101話
「………まさか、ここまで何も見つけれないとはね」
「………」
がっくりと項垂れるロッカ。正直、僕も内心はそんな感じだ。調査の優先度を付けるという意味で、一つの遺跡を本格的に調査をすると言うことは無く、重要性の調査だけを行いながら複数の遺跡を探しながら回っていた。
しかし、どの遺跡も似たような仕掛けばかりで、特に危険な罠が仕掛けてある訳でもない。更にルイが話していた壁画すら見つからない始末だ。勿論、何も無い訳じゃない。
ただ、僕にとってそこまで重要ではない記録や遺物ばかりで、調査の優先度は低いように思えた。もしかしたらそう思わせるためのブラフ………とも思ったけど、神々が秘匿を守るうえでそんな絡め手を使うよりも、普通の人間では絶対に踏み入ることが出来ないような仕掛けを用意する方が安全なのは間違いない。
となれば、やはり………
「さて………さっきの遺跡群があった場所とは真反対に来てみたわけだけど。この遺跡には何かあってほしいね」
「………」
半分諦めているようなロッカ。いつもの元気はどこへやら………僕たちの目の前にある遺跡は殆どが地上に出ていて、どちらかと言えば神殿に近い作りをしていた。用途は間違いなく違うんだろうけどね。
谷型になっている建物で、天井は空が見えている。今までは地下に埋まっていた遺跡だったけど、これは正真正銘の建築物だね。規模はまぁ………うん。
「………さて、何かあるかな」
僕はあたりを見渡す。しかし、壁画どころか大した遺物もない。まぁ、遺物に関してはこんなに目立つ遺跡なんだし、学者とかが回収している可能性が高いから仕方ないけどね。そして、この遺跡には一切の仕掛けが無い。暑くもないし、寒くもない。変な音が鳴り響いている訳でもないし、不気味なほどに音が無い訳でもない。
不思議に思いながらも歩いき、数分ほどで終わりが見えてくる。その奥にあったのは大きな壁画だった。奥の壁を一面に使った、巨大な壁画。あまりに大きすぎるそれは、思わず言葉を失う程の迫力があった。
「………なるほど。これが彼が言っていた壁画か」
「!」
抽象的だけど、全体を見ればそれが大きな争いを描いたものであることはすぐに分かった。描かれているもの自体が多くて細かく分析するのは難しいけど、一つの大きな脅威と対峙しているみたいだ。
その姿すら抽象的で、大きな黒い太陽………そんな感じだった。だが、抽象的で情報量が多いのに、何故か乱れたようには見えない。だから、僕は見方を変える。
これが絵であると言う固定概念を捨てる。傍から見れば絵にしか見えないけど、必要な情報と必要ではない情報を区切る。そして、必要な情報は常に規律が取られている。
手帳を取り出して、線を引いていく。そのまま絵を見ながら線で作られた囲いの中に当てはまる部分を抜き出していく。
「………あぁ、これは絵じゃない。扉なんだ」
「?」
ロッカは良く分からないと言うように首を傾げる。しかし、手帳に埋められていく古い文字は詩を作り上げていった。僕だって全ての古代文字を読める訳じゃない。でも、理解できる場所と場所を繋ぎ合わせて、当てはまるように読めば解に辿り着ける。
「………忘れられし記憶を望むもの………汝は目を記し、私は詩を口遊む。詩は我らの戒律を解き………目に沈んだ道を再び開く」
少しずつ解読しながら詩を紡ぐ。そのまま数秒が経った時だ。不意に地面が大きく揺れる。壁画の一部が動き始めたのだ。それは大きな四角形に割れ目が走っていき、少しずつ窪んでいく。そのまま開かれていく大きな入り口。その奥には地下へと続く階段が伸びていた。
「………ここまで凝った仕掛けをして、奥には何もない………と言うのは考えづらいかな」
「!!」
「あぁ、行こう。何かがあるはずだ」
僕らは階段を下りていく。おかしな気温などはしていない。ただ、異変はすぐに気付いた。
「………なるほど。ここからは、僕の目は当てにならない訳だ」
『空の目』に映る情報が消える。小細工は許されないみたいだね。ただ、ここまで明確に真理に対する阻害を仕掛けているという事は、この先に何かがあるのは間違いない。我らの戒律………神々が自分たちに科した戒めであるという事だ。つまり、神々ここを解くことを自身に禁じた。
勿論、その理由は分からない。もし本当に対抗策が眠っているのなら、ここを封じる理由はないはずだ。ならそれ以外の何か………恐らく、禁忌に関連するもの。
