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第69話 御曹司は面談する




午後から日本橋にある会社に向かう。

学校近くまで役員専用の車が迎えに来てくれていた。

車には秘書の野方さんが同乗している。


「会長って本当に高校生だったんですね」

「そうだけど、なんでそんな感想?」

「今日は、その〜〜失礼かと思いますが地味というかイケてないというか……」


そういえば『陰キャ』の水瀬スタイルだった。


「学校ではこの格好なんだ」

「そうなのですか……あ、そうだ。運転手さん……」


野方さんは何か思いついたように運転手さんに声をかけていた。




「会長が着るのには安物ですけど、やはりスーツ姿の方が素敵です」


野方さんが声をかけて洋服屋さんに寄ることになった。

大通りに面したチェーン店のお店だが、品揃えは良かった。

そこでスーツ一式を購入して着替えさせてもらったのだが、野方さんが何故だか興奮して次から次へと試着室にスーツを持ち込み、結局何着ものスーツを買うハメになったのだった。


「会長室に置いておきますので、着替えが必要になってもこれで安心です」


確かに着替えは何着あっても良いと思うけど、このダサい紅白のスーツはいつ着るのか疑問だ……


とにかく黒系の普通のスーツに着替えて、車に乗る。

野方さんは、紅白のスーツを着て欲しかったみたいだが、それだけは断固阻止した。


「そういえば野方さんはこの会社の入って3年目なんでしょう?大学時代は何を専攻してたの?」


「私は四谷にある大学の英文科卒です」

「そうなんだ。優秀なんだね。サークルとかは何か入ってた?」

「同好会なんですけど、御朱印倶楽部に入ってました」


「珍しいねえ、それって御朱印を集める倶楽部?」

「そうです。アメリカの留学生の友人がいるんですけど、彼女が日本の神社仏閣が好きでお付き合いで入ったんですけど、あちこち行けて結構楽しかったですよ」


あの大学はミッション系の大学だったはずだけど、同好会は日本的なんだ。確かに、仲の良い友達と出かけるのは楽しいよね。


「会長は高校1年生ですよね。何か部活は入ってるんですか?」

「知らない間に地学部に入ることになってしまった。何するのか全然わかんないけどね〜〜」


担当秘書とは長いお付き合いになる。だから、車の中ではお互いを知る為、仕事の話はせず世間話ばかりしていた。


会社に着いて会長室に向かう。

近藤社長と少し話をしたかったのだが、今はアメリカに行ってるようだ。


そういえば愛莉姉さんもアメリカに行ってたよな……


会長室には積み上がった段ボール箱が幾つも置かれている。

この全てが回収されたアンケートで、まだほんの一部なのだそうだ。


「こんなにあるんだ?後数日経つと段ボールでこの部屋が埋まりそうだよね〜〜」


「新しい部署なのですが、8階のフロアーにスペースを確保しておきました。そこに運び入れますか?」


「スペースは大丈夫なの?」

「はい、スペースには余裕があります」

「平気そうなら、その方が良さそうだね」


この部屋を見渡してそう判断する。


「では、ここの段ボールを今すぐ片付けますね」

「いや、ここの分は今日目を通すよ。これから回収される分だけ8階にお願いするね」

「え、今日中に目を通すのですか?」

「うん、そんなに時間はかからないと思うよ」


重ねられた段ボールを見てそう話す。

野方さんは驚いたように目を丸くしていた。



早速手前にある段ボールを開けて、会長室にある複合機を操作する。

思った通りこの複合機でスキャンできる。


手持ちのノートパソコンを開いて複合機との共有化を図る。

そして、手書きの文章を画像データとして一旦パソコンに保存する。

それをルナが調べた近藤商事社員のデータにリンクさせるだけだ。

だが、このリンク作業が結構大変なので時間がある時にする予定だ。


「会長はなんでもできるんですね」

「何でもできるわけではないよ。できることしかできないから」


お〜〜俺的言ってみたいセリフのひとつを言えた。

なんか、感動……


「会長、よろしければ私がスキャンをしましょうか?」


それはありがたい。俺はその間にルナ調査名簿にリンクさせてしまおう。


「うん、お願いします」

「はい、畏まりました」


野方さんの協力で思ったよりも早く段ボールが片付いたのだった。


そして、一息ついて社内環境課のメンバーを会長室に招き入れた。

会長室にある会議用の長テーブルにみんなを案内する。


揃った顔を見回すと、なかなかユニークな人材が揃ったようだ。


