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人狼狩りの騎士様  作者: 飯能太郎
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第一章第二節:5月16日午後4時47分



飯能市。市街地の周囲三方を山に囲まれたこの地は都会というには自然にあふれ、田舎と呼ぶには人が多かった。体よく言えば都会と田舎のハイブリットであるこの街の駅近くに商店街がある。かつての勢いはないもののそれでも機能しているこの商店街の一角、下町との境目に石造りの古い建物がある。狩野と記された表札の下には狩野探偵事務所という看板が置かれていた。


時刻は午後3時27分。3時半からの面談だったので時間も問題なし。私は住所と写真を改めて確認した。写真の事務所と比べて少々汚い気もするがここで間違いない。確信をもってチャイムを押す。それにしても平成のこの世で探偵って少し怪しい気もする。どんな人が出るんだろう。ピカピカのスーツを着た40代くらいの人が出てきたらなんか嫌だな。なんか詐欺の気配を感じちゃう。小汚いやせ細ったおじさんならまだ信用できる気もする。いやそれはそれで嫌か・・・


「小鹿野さんですか」


あっ私と同じ女性とかも嫌な気はしないな。あっでもそれなら奥からピカピカのスーツを着た40代くらいの人が出てきたりして・・・・


「小鹿野さんですね」


「あっすいません!そうです、小鹿野です!本日はよろしくお願いします!」


高校生くらいの女の子だった。肌は白くて、首は細長くて、だけど半年散髪していないであろう野暮ったい髪型が彼の持つ素材を殺している結果親しみやすい印象を持つ、不思議な子だった。思ったよりかわいい探偵さんだこと!


「あなたが探偵さん?」


「いえ、僕は手伝いに来てる甥です。本人は二階で待っています。こちらへ。」


「甥・・・ってことは男の子だったんですね。ごめんなさい女の子かと」


「よく言われます。」


軋む木の階段を上った先のドアを開ける。古くなったソファと灰皿の置かれた机。窓にはお約束のブラインドが取り付けられている。如何にも探偵の部屋!といった感じの部屋だった。


「こんにちは、小鹿野さん。探偵の狩野です。そちらのソファにお座りください。」


ピカピカのスーツを着た七三分けの、40代くらいの男性が白い歯の目立つ笑顔でそう言ってきた。


帰りますともいえず流された私は素直にソファに腰を掛けた。ソファの革のこすれる音がやけに頭に残った。


探偵さんと青年も対面のソファに腰かけた。


二人は話を始めた。季節を話題とした雑談から始まり、最近の人狼事件や海外のニュースなど、大人としてありきたりな話題を行い、お互いの印象を柔らかくしていった。小鹿野の緊張が解けたと判断した狩野は、話題を変える。


「・・・それでは本題に入らせていただきますね。」


「はい」


「8月2日から16日までの舞台周辺での警護、という事だったのですが、改めて確認させていただきたいことが一件。手紙でお伝えした通り、警察や狩猟会の方には連絡はされたんですよね?」


「はい。市警さんからも武装した警察の皆さん20人が会場の警備をしていただけて、狩猟会の皆さんからは二人来ていただけるとのことでした」


「ナルホド、十分ですね。」


「そうですね、ただ少し多すぎる気もします。」


「いえ、そんなことはないです。私も危惧していた、三匹以上の襲来と、20年前の人狼の再来という線に対しても人の数と質でしっかり対応できると思います。ただ・・・」


「ただ?」


「人数が多い分、構造上人狼からの奇襲で初手を決められると弱いですね。」


「何故ですか?」


「ええ、市民会館を20人態勢となると警察は出入口や会場内等の人流が多いところに、ハンターは動きやすいところに配置されると思います。私だったらハンターを一人裏手にスタンバイさせて相手の初動を遅らせる陣形を作りますが、この陣形はハンター一人の死を意味します。各陣営が人命を軽んじるこの形を否定するでしょう。しかし人狼というのは我々の弱点を突くのが達者なのです。今回の陣形に似た形で被害が発生した事例がありまして・・・そこまでは良いですね。とにかく、我々は人狼の裏の裏を突く必要があるのです。」


「・・・私はどうすれば良いのですか?」


「10万円!10万円を追加でお支払いください。そうすれば安心です。込々で30万になりますが内容的にまあ安」


「帰ります」


青年が席を引いてくれた。会釈をしてドアに向かおうとしたところ、焦った探偵さんが話し続けた。


「待って待って待って!タダお賃金を頂戴するわけじゃないですよ!もう一人、ハンターより頼りになる奴を配置するんです!そうすればお話になられた20年前の悲しみの払拭が確実に出来るんですよ小鹿野さん!」


「・・・そんな強い人、知り合いにいるんですか?」


「そいつです」


その指は青年を指さしていた。細くて白い、本人から言われるまで女の子かと思っていた青年を。


「帰ります」


「待ってくださいよいやコイツが実はあのナイ・・・」


声はドアの締まる音にさえぎられて聞こえなかった。


私は階段を降りながら自分の能天気さに腹が立っていた。そもそもが変な話だった。都市伝説として噂されていた、人狼に一人で立ち向かって勝てる騎士様が私と同じ街に住んでいて?そんなナイト様が探偵事務所を経営していて?日夜人狼から私たちを守ってくれている?おかしな話!お母さんとお父さんが居なくなった舞台を再現するために努力してきたからってこんな薄い可能性になんて手を出す必要がなかったのに、時間の無駄だった!