色々な予想が頭を巡るけど、はっきりとした答えは出てこない。階段は想像よりも短くて、すぐに底が見えて来た。
「………ふむ。中々おかしなことになってるみたいだね」
中には魔力が渦巻いている。しかし、ダンジョン化しているのかと言われれば少し違うように思えた。恐らくだけど、ダンジョン化まで含めてこの遺跡の仕掛けになっているんだろう。
まるでやめる?と言うように階段の上を指出すロッカ。それに僕は首を横に振った。どの道、見ない事には何があるのかも分からない。
僕が歩き出すと、ロッカもそれに続く。暗がりを炎が照らしながら周囲を見渡す。あぁ、今までの遺跡より遥かに古い。そのまま進んでいると、三つの分かれ道があった。『空の目』が使えない以上は、当てずっぽうで進むしかないだろうか。
「………」
ロッカはやめた方が良いと首を振る。それを見て、僕も少しだけ考える。勿論、『空の目』が使えない以上、ここは僕らを素直に進ませてくれるつもりが無いのは分かっている。どんな罠があってもおかしくないし、適当に進むことが命を落とす結果に繋がる危険性も高い。
ただ、引き返してどうすればいいのだろう。ここに関する資料があるとは思えないし、残しているとも思えない。なら………
「いや、進もう。危険なのは分かっているけど、リスクを取らないと収穫も無いと思う」
「!」
「………まぁ、そうだね。だから僕は死ぬつもりはないよ。そのために君を連れて来たんだ」
「………」
仕方ない。まるでそんな態度だった。いつもと立場が逆転してしまっているけど、僕はここの調査を諦めるつもりはなかった。勿論、僕の選んだ道が間違いである可能性はある。でも、そのために彼がいる。
「………まずは右だね。その後真ん中、最後に左に進もう」
僕はそういって右の通路に入る。一番に選んだ理由は最も魔力量が多かったからだ。つまり、この先には魔物が潜んでいる可能性が高い。裏を返せば、命を落とす魔物が少ない。
だからこそ、罠が少ない可能性があると踏んだ。まぁ、ダンジョンの罠に魔物が引っかかるか分からないから、絶対の根拠がある訳ではないんだけど。それでもただ天の運に任せるよりはずっといい。
暗い通路を進む中、炎に照らされて壁にも壁画が彫られているのが見えた。少し立ち止まってそれを眺める。内容は………
「………」
邪神の眷属と光。それを囲んでいる神々がいるのは分かった。しかし、光が何を意味するのかが分からないし、一体何が行われているのかも分からない。ただ、戦火の中という風には見えない。邪神の分身体を鎮めるために捧げられた女神を表しているのだろうか。
いや、それなら眷属達が描かれているのは不自然かな。間違いとは言い難いけど、正解だと言う根拠もないしこれはまだ続きがあるように思えた。
ただ、この壁画があると言う事は道を間違えたという事ではないのかな。
「………考えても分からないかな。先に進もうか」
僕が歩き出し、その後ろをロッカが付いてくる。途中でいくつか部屋があったりしたけど、中を覗いても何もない空室だった。数十分ほど歩いても特に何もなかったことに、僕は違和感を覚え始めていた。
魔力の反応があったはずなのに、ここには魔物の影すら見ていない。それどころか、感じていたはずの魔力すら感じなくなっていた。見つけた部屋は全て確認していたはずだから、通り過ぎたとは思えない。
「ロッカ、少し――――」
警戒を強めるように。そう言おうとした瞬間、僕は急激な頭痛に襲われた。身体から力が抜け、そのまま地に膝を付く。何が起こった?それだけでなく、僕の身体から魔力が奪われていく。
ロッカが驚いたように僕を支える。そして、今まで感じなかったはずの臭いが僕の鼻に突いた。吐き気を催すそれは、僕の警鐘を鳴らす。
間違いない。これは毒だ。
「っ………まずいね………」
「!!」
「………ロッカ。すまないけど、僕を連れて外まで頼むよ。ここから出れば、自己免疫で何とかなるはず………」
そう言いながらも意識が朦朧としていく。最後に身体が持ち上げられる感覚と共に、僕は意識を手放した。
暗く閉ざされた視界。少しずつ意識を覚醒させていく。額に感じるひんやりとした感触に気付き、僕はゆっくりと目を開く。
開いた視界は空と朽ちた建築物を映した。まだ軽い頭痛と倦怠感を感じるけど、見覚えのある景色に小さく息を付いた。
「!」
「あ、起きた?」