1・野方胡桃 25歳 女性 秘書課勤務 

2・井荻一郎 48歳 男性 資料編纂室 

3・上井草勇 28歳 男性 海外事業部 

4・上石神井薫 24歳 女性 営業2課

5・武蔵関透 34歳 男性 法務部

6・東伏見舞美 36歳 女性 経理部

7・柳沢慎吾郎 61歳 男性 嘱託社員として人事部に勤務


「みなさん、初めまして。新しく会長に就任しました貴城院光彦と言います。皆さんには新たに新設した『社内環境課』という部署で働いてもらおうと思っています。

 皆さんもご存じの通り、この近藤商事はネット・ライジング社の買収によって一時期その傘下に入っていました。

 ネット・ライジング社の不祥事によってこの会社も経営危機に直面しました。貴城院グループによる出資によって倒産の危機は脱しましたが、未だ不安定な状況です。

 そんな状況下で今後の経営を見直さざる得ない状況となっています。

今回新設されるこの課は、そんな社内における環境を正常ならしめるために設置されます。何か質問はありますか?」


質問を促すと見た事のある女性が手を上げた。


「営業2課の上石神井薫です。その節はお世話になりありがとうございました。会長のお陰で少しは営業2課も風通しが良くなりました。ですが、私が抜けてしまうと残った人にその分の仕事を負わせてしまいます。せっかく誘って頂いて光栄なのですが、私は元の課に戻ろうと考えています」


確か、営業2課の暴力事件の時に真面目に残業してた女の人だ。


「私は、皆さんを縛るつもりはありません。元の部署に戻りたいという希望ならそれを叶えたいと思います。ですが、ここで会ったのも何かの縁です。少し皆さんのお話を聞いてから判断されたらどうでしょうか?」


「わかりました」


「他に何かありますか?」


「私は法務部の武蔵関透と言います。個人的な話なのですが、構いませんか?」


「ええ、何でも話して下さい」


「私は数年前から鬱病を患っています。薬を飲んで何とか凌いでますが、正直言ってキツいです。それは仕事に関してもそうなのですが、周りの視線がどうしても気になってしまうんです。他の社員の何気ない会話が私のことを悪く言ってるような気がしてどうしようもない時もあります。その時は症状がキツい時が多いのですが、そういった病気による波があります。酷い場合には休職していた時期もありました。こんな私ですが、新しい部署でやっていけるのか正直不安で仕方ないです」


「そうでしたか。社員の中で不安や不満を抱えながら働いている人は多いと思います」


「そうだと思います」


武蔵関さんはそう相槌をうった。


「仕事に関してですが、体調が悪い場合などは当然考慮するつもりです。休職して療養している間の給料もきちんとお支払いします。規定の時間に出社されなくても構いませんし、体調が悪ければ早退も自由です。希望があれば自宅にいながらリモートでお仕事もできます。働く場所と時間は皆さんの希望を出来る限り叶えると約束します。ですが、そのシステムを利用してサボったり、怠けて不当な賃金を得た場合にはキツいお仕置きがあると覚悟して下さい。まあ、多少は大目に見ますけど」


「すみません、経理部の東久留米舞美です。この会社は休職中は「ノーワーク・ノーペイの原則」を採用しています。会長が先程言った休職中の賃金保証はこの会社のルールに違反します。その点はどうお考えなのですか?」


「確かに例外を作ってしまっては、全ての社員に対して保証しなければなりませんね。ですが、この部署は私直属の部署扱いとなり、貴城院グループの所属となります。ですので仮に近藤商事が潰れてもこの課の皆さんは仕事にあぶれることはありません。

 先程の質問ですが、近藤商事のルールはこの課には適用されません。親会社である貴城院グループから子会社の近藤商事に出向していると言った方がわかりやすいでしょうか?」


正直言って、そこまで考えてはいなかった。みんな質問が鋭いなぁ。いや、社会人なら当然か……


「自宅勤務した場合、交通費はどうなりますか?」


「交通費の負担は全て会社で持ちます。ですが、自宅勤務中の場合その日数に応じて減額されるといった感じになります」


「そうなると月毎に申請をしなければなりませんね」


「ええ、そこは我慢して申請して下さい」


「お給料はどうなりますか?それと残業代はきちんと支払われるのでしょうか?」


「現在支払われている賃金は保証します。近藤商事がどのような給料体系を採用しているのか正直言いましてまだ把握してません。残業代や休日手当など皆さんが当然受け取るべきお金は労働基準法や会社の労働規約などを参考に取り決めたいと考えています」


