第28話 御曹司達の戦い(3)
「クソっ!」
ヘリコプターは既に地上を離れつつある。
辺りは、ヘリのエンジンの音で煩くて何も聞こえない。
それにプロペラから放たれるダウンウォッシュが、動きを鈍らせる。
「クソ、間に合え〜〜!」
俺は、ヘリコプターの脚に当たり降着装着と呼ばれるスキッドに手をかけてそのまま宙に浮いてしまった。
今、手を離せば屋上に落ちても十分助かる高さだ。だが、俺は手を離そうとは思わなかった。
「ねえ、見て。白鬼が捕まってるよ」
状況から見て、ゴスロリ少女が白鬼と呼ぶのは俺のことらしい。
「ははは、こういうのをジャパンでは鴨がネギを背負ってやってくる、っていうんだよね。わははは」
ヘリコプターの中から騒いでるが、俺はバッグを取り戻すんだ。
「おい、水玉パンツのお前!俺のバッグを返せ!」
そういうと少し顔を赤らめたゴスロリ少女は、スキンヘッドの男の影に隠れてしまった。
「何だ。バッグを取り返しにここまで来たのか?こいつ馬鹿だろう?」
スキンヘッドの男が馬鹿にしたように言い放つ。
「そのバッグは大切な物が入ってるんだ。返せよ」
ヘリコプターは上昇からのホバリングをやめて水平方向に移動し出した。
既に、さっきまでいた屋上に降りるにも困難な高さだ。
「ボスはこいつの血が必要なんだろう。なら、このまま連れていけば良い」
スキンヘッドの男はそういうが、そばで見ていたゴスロリ少女が復活して俺のバッグを見せびらかすように俺に見せた。
「鬼さんこちら、欲しければここまで登って来なよ」
ああ、あの中には作者先生のサインが入ってるというのに、こいつめ!
ゴスロリ少女は面白がって俺のバッグを思い切り振り回している。
そんなことをしたら、大事なサインとラノベはぐちゃぐちゃになってしまう。
「やめろ!それ以上バッグを振るな」
「そんなにこんなバッグが大切なんだあ」
確かにそのバッグは美鈴ちゃんが15歳の誕生日プレゼントしてくれたショルダーバッグだ。
有名な革職人の特注品だと楓さんが言っていた。
悪戯っ子のように楽しそうな笑みを浮かべてゴスロリ少女はさらにバッグを振り回す。
すると、『プチッ』と何か切れた音がしたと思ったら、ゴスロリ少女が持っていたバッグの肩紐が切れた。
「「あっ!」」
奇しくも俺とゴスロリ少女の声がハモってしまった。
だが、今はそれどころではない。
人生には選択しなければならない時がある。
たとえ命がかかってての選ばねばならぬ時もあるのだ。
「そいやっ!」
俺はぶら下がっていたスキッドから手を離し、落ちていくバッグ目掛けてダイブした。
そう落ちたのだ……
俺に覆っていたオーラの死因は、高所からの落下が原因と思われる。
その原因を自ら作ってしまったのである。
バカというなら笑ってくれて結構。
短い人生だったが、あのサインと死ねるのなら本望。
俺は、空中でバッグをキャッチして、真っ逆さまに落ちていく中で重力ってすげーっと思ってたりもした。
落ちている間、走馬灯のように色々なことを思い出す。
久しぶりに会った母さんや妹の可憐。
愛莉姉さんには、今回も振り回された。
それからいつも一緒にいるルナや護衛官になりたての涼華。
角太にも迷惑をかけてばかりだ。
迷惑をかけるといえば楓さん。
大変なのに愚痴もこぼさず家のことをよくやってくれた。
そう言えば、今日着てるスーツも楓さんが研究所に発注して作ってくれてた。
研究所?
俺はスーツの内ポケット部分に紐が付いてるのを思い出した。
そして、桜子婆さんが言っていた。
今日のラッキーアイテムは『紐』だと……
落ちていく中、既にホテルの半分の高さまできている。
地面も既に迫ってきており、そこからこちらを見ている男女が目に入った。
「もう、どうにでもなれ!」
俺はスーツの紐を引っ張った。
すると、空気抵抗が増した気がする。
えっ、えっ!