「………え?」
声を掛けられた。しかし、それは聞き覚えのある声で。声のした方を見ると、黒い髪と大きな獣の耳を生やした少女が僕の近くに座っている。驚いて体を起こそうと思った時、それを少女………リンに止められた。
「まだ動かない方が良いよ。毒も抜けきってないみたいだし」
「………何故ここに?」
「それは私が聞きたいくらいだよ。兄さんの調査の付き添いで来てみたら、ロッカが意識を失ってるシオンさんを担いで前まで無かったはずの空洞から走って出て来るんだもん」
「すまないね………それで、ルイはどこだい?」
パッと見渡したけど、肝心のルイの姿が無い。
「兄さんなら中を見てくるって………」
「っ………駄目だ!中には………」
「罠があるんだろう?それくらい予想してたよ」
中性的な声が僕の言葉を遮る。空洞からルイが出てきている所だった。
「馬鹿だな。仮にも考古学者の僕が、意識を失って出て来た『権能』を見て深部まで足を踏み入れると思うかい?ダンジョン化しているようだし、変なのが追ってきていないか見に行っただけさ」
「………あぁ、なるほど。君達は知っていたんだね」
「まぁ………君たちは最初から目立っていたしね。大きなゴーレム、人智を超えた魔法………そして錬金術師。容姿についての話まで出ているんだし、予想するのは難しくなかったさ」
まぁ、確かに彼らの前ではそれを予想するのは難しい事じゃなかったはずだ。魔法も使っていたし、噂を知っていたとすれば尚更。
「もう感付いている住民も多くいると思うよ。噂されていたりしなかったのかい?」
「………あまり聞いていなかったね」
「………それで、シオンさんは何で倒れていたの?『権能』だって言うくらいなら、簡単に罠に掛かったりしないと思うんだけど………」
リンが唐突に話題を変える。まぁ、僕が権能であるかよりはその情報の方が重要性は高いだろうし、これ以上この話を続ける事もないから丁度いいかな。
「………多分だけど、毒ガスが充満していたみたいでね。臭いに気付いた時には、既に毒が回り始めていたみたいだ」
僕がそういうと、ルイが腕を組んで呆れたような顔をする。
「全く。臭いや音には常に気を張らないと駄目だろう?」
「いや………言い訳になるとは思うんだけどね。あの臭いは症状が出てからじゃないと気付けないようになってるようなんだよ。明らかに気付けない悪臭じゃなかったからね」
「………それでもだよ。ここは古代の遺跡だし、どんな危険だって予想しているべきだよ。三つの分かれ道まで見に行ったけど、ほんの僅かとは言え真ん中の道に続く臭いに気付けたんだ。全く予兆が無い訳じゃないから、相応の対策をだね………」
「真ん中?僕が進んだのは右の道だけど………」
僕がそう答えると、しばらくの沈黙。まさかこんな短時間でダンジョンの組み換えが行われたとは思えないし、何よりあのダンジョンは組み替えが存在するダンジョンだとは思えなかった。
罠か正解の道か。どちらにせよ、最初から続いているという事は何かあると言う可能性は高いし、普通の人間では気付けない臭いを罠に使う意味があるのだろうか。
「なるほどね………臭いを辿れば、何かが見つかるのかもしれないね」
「けど、君は分からなかったんだろう?先に言っておくけど、僕らは同行できないからね。明日からはリンの依頼に同行することになっているし、少なくとも一週間は街を出る。僕としてもこの遺跡の秘密を知りたいのは山々だけどね」
「………兄さん。私はいいよ?」
「そういうわけにいかないだろう」
呆れたように言うルイ。まぁ、遺跡の調査を妹との仕事以上に優先していたら、それはそれで気まずいと言うか、あんまり良い印象が無い。
しかし………そうなるとどうしようかな。もう既に日が落ち始めていて、今からもう一度中に入ることは出来ない。日を改めようとも、結局臭いを辿ることなんて出来ない。
そう考えていると、不意に周囲が揺れる。揺れの先では、空洞が閉じ始めていた。そのまま完全に閉ざされた先には、元と変わらぬ壁画が。
「………さて、どうしようかな。生憎と、嗅覚を発達させるようなマジックアイテムや薬なんて持っていないしね」
「そんなものがあったら身体への悪影響の方が心配だよ」
ごもっともな意見だ。取り敢えず、考えるにしても帰ってからだね。彼らも帰るんだろうし、ニルヴァーナで一緒に帰ればいいだろう。看病の恩もあるしね。