「あれ・・・?」


人がいない街を歩く足を止め、ふと呟く。


「私、いつあの事務所を出たの・・・・?」


空は夕焼け、影は濃くなってゆく。私があそこに入ったのは3時半くらいだったはず。だけどこの空じゃあまるで夕方じゃない。腕時計を見ても、針は4時47分を指している。夏のこの時間にしては日の沈みが早い。


とりあえず街を歩く。この時間帯であれば居酒屋に入る人たちがいても良いはずなのに街灯が足元を照らすのみで、人はおろか店もシャッターを下ろしている。


「おかしいな・・・何が起こっているの?」


商店街を抜けようと速足で歩き始める。しかしなかなか抜け出せない。


「どうして・・・!?」


あるけどあるけど商店街の果ては見えず、恐怖感が次第に心を支配していった。こうなったらあの探偵に助けてもらうしかない。詐欺師かもしれないが、もしかしたら助けてくれるかもしれない。


そう思った小鹿野が来た道を戻ろうと振り返ったその時、人影を見た。街灯にちらと見えたそれは人の形をしていて、体を傾けてこちらを見ている。

人を見つけたと安心したのもつかの間、その安心はすぐに恐怖に変わった。

最初は違和感だった。

街灯の太さは4,50cmである。その太さで胸から上だけ見えている。本来あるはずの胸から下が見えない。恐らく男性であろうそれが体を隠すにはあまりにも細い。

これは人ではない。そう理解した時、それがこちらに向かって嗤った。口からは牙がのぞいている。




「あー!あかねえ!見知った扉に仕掛けされるだけでムカつくのによお!開かねえとなるともっと最悪な気分だ!ったくムカつく野郎だ!こっちが手ェ出せないからって楽しもうとしてやがるぞ!ハルト、気が付かなったのはなんでだ?!」


「初めて遭遇するタイプだから。事務所の中ならなんとなくわかるはずなんだけど、一階にいるやつ、僕にすら気とらせないくらい隠密が上手だよ。もしかしたらAクラスあるかも。」


「ったく、事務所に入られるなんざもう二度とゴメンだったんだがなあ!・・・ったくしょうがねえ、俺のドスでも開かねえその仕掛け、本当に力任せなら壊せるんだな?」


「うん、むしろタクミの細工で開ける方が時間かかって余計間に合わなくなるよ」


タクミと呼ばれたスーツの男は整えた髪をぐしゃぐしゃにした後答えた。


「そっか、じゃあ頼むぜ!」


ハルトは扉に手を添えた。ハルトが手を添えた辺りから、黒い煙が立ち込める。

ハルトはそれを意に介さず扉に体重をかけ始めた。

ハルトの背筋が隆起し、シャツが内側で膨れる筋肉で破けそうになるのが傍から見てもわかった。扉はすぐに壊れた。ハルトは西日に照らされた一階を睨む。


「ハルト、せっかくだしマスク付けておけ」


タクミから受け取ったものをハルトは顔に着けた。


夕暮れの暗がりの中でもわかるほどの白さのマスクであった。冬の月のような冷たい白を帯びるそれは、しかしところどころ小さな傷がついており、観賞用の芸術品ではないことを示唆する。


「とっとと行こうぜ、ナイトさま」


「うん。タクミ、僕先行くからお札をたっぷり持ってきて」


「あいよ!頼んだぜ」


階段を降りてすぐ、台所に倒れこむ彼女と、それがいた。それは苦しそうに呻く彼女を見つめてニヤニヤと嗤っていた。

普段であれば目標を見つけ次第間髪入れず攻撃を仕掛けるハルトであるが、相手の異様さに攻撃をためらった。

人狼は概ね、その名称が示す通り人の形をした狼といった風貌をしている。

血で部分部分固まった毛皮とナイフのような爪と牙を備えている。

しかし目の前のそれには牙以外の人狼らしい特徴がない。

全身の毛を剃られたチンパンジーの口に、シロワニのような乱杭歯が覆っている違和感のある顔と風貌であった。


「邪魔しないでよ。今いいとこなんだ。」


目の前の獣が人語を話した。


「これはね、見せしめなんだあ。我ら人狼を恐れない人っていうのは実にうっとうしいんだ。君らだって野良犬とか野良猫が敵意をもってきたら対処するでしょ。でも君らは犬猫と違って恐れる事を知ってるものね。だから目いっぱい怖い殺し方をしてあげてさ、抵抗しないよう心を折ってあげるんだよ。」


「なあ」


「なーに?」


「あんた、ずいぶん一人でしゃべって楽しいんだろうけどさ、もう僕はお前を殴れるよ」


いつのまにかハルトは獣と距離を詰めていた。


「おー・・・殴ってどうなるの?」


「お前がしょんべんを漏らして僕に命乞いをする様を見られる」


「ハハ、若い君、君こそしゃべりすぎじゃな」


ハルトが動いた。グリップを加えた足の床がひび割れ、これから発生するであろう打撃の威力を物語る。足から発生した加速は腰で更なる加速を生む回転を生み出し、そして拳が獣の顔の中心を捉えた。


未だサイトの機能を使いこなせずにいます。

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