えると赤の他人に命を預ける様な真似はしたくないかな」
「それは………確かにそうですね」
最初から人を疑うべきではないのだけど、絶対の信用をするのが危険であることは考えておくべきだ。それが僕の命を脅かす可能性がないのであれば気にしないんだけど、今回に限っては裏切られた時点で無事に帰れる可能性が限りなく少なくなってしまう。
探すにしても、依頼に誠実で、神々が残した遺跡の調査に足手纏いにならない程度の戦闘力を持った獣人族の冒険者となれば引っ張りだこだろうね。
「私達も失礼します………邪神の件に関する調査の重要性は分かりますけど、あまり二人に心配を掛けないように気を付けてくださいね」
「あぁ、気を付けるよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
「また明日ね」
シエルとマリンが部屋に戻っていく。僕らもそろそろ部屋に戻ろうかな。ここで考えていても仕方がないだろうし。そう思って立ち上がろうと思った時だ。
近くの席の男が立ちあがり、こちらに近付いてくる。スーツ姿であるところを見ると、恐らく商人だろうか。その足音に二人も気付いたのか、席に座ったまま男の方を振り向く。
「突然申し訳ありません。少しお時間よろしいでしょうか?」
「………まぁ、少しならね」
大方、先ほどの話を聞いていたんだろう。金の匂いを嗅ぎつけたかな。まぁ、話を聞かれただけなら別に問題はない。遺跡の鍵を知るのは今の所は僕だけだし、それに関してはルイにも話していない。
僕が『権能』であるという事も………まぁ、既に多くの人々が噂しているらしいし、いずれ知られる事であれば特に気にすることは無いだろう。もしステラやロッカに関する事であれば、問答無用で話を終わらせればいいしね。
「ありがとうございます。私はアール商会のイーサンと申します。様々な商品を各分野の専門商人達を集めて結成された大きな商会なのですが………まずはこちらの名刺を」
「………ふむ。なるほどね」
そう言って渡された名刺。それにちらりと目を通し、再び彼の言葉を待つ。
「失礼ながら、先ほどの話を聞かせていただきましてですね………」
「………そのようだね。先に言っておくと、使える商品があると言われてもそう簡単には信じれないよ」
「無論、私も詐欺師ではありません。必ずあなたのお役に立てる商品を提供できると思いお声かけさせていただきました」
「ふむ………その商品と言うのは?」
「奴隷を借りるつもりはございませんか?」
「………」
イーサンの言葉に対し、僕は無言を返す。前世では奴隷のような制度は許されざる物だったけど、この世界ではそうではない。
個人の力ではどうしても生きる事が出来ない者が、生活の全てを雇い主に負担してもらう一種の救済措置とも言える。ただし、その代償は命以外の全て。
全ての選択肢を奪われ、雇い主の言いなりとなる事を僕は肯定できない。無論、それで救われる命があるのであれば、一概には悪だとは言えないのは理解している。ただ、本当に奴隷と言う存在が幸せな人生を送る事が出来るのかと言うのは言わずもがなだろう。
「………あまり乗り気ではないようですね」
「まぁね。僕はそもそも奴隷と言う存在に否定的なんだ」
「左様でしたか………しかし、奴隷を借りた際の扱いは雇い主次第です。借りた際は、奴隷をどう扱うかはご自身で決める事が出来ます。そちらに私が請け負っている奴隷店の場所を載せているので、明日、良ければお話だけでもどうでしょう?」
「………そうだね。一応覚えておくよ」
「ありがとうございます。それでは私はここで」
頭を下げて去っていくイーサン。その後ろ姿を見送り、名刺と地図に目を通す。彼の言葉は聞いていたけど、やっぱり気乗りしない。申し訳ないけど、この話はなかったことにしようかな。
僕が手に持った名刺を燃やそうと思った時だ。名刺をフラウが取り上げた。
「ん?」
「………私は、行ってみるべきだと思う」
「………ふむ。君がそういうとは思わなかったね」
彼女の言葉に少しだけ驚く。彼女もあまり奴隷を好ましく感じていないと思っていたんだけどね。しかしそんな僕の驚きを察してか、フラウは小さく首を振った。
「………私だって、奴隷の制度は好きじゃない。でも、あの人が言ってたみたいに使い方はあなた次第。シオンなら、きっと相手が嫌がるようなことはしないと思うから、私は賛成」
「………ふむ」
「………それに、今は人手が多い方が助かる事が多いと思う」
「まぁ、ね………けど、良いのかい?当たり前だけど、僕らと行動する人間が一人増えることになるよ」
「………何も言わずにステラを連れてきたこともあるのに、今更?」
「はは………」
まぁ、それは仕方ないんだよ。色々事情があったし。
「………それに、あなたが無事に帰って来るなら何でもいい」
「あぁ………そうだね。なら、明日話を聞きに行ってみるよ。ステラも問題ないかい?」
「えぇ、私も同じ意見よ。だから、今度は絶対に何事もなく帰って来て」
「約束するよ」
最後に頷いて、今日は解散になった。無論、まだ抵抗がなくなったわけじゃない。でも、確かに遺跡を探索していく上では僕だけではどうしようもないのは事実だし、これ以上彼女達に心配を掛けてしまう事は出来ない。
勿論、適切な人材がいなければ借りるわけにはいかないけどね。当たり前だけど、無駄死にさせることは出来ない。とは言え、戦闘力に恵まれた奴隷なんて中々いなそうだけどね。
力があれば、最初から奴隷になんてなっていないのだから。犯罪奴隷なら話は違うけど、命令に逆らえないとはいえ罪人を雇う気にはなれないし。
期待半分………いや、それ以下かな。まぁ、話を聞きに行くだけだし細かいことは良いかな。条件に合う人材がいれば雇えばいいし。
僕は明日に備えて早めに眠る。睡眠不足で誤った選択をする………可能性は殆どないけど、気持ちは違うからね。




