100話
翌日。僕は朝食を食べた後、すぐに昨日の病院に向かっていた。もしものことは無いと思うし、もう意識を取り戻している頃かとも思うけどね。
しかし、今日はやけに向けられる視線が多い。フラウとステラは連れてきていないけど、昨日の騒ぎは色んな人が見ていたし、それに介入したんだから噂になっていてもおかしくはないかな。
「随分と目立ってしまったね」
「!」
僕の言葉にロッカが頷く。まぁ、君を連れているのも一つの原因な可能性はあるけどね。そんな少しだけ騒がしい街を歩き続け、昨日の病院まで着いた。僕が何も言わずともロッカは入り口の傍に立ち、僕は中へと入る。受付がありはしたけど、そこに人の姿はない。思えば、昨日も彼以外にここで働いている人間を見ていない。
一人で営業しているのだとしたら中々凄い事だけど、困ることも出てきそうだね。取り敢えず、彼の心配もそこそこに廊下を歩いていく。一応昨日断りは入れているんだから問題ないだろう。
そのまま昨日の病室に着き、扉を開く。
「あ………先生!おはようございます!」
「先生………?」
僕が中に入ると、それに気付いた少女と目を覚ましていたルーが僕を見た。やっぱりもう目を覚ましていたみたいだね。
「あぁ、そんなところだね。後、突然で申し訳ないけど、体におかしい所はないかい?どこかが痺れて動かないとか、言葉が上手く出ないとか」
「ないけど………」
「ふむ。なら脳にダメージはない………かな。立てそうかい?」
一応、昨日の発熱で脳にダメージを負っている可能性も、極僅かだけどないとは言い切れなかった。普通の健康体の子供であれば心配する必要も無いと思うけど、彼はお世辞にも健康体とは言い難い。となれば、もしものことを考えていたけど杞憂だったみたいだ。
ルーは少女の手を借りてゆっくりとベッドから立ち上がる。特にふらつきもないし、自分で立ったのを確認した少女が手を離しても倒れるようなことは無かった。
「問題なさそうだね。その様子なら、もう普通の生活に戻っても大丈夫だと思うよ」
「先生、本当にありがとうございました………!」
「………ありがとうございます」
「どういたしまして。それと君には昨日も言ったけど、今度からは水をしっかりと熱する事だね」
まぁ、今後は彼女たち次第だ。これ以上は僕が彼女達に出来ることは無い。彼女達が現状を変えるには、自分たちが何かのきっかけで変わるしかないのだしね。
「あ………待ってください!お名前をお聞きしてもいいでしょうか………?」
「ん?あぁ………そういえば名乗っていなかったね。僕はシオンだ」
「シオンさんですね………私はマリーと言います。これでも冒険者をしてるんです」
「だろうね」
「その………もし何か困ったことがあったら呼んでください。東の城壁沿いに私達の家があるので………これでも、弓の腕には自信があるんです」
「ふむ………そうだね。もし必要になったら頼むよ」
まぁ、その時が来るかは別として。彼女なりにも出来る恩返しのつもりなんだろうし、無碍にする必要はない。本当にもしもだけど、その弓の腕が必要になった時は遠慮なく頼ればいいだけの話だし。
僕はそのまま部屋を出て廊下を歩く。シアにわざわざ挨拶をする必要もないだろう。ここにいないという事は、他の患者の世話をしているんだろうし。
僕が外に出ると、ロッカが「終わったの?」と言うように首を傾げる。
「あぁ、もう意識も戻って異常もなさそうだったよ」
「………!」
ロッカはそれを聞いて大きく頷いた。何だかんだと、君も子供が好きだね。君自身が子供のようなものなんだけど。
さて、やるべきことも終わったし、後は予定通りに遺跡に向かうだけだね。運良く遺跡の調査をしているであろうルイに会ったら、件の遺跡の場所を聞けばいいのだし。
「行くよ、ロッカ。君にとっては初めての遺跡研究だ。気を引き締めるようにね」
「!」
ロッカがバッチリとグッドサインをする。うん、調子は良さそうだね。
僕たちはその後、予定通りニルヴァーナで砂漠の空を飛んでいた。砂一面の光景も見慣れない僕には新鮮で、何もないとは言え退屈はしなかった。ただ、これだけ変わらない景色が続くと遺跡の区別がつくか分からなくなってきそうだ。
「ニルヴァーナ、前に見た遺跡の場所がどこにあるか分かるかい?」
《問題ありません》
「なら頼むよ」
《えぇ、任せて下さい》
そう答えたニルヴァーナはそのまま飛行を続けた。途中で幾つか遺跡を見たけど、ニルヴァーナの航路にないから違う遺跡なんだろう。まぁ、時間があれば回るつもりではあるけど。
そうして一時間も経たないうちに一つの遺跡が見えてくる。あの時は少し見えたくらいだったけど、記憶が正しければ形は同じように思えたし、時間的にもそろそろだろう。
《シオン、見えましたよ。あれが先日見つけた遺跡です》
「みたいだね………さて、ロッカ。降りる準備だよ」
「!」
ロッカはグッドサインをする。まぁ、準備といっても特にやることは無いけど。いつも通りに遺跡の近くまで降下したニルヴァーナから、光と共に地上へと降りる。遺跡は殆どが砂に埋もれていたけど、地上には入り口だけが大きく露出していた。