スーツはフライトスーツに早変わりして真っ逆さまに落ちていたのが、水平移動に移行した。
何のこれ?
もしかして、うまくいけば助かる?
だが、スピードが出ていることは事実だ。
こうなってくると着陸に全てをかけるしかない。
バランスをとりつつ、風の抵抗でうまく物が見えずらいが少し先に公園がある。あの公園に着陸するには、大きく左旋回しなければならない。
やってやる!
体を傾け大きく左に舵を取った。
その時、持っていたバッグが飛んでいってしまった。
あっ、バッグが……
取りに戻る時間はない。
地面はもうすぐそこなのだから。
公園に上空に何とか辿り着いて、そのまま進行方向に身体を立てて風の抵抗を最大限に受けた。
不安定さはあるがスピードはかなり落ちている。
ありがたいことに、この先に池がある。
俺はその池を目指して着地?着池を果たしたのだった。
苦、苦しい……
身体が痛い……
マズい、今度は溺れそうだ。
その時、綺麗な女性の声がした。
「大丈夫ですか?今助けますから」
それが岡泉女性刑事だと知ったのは、後のことだった。
◆
〜少し前の出来事〜
「砂川さん、待ってくださいよ」
「キララ、何やってんだ。この庭園を抜ければ裏口に行けるだろう?」
ホテルの玄関前でドアマンに入管を拒否された刑事2人は、裏口に回り込む為、ホテルの庭園を突っ切ろうとしていた。
「何度も言ってますけど岡泉です。砂川さん、おそらくですけど、こちらからは裏口に行けないと思いますよ」
「何でだ?」
「前、見てください。あそこってホテルの一階レストランです。あのレストランって大通りに面しているんですよ。いつも前を通るたびにここで朝食と夜明けのコーヒーを飲みたいな、って思ってましたから」
「げっ、マジか?じゃあ、反対に回れば」
「あっ、屋上からナイトクルージングのヘリコプターが飛びたちますよ。どんな金持ちの馬鹿っプルが乗ってるんでしょうね」
庭園から上を見上げると大きな音と共に離陸直後のヘリコプターが飛んでいた。
「おい、キララ。最近のヘリコプターってのは自衛隊?いや軍用のやつでそのナイトクルージングってのをするのか?」
「そんなわけないじゃないですか?高級ホテルからのナイトクルージングですよ。お洒落なヘリコプターに決まってます。そんな無骨なヘリコプターだったら100年の恋も冷めますよ」
「じゃあ、あれは何だ」
「あれはUH1Y多用途ヘリコプターですね。米国の海兵隊とかで使われている10人乗りのヘリです。機銃装備もあれば中から攻撃できますよ。勿論、自衛隊や他の国でも使われています」
「キララ、お前ミリオタだったのか?普通の女子はそんな事は知らんぞ」
「ミリオタではありません。普通の淑女の嗜み程度です。それと岡泉です」
だが、2人は直ぐに異変に気づく。
遠目だが、ヘリコプターの下に人間がぶら下がって見えたのだ。
「何だ、人がぶら下がってるぞ。あれ、落ちたらここに落ちるぞ」
「はあ、あれがイケメンだったら絶対助けますよ。空からイケメンが落ちてくるなんて、何て萌えシチュなんでしょう」
「キララ、お前、頭おかしいだろう?」
「そんな事ないです。女の子なら誰しも憧れるはずです。それと岡泉です」
「あっ、落ちたぞ!」
「キャッー!危ない」
上空を見上げている2人は咄嗟に声を上げた。
だが、それよりも信じられないことが起こったのだ。
なんと、落ちた人間が空を飛び始めたのだ。
「砂川さん、砂川さん。見ました?」
「ああ、見たぞ。これ現実だよな?」
「ええ、夢じゃないでしょうか?すっごいイケメンでした。まだ幼そうでしたけど、今後の成長具合ではアリです。こうしちゃいられない。私、先に行きますから」
そう言った岡泉新米刑事はあり得ないスピードで飛んでる人を追いかけて行った。
「マジかよ。キララの奴あんなに足が速かったのかよ」
砂川刑事は、妙なところに驚いていた。