「海外事業部の上井草勇です.俺……私は、海外事業部の仕事自体はやりがいもあるし自分に合っていると思っていますが、対人面で上手くいっていません。ある上司の機嫌を損ねて仕事を回してもらえなくなりました。今の仕事は新入社員がすべき雑用を押し付けられています」


「自分と違う価値観、年齢によるギャップ。上司、部下との関係。同僚との確執。他人と関われば避けて通れない難問です。基本的に話し合いで解決できるならば問題はありませんし、部署の移動などで解決できる場合も同じです。

 他人と分かり合えるためには、お互いが相手を尊重しなければなりません。どちらか片方だけでは上手くいきません。

 このような対人関係という難問をどうしたら解決できるのでしょうか?答えは、解決できない、です。

 考えてみて下さい。他人の思考を思うように操れることなど一般的にはできません。ですが、例外があります。

一つ、権力を用いて従わせる。

二つ、圧倒的な財力で支配する。

三つ、恐怖心を抱かせて従わせる。

これから例外的な方法は、社会通念上、忌避されるべきものです。ですが、これらが日常的に行われている事実は否定できません。実際、心を患う方の多くがその一端を経験しているはずです」


「…………」


「この社内環境課とはそのような事案を解決に導く為のものでもあります」


「会長さんよ。さっき、解決はできねえ、って言ったよな。それをどうやって解決するんだ?俺は、正直言って会長を認めていない。若いからって言う理由じゃねえぞ。若くたってちゃんとしたやつは大勢いる。俺が言いたいのは、貴城院グループの御曹司って立場のことだ。贅沢三昧に育ったやつが、俺たちのような一般人の何がわかるんだって話だ」


威勢の良い人が出て来たな。

もっと早くそう言われると思っていた。


「えーと、貴方は井荻一郎さんですね?」


パソコンでルナの個人調査表をみる。

なるほど……元営業2課の課長さんだったのか、近藤健吾が課長になる為に資料編纂室行きになったわけね。

 

子会社や下請け会社との関係も良好だったと書かれている。


「井荻さんの意見は最もな意見です。正直言ってここにいる皆さんもそう思っているでしょう。それを井荻さんが代表して意見を言ってくれたのだと理解してます。実はもう少し早くそう言われるのではないかと思っていた次第です。

 まず、対人面の難問ですが解決方法に例外があると言いました。話し合いの結果、どうしても歩み寄れない場合は、その例外を使うことも薮坂ではありません」


「なんだ、結局力わざじゃねえか」


「組織に属している以上、上下の力関係は避けきれません。上井草さんのように意義を申し立てても相手が上司で近藤家の遠戚ならば尚更です。ですが相手が正当な理由なく、気に食わない、嫌いだ、と言う至って感情的な思考でそのような振る舞いをするならば是正しなければなりません」


「それは具体的に言って部署の移動とかそういうことか?」


「話し合いの結果、あまりにも常識に欠けているのであれば退職してもらいます。そのような人材は今後この会社には必要ありません」


「はあ!?そんな事できるわけねえだろう?」


「井荻さん、忘れてしまっては困ります。私はこの会社の会長です。もし近藤社長が相応しくないと判断したならば社長を辞めてもらいます。既に5人程、この会社を辞めてもらいました。その中には、井荻さんを理不尽に課長の座から引き離した近藤健吾もそのひとりです」


そう言うと皆んなが同様し始めた。


「真面目に働く社員達に理不尽を強いる事はありませんし、そんな社員達に理不尽を強いる人を矯正していくつもりです。

 直ぐに信用はできないでしょう。会ったばかりの人間をそう簡単に信じてもらっては正直言って困ります。ですのでその人の行動で判断してほしいと思っています。口だけならなんとでも言えますからね」


「会長の話しを聞いてひとつ質問があります」


「何でしょうか?柳沢さん」


「この会社に勤めて40年弱になります。昔話をすると若い者に嫌われそうですが、私が入社した当時は近藤商事は活気に溢れていました。今は皆さん浮かない顔をしています。長年人事で働いてきたので人を見る目は多少は長けていると思っています。この会社は、私が入社した時のように活気溢れる会社に戻れるのでしょうか?」


「そうしていくつもりですが、私だけの力では全ての社員にまで行き届きません。是非ともここに集まった皆さんに協力を仰ぎたい。一人の力は小さくとも皆さんが協力してくれたなら、きっとこの会社は以前よりも良い会社になると思います」


話し合いは、その後も続いたのだった。



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