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冷やしレモン先輩  作者: 葉山 灯
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 冷やしレモン先輩とは七月の初めに出会った。当時私は高校一年、先輩は二年生だった。


 場所は保健室にて熱中症による吐き気を催してバケツにしがみついている私を彼女に見られ、何度も断ったが結局背中をさすられながら無事に吐き気を収めたのが最初の出会いだった。


 もっとマシな出会い方があるだろと今でも思う。


 先輩はバケツの中身を手早く処理し、未だ呻いている私に水と氷枕も用意してくれた。氷が鳴るひんやりと心地よい枕に頭を預けた私は彼女の顔も名前も覚えずに意識を失った。


「冷たいの、いる?」


 そうぼんやりと声が聞こえたが答えられず仕舞いだった。


 再び目を覚ました頃には先輩はもういなかった。先生に肩を揺らされ、起き上り窓を見ると外はすでに暗くなっていた。あと少しで母が到着するとの事だった。


 頭痛のせいでまだ気分は良くなかったが、だいぶ落ち着いた私は傍にある眼鏡を掛け、そのままベッドを出て帰り支度をしていると先生が飲み物を差し出した。


「よかったら飲んでみてって。あの子の酸っぱいけど美味しいのよ」


 聞けば先生が帰ってきた時に先輩はこれを作っていたという。冷やしレモンと呼んでるらしい。


 レモンと砂糖で作った原液をソーダで割ったもの。 口に含むと、レモンを前面に押し出した甘えが一切ないガツンとくる酸っぱさ。思わず笑ってしまった。だいぶ後に聞いたが、彼女の祖母がシークァーサーが無いからレモンで代用したのがきっかけだそうな。からんと喉を鳴らす良い味だった。





◻️





 それから二日間自宅で過ごし、三日目に調子が良くなったので復学した。


 この日の昼休みに校舎をぐるりと歩いて周って先輩を探したが、どの教室にも見つからず気づいたらチャイムが鳴った。


 これには自分でも呆れた。弁当を食べ損ねてまで夢中に探し回っていたのかと。


 背中をさすってもらい、介抱してもらったことにお礼を言いたいのは確かだけど、昼ごはんも食べずにうろつく程必死に探していたと思うと自分がおかしく見える。ふとエサをもらった野良猫がずっとついてくる図が頭によぎった。


 ともかく会ってお礼を言いたい。そう思った。


 放課後、保健室へ寄って、先生に尋ねるとあっさりと教えてくれた。


「去年新田先生からアレをもらってね。生徒が作ったものだっていうから、気に入ったって言ったらあの子持ってきてくれたのよぉ。良いコよね」


 との事。


 彼女の名前とクラスも教えてもらい、あの人が一学年上の先輩だと知ってなんとなくだが納得した。


 保健室を出た後、どうしようかと気が萎む。ここまでくるとやり過ぎな気はした。でも一言だけ言えば済む話だとふっきれて二階へ足を向けた。


 新田先生は丁度よく職員室にいた。私を見て不思議そう顔で手招きしていたが、私が一年生だと知ると更に首を傾げていた。下級生とは接点はあまり無いらしい。


 私は保健室で彼女にお世話になったことを話し、そのお礼を会って伝えたいと考えていたが、途中でふと思い付いて彼女への感謝を伝えて欲しいと先生にお願いしてみた。


 それが一番無難な締め方だと思ったからだ。直接会うのが急におっくうになってしまい、変に思われるのも嫌だからと自分の中で折り合いをつけることにした。


 中学の頃から人付き合いの難易度の高さについていけなくなった。それは今もこの頃からあんまり変わってない。


 お互いの関係が近づくにつれ、小刻みにブレーキを踏んでしまうようになってしまい、それで絡みにくいのか当時のクラス内では喋れるが好んで近づこうとは思わないバイトリーダーみたいな立ち位置にいた。クレームの処理ぐらいしか声を掛けられない彼等には親近感を勝手に抱いてる。


 話を戻して、要はもういいだろうと諦めた訳だ。気分は冷えたが、丁度良い加減だと思いながら先生に頼んでみると、予想もしなかった答えが返ってきた。


「部室の場所を教えるから会っといで」






◻️





 多分五時を過ぎていたと思う。二階の東廊下の奥に家庭科室があり、その隣には使われていない物置部屋があった。


「広津和郎研究部」


 そう書かれた紙が額縁に収まり、ドアノブにぶら下がっていた。平時なら見向きもしないホコリがかぶった看板だと思った。


 寂れた、白い扉。私はその前でうろついていた。彼女がここにいるという。新田先生は運が良いと笑っていたが、私は真顔になっていた。


 例えば人助けをしたとする。その助けてもらった人が教えてもいないのに自宅に突然やってきてお礼を言ってきたらどう思うだろうか。ばったり会うんじゃなく、場所をつかんだ上で突然やってくる。


 それは同性でも十分なホラーだと思う。


 故に何とかして良い言い訳を考えなくてはいけない状況になってしまった訳で、それでこの時の私は扉の前でウロウロと彷徨うしかなかった。


 廊下はエアコンが通っていないため蒸し暑く、ただ立っているだけでも首がベタついてくるのだから、時間が過ぎていく毎に何もせずそこにいるという事実が私をどうしようもなく情けなく思わせた。


 さりとて帰ろうにも、もし明日、新田先生が彼女に私の事を聞いてきたらと思うと動けず、恥ずかしい話だが本当に何も出来ず、揺れていたのだ。


 裏山からひぐらしの鳴き声が響く。姿無く聞こえる声圧が途切れず延々と廊下にいる私の頭に振り下ろしてくる。端的に言ってすごく嫌だった。


 この拮抗した状況が傾いたのは扉が開いた時だった。


 部屋から出てきた女性は一瞬呆けた顔をしたが、目の前に汗だくの女が扉の前に突っ立っているのを見て言葉にならない悲鳴を挙げていた。


 後の私の先輩である。もっとマシな出会い方があるだろと今でも思う。


 これが彼女との出会いの経緯だ。これから長い付き合いになるとはお互い思いもしない七月の初めの事であった。


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