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第82話 御曹司、本宅に戻る




本宅に帰ると、何故か緊張する俺。

ここで15年過ごしてきたのだが、どうにも身体が臨戦体制になってしまう。


「坊ちゃん、お帰りなさい」


楓さんの父親で貴城院家のあらゆる仕事をこなす化物執事、櫛凪真邦さんに出迎えられた。


「真邦さん、久しぶり。お祖父さんはどこにいますか?」

「はい、執務室で詰将棋をしております」


誰か一緒に将棋くらいしてあげてよ……


「それじゃあ、挨拶してくるね」

「はい、ご案内します」


階段を登り2階にあるお祖父さんの執務室に向かう。


「最近、ご活躍だそうで総督も大層喜んでおいでですよ」

「活躍はしてないよ。巻き込まれて何とか対処してるだけだから」

「ほほほ、ご謙遜を……」


笑うという行為は本来楽しいもののはずだ。

だが、笑うことによって周りに恐怖を与える人もいる。


「坊っちゃん、楓はしっかりとサポートしておりますか?」

「うん、有能すぎて困るほどにね」

「坊ちゃんを困らせるなど論外ですね。不祥の娘をもう一度鍛え直す必要がありそうです」


「違うって、そういう意味じゃなくて、助かってるって言いたかっただけだから」


「そうでしたか、それなら結構」


本当、この人は冗談かと思ったら冗談じゃすまないし、理解しずらい。

世間話という戦場では言葉ひとつで取り返しのつかないことが起きるものだ。


「総督、坊ちゃんをお連れしました」「入れ」


執務室の扉の前で真邦さんが声をかけると中からお祖父さんの声が間髪入れずに聞こえた。


「光彦です。お祖父さんもお元気そうで………何してるんですかーー!」


そこには上半身裸で大量に撒き散らかした将棋の駒を必死で袋に詰めているお祖父さんがいた。


「おお、光彦か。少し待っておれ」


汗をかきながら必死で将棋の駒を掴んでいる祖父さんを見て何だか悲しくなる、てか詰将棋ってそういう意味じゃねえ!


そこで『チーン』と音がした。パソコンからのようでモニターには、イギリスの大富豪デベッソ氏がチェスの駒を拾っている姿が写っていた。


『今日はわしの負けのようじゃ。孫が来たのでここら辺でお開きとしよう』


『わかった。まただ、ムネサダ』


オンラインのリアルタイムで勝負してたらしい。


「お祖父さん、詰将棋って駒を袋に詰める遊びではありませんからね」


「そんなことはわかっておる。新たな遊びを模索してただけじゃわい。しかし、ずるいとは思わないか?デベッソの奴、将棋の駒がないからチェスですると言いやがって、どう考えたってチェスの方が拾いやすいじゃろう!」