「随分と都合のいい出土の仕方だね………まぁ、僕としては助かるんだけど」
それに、地下に続く遺跡であれば入り口が最も地上に近いから、そういう出土がされやすいだろうし。思った通り、この遺跡も地下に深く続いてるみたいで、長い階段が続いている。
「行くよ」
「………!」
僕は右手に炎を灯して遺跡へと足を踏み入れる。中は当然だけど照明の類なんてないから暗い。それに、ここが砂漠にあるということを忘れるくらいひんやりとしていた。地下は外の温度が伝わりにくいと言うのは知られた事だから、当然だと言えば当然ではあるんだけど………僕が小さく息を吐くと、白い息が吐き出される。
ここは地下だから、というだけでは済まされない程に外との寒暖差が激しい。まだ階段を下り切っていないどころか、踏み入ったばかりでだ。まぁ、間違いなくそういう遺跡なのだろう。暑さを凌げると言う意味では、案外悪くない………いや、ここは寧ろ寒いと感じる程だし、暑さに慣れている国民からすればこっちの方が堪えるかもしれない。
まぁ、僕からすれば気温と言うのは大した問題にならないし、気にせずに進んでいく。進めば進むほどに気温が下がっていくようだ。既に気温で言えば冬………それもかなり寒い時期くらいかな。間違いなく零度に近い。
「そういえば、ここで僕の目は………………うん。問題ないみたいだね」
特に問題なく機能する『空の目』。気温はやはり思った通りだったけど、ここまで寒い原因までは見通すことが出来なかった。遺跡に掛けられた魔法か装置なのか………どちらにせよ、見通すことが出来ないという事は、これから仕掛けられている罠は僕の目だけでは見つけ出すことができない可能性は考えておくべきだろう。あまり頼りにせずに自分で見つけ出す努力をしないといけないね。
これだけ暗いと見落としがありそうだけど。ほんの少しだけ不安になり、炎の勢いを強める。ダンジョン化していた場合だと魔物に発見されやすくなってしまうけど、正直罠より脅威は少ないだろうし。
「………さて、ここが最深部かな」
そんなことを考えながら進んでいると、長かった階段の終わりが見えて来た。でも、魔力などに異常は見られないし、特に魔物のような命は見えない。ここはダンジョン化していないみたいだね。
「………ついに氷点下か。確かに、こんな環境なら調査が進むはずもないね」
最深部は水が氷結する温度、住める生物が一気に限られてくる環境だった。雪などは降っていないけど、代わりに太陽の光が一切当たらないから寧ろ体感温度は寧ろ下がっているように思える。暗いうえに、こんなに寒いのなら調査が進みづらいのも納得だ。他の遺跡もこんな仕掛けばかりなのだろうか。
「だとしたら、二人を連れて………いや、フラウは駄目だね」
「?」
彼女は寒いのが苦手だった。こんなところに連れてきたら風邪を引くのは目に見えている。ただ、正直な話をすると、この時点でこの遺跡にはあまり期待を持てなかった。勿論、文化的に価値のある発見くらいはあるだろう。
でも、神々が作った遺跡がこの程度の仕掛けで守られているのでは、大した秘密なんてないように思える。だからといって適当に調査をするつもりではないけど………
「まぁ………取り敢えず行こうか」
「!」
そうして、僕らは奥へと進んだ。
シオンが遺跡に行ってからしばらく。私達は宿の食堂で昼食を食べていた。でも、私の隣に座っているフラウは相変わらずムスッとしていて、そんな様子に苦笑するしかない。
妹。シオンは彼女をそう捉えているし、私もそれは同じ。見た目が幼いと言うのも一つの要因であることは否定しないけど、何より性格や態度が子供のそれだと感じる事が多いから。
まぁ、彼女はシオンに子供扱いされるのが気に入らないみたいだから、歳の近い異性に幼い扱いを受けるのが癪に障るみたい。私だってシオンに頭を撫でられたら………あれ、あんまり嫌な気がしないかも。
「ほら、そんな顔しないで?折角の可愛い顔が台無しでしょう?」
「………」
完全に拗ねてる。シオンは今までも危険だからと言って一人で行ってしまう事は良くあった。その度に彼女は少し拗ねたりするんだけど、今回はいつにも増して不機嫌みたい。
多分、今までの積み重ねなのかな。フラウは私より一緒にいた時期も長いし、思うところはあるのかもしれない。それでも昨日シオンに掛けた言葉とか、健気な所が可愛らしいけど。
そんなフラウと私の様子を隣の席で見ていたシエルさんとマリンさんは微笑ましそうな笑みを浮かべる。周りから見たら、私達のやり取り………と言うのかは分からないけど、様子は姉妹に見えるのかな。
ほんの少しでも機嫌が良くなってくれればいいんだけど………そう思って頭を撫でると、フラウは何も言わずにそれを受け入れる。やっぱり、私が撫でても文句を言われない。ただ、それからもフラウの機嫌だけは一向に直ってくれる様子が無かった。