どうしようもないことで怒っているこの祖父さんの孫が俺です、はい……


「どうぞ、お茶でございます」


真邦さんが何も言わずにお茶を用意してくれた。

ここは、このくそジジイを嗜めるとこだと思うのだが……


「最近、元気にしてるようじゃな」

「まあ、忙しいですけど元気です」

「うむ、健康な身体には、健全な精神は宿るという。何よりじゃ」


そして、ズズっとお茶を飲みながら、俺を見て呟いた。


「明日はイタリアの財閥ワキッガとの勝負じゃ。今度はお前がやるか?」

「いいえ、結構です!」


俺はそう言って執務室を出た。

扉の中から「これがジェネレーションギャップか?」とか聞こえてきたけど無視したのだった。





「全く、何が悲しくて将棋の駒を拾わなくちゃならないんだ」


プンスカ怒りながら、今度は可憐の部屋に向かう。

部屋の前で扉をノックすると「どうぞ」と可愛らしい声が聞こえてきた。


中に入ると、ねじり鉢巻をして腕まくりまでしてる可憐がいた。

机の上には、飲み干された何本もの栄養ドリンクが転がっている。


「か、可憐……」


変わり果てた妹の姿をみて絶句する俺。


「あ、お兄様、ちょうど良かったです」


そう言って近寄ってきて腕を引っ張られた。


「これはどういう状況?」


「徹夜続きなので、眠気覚ましに……それより早くしてみて下さい」


「何をするの?お兄ちゃん、全然わかんないんだけど……」


「そうですよね。相手がいないとできないですよね」


そう言って、室内ベルを鳴らして隣の部屋にいる可憐専属の侍女。時兼春菜さんを呼んだ。


「可憐様、お呼びですか?あ、光彦様、いらしてたのですね。直ぐにお茶を……」


「春菜さん、さっきお祖父さんのとこで飲んだから、いらないよ」


「ですが……」


すると、可憐が、


「さあ、そんな事より早く春菜さんとキスして下さい」


「はい!?……」


妹が何を考えているのか全くわからない件……


「春菜さんも良いですよね。経験豊富って言ってましたし」


「あの〜〜私は……その……」


何か言いづらそうな雰囲気を醸し出している春菜さん。


「可憐、初めから説明してくれないか?いきなりキスしろなんて春菜さんに失礼だろう?」


そう言うと可憐は「そうでしたね」と言って考え込んでいる。

「う〜〜ん」とか「バレたら……」とか独り言を言ってるけど全部聞こえてるからね。


そして、考えがまとまったみたいで一気に話し出した。


「可憐はもう14歳になりました。正確には今年14歳になるですけど、もう、お年頃なんです。ですので、キスに興味があります。人はキスをする時どんな顔になるのか気になって眠れないんです。だから、お兄様に頼んでキス顔を確認しようかと思ってお呼びしました」


キスって……そんなことで徹夜してんの?

最近キスって流行ってんのか?

木葉もそんなこと言ってたし……


「言ってる意味はわかるけど、俺には荷が重いよ。だから諦めてくれ」


「それだけはダメです。今日中に確認しないと後がないんです!お願いです、お兄様、キス顔を可憐に見せて下さい!」


必死で頼み込む可憐を見て何だか悲しくなる俺。

可愛い妹のためなら期待の応えたいが、こういう方面の頼みは応えづらい。

それに可憐は恥ずかしくないのか?


「う〜〜ん、だけど〜〜う〜〜む」


考えても答えは出ない。


「もう、じゃあ可憐とお兄様でキスしましょう。写真は春菜さんに撮ってもらいますから。良いですよね、お兄様」


はあ!?それってもっとマズくないか……


「ほら、お兄様、こっちです」


可憐に胸ぐらを掴まれて引き寄せられた。

こんな華奢な身体にどこにそんな力があるのだろうか?


「じゃあ、いきますよ……」


ねじり鉢巻をしてるせいか、突き出す唇の姿がタコにしか見えない。


「可憐、ちょっと待ったーー!」


「止めないで下さい。もう、オシリがケツカッチンで、押せないんです」


オシリとかケツとか何を言ってるのか意味がまるでわかんないんだけど……


もう、お兄ちゃん泣きそうだよ……


そんな様子を見ていた春菜さんが一言。


「あの〜〜可憐様、映画のキスシーンとか参考にされたらどうですか?」


すると、何を思ったのか、一瞬固まった可憐は、俺の胸ぐらを掴んでいた手をようやく離してくれた。


「あ……うおっほん。そうですわね。お兄様、用事は済みました。お呼びだてして済みませんでした」


そう言って綺麗なお辞儀をしたのだった。


本当、何だったの?誰か教えて?



「はあ〜〜疲れた……」


本宅の自室に戻った俺は、一気に疲れが押し寄せてきた。

これだから、本宅に戻るのは嫌だったんだ。


シンプルな内装と家具が数点しか残っていないこの部屋は、この間まで暮らしていたのに、自室だと認識しづらい。


ベッドに横になっているとドアがノックされた。


「光彦、母さんだけど入るわね」


そう言って母さんが入ってきた。

流暢な日本語を話すがれっきとした元フランス人だ。


「母さん、どうしたの?」

「息子と話をしにきたのよ」


確かに話をしようと思っていたのだが、祖父さんと可憐でもうお腹がいっぱいって感じだ。


「学校は楽しい?」

「前の学校よりは過ごしやすいよ。変装もしてるし」

「確かにその姿だと騒がれちゃうか〜〜」

「まあね……」


そんな母さんは俺の顔を見て呟く。


「最近、何か辛いことでもあった?」

「何でそんなこと聞くの?」

「母親の勘かな?」


辛いこと……


俺が人殺したってことは言えない。


「特にないよ」

「そう?あまりここに溜め込んじゃダメよ」


そう言って俺の胸を摩る。

母さんの手の温もりが伝わってきた。


「もし、俺が俺じゃなくなったらどうする?」

「そんなの決まってるじゃない。どんな光彦も私の大事な息子だよ」


そうか、そうだったんだ……


俺の心は悲鳴をあげてたんだ。


貴城院家という名家の重圧。

社員数万人の生活を背負う責任。

迫りくる死への恐怖。

そして、自分の犯した罪を……


心に蓋をして見ないようにしていた。


そんな時、都合の良い『白鬼』と言う言葉を手に入れた。


鬼なら何をしても良いのではないか?


気に入らない奴を殴っても、

気に入らない奴を蹴り飛ばしても、

気に入らない奴を殺しても……


それに気づいてしまった俺は壊れるかもしれない。

いや、既に壊れているのか?


俺は母さんの顔を見て、


「母さん、あのね、俺は……」


それでも、その先の言葉を語ることは出来なかった。


だって、俺は『白鬼』だから……



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