【7話(完):予想通りのハッピーエンド】
森の奥深く、人も獣も寄り付かない隠れ家のような空間。神秘性と退廃性は似たもの同士だということを教えてくれる、そんな場所。
わたしは花束を携え、ロックのお墓に訪れていた。
ダンジョン騒動、から一月後、わたしは相棒のお墓に訪問。約束守れて偉いぞMC、彼の墓標の前に立てて嬉しい。
……なんて頭の中でライムを刻んでも、命の恩人を喪ってしまった哀しみが離れることはない。時間が全てを解決するなんて嘘だと思う。みんな格好つけてそう言ってるだけなんだ。
だってそれは、故人を忘れるってことだから。
だからわたしはずっと、一生、死ぬまで、キミを想って哀しみ続けるよ。
「ロック」
墓標に彫り込まれた文字を指でなぞる。
“DJロック ここに眠る”。
ロックは勇者になりたいのだと語ってくれた。
ジャイアントスカルからわたしを守ってくれた、彼の勇敢な姿が思い出される。なんのスキルもなしにその身一つで立ち向かっていった、あの姿が。
「……キミは追放者まさかの10回、まるで天罰、女神の十戒」
わたしは呟く。
「それでもわたしにとってのキミは勇者」
最期まで伝えられなかった思いを。
「惚れた弱みの、アイラブユーシャ」
……ふふっ、こんなのラップじゃなくて単なるギャグだって、キミなら言うかもね。
墓前に花束を添えて、わたしはその場を後にしようとする。
その時だった。
唐突に地面が盛り上がり始め、ズボン! と勢いよく肌色の何かが飛び出す。それはどうやら人間の右腕だ。
な、なに……?
初めに右腕、次に頭、全貌が明らかになったそれは、1ヶ月前と全く変わらない出で立ちで、ゲホゲホと口の中に入った土を吐き出した。
「おえっ……んだこれ、まずっ……! 土まずっ!」
「ロック!?」
なんで!?
土の中から這い出したのはあのロックだ。
「あ、アナベルか」彼はなぜか気まずそうな顔をして言う。「おはよう」
「な、な、なんで」
わたしは困惑のあまり、そばに駆け寄って彼の身体をくまなく触る。土を落とし、服をめくり、首裏や脇の下までチェックする。
「おいおいおい! 何だ突然!」
なにこれ……どこにも腐食している様子が見られない。いくら地中に包まれていたとはいえ、一月も経てば目に見えて分かる程度には進むはずだ。
それに、彼の自我や記憶は全く失われていない。脳が新鮮なまま残っている証拠だ。確かに死んでいるはずなのに、いったいなぜ?
「あれからどれくらい経ったんだ?」ロックは訊いてくる。
「い、1ヶ月だよ」
そうキミが言ったからね。
すると、彼は訝しげな顔つきで自分の身体の匂いを嗅ぐ。「俺、臭くないよな。腐ってないよな」
「うん、腐乱臭はしないよ。腐乱臭はね」
「その言い方だとナチュラルに俺が臭いみたいだろ」
「そんなことより、なんで新鮮な状態で残ってたんだろう」
わたしのネクロラップは新鮮な死体にしか効果がない。
「それは多分、これのおかげだ」
彼は右手に力を込める。すると、青ぼんやりした光が手のひらの上に現れる。その中にはスキルが名が記されている。
「《腐らない》……!?」
あまりにもド直球なスキル名に、わたしは驚愕の色を隠せない。目の前で起こっている事象の、答えがそのまま書いてあるんだけど。
「まさか俺の身体そのものが腐らないスキルだったとはな」彼は飄々とした態度でそう言う。「死んだのなんか初めてだったから、気付かなかったぜ」
つまり、彼のスキルは自分の死体を腐らせない能力? なんの意味があるのそれ……いや、たった今役に立ってはいるんだけれども。
まるでネクロマンサーに仕えるためだけに存在するスキルだ。
「ゆ、ユニークすぎる……」わたしは目を丸くして呟く。「ユニークスキル……」
「まあこんな感じで、どうやら俺はまだまだ死体として頑張れるらしいぞ」
「……あ」
「なんか恥ずかしいな、あんな格好つけといて結局生き返るってのは……ってうわっ!」
「DJロックっ!」
徐々に湧き上がってくる現実感と歓喜の思いが暴発し、わたしは彼の胸に飛び込んでしまう。あの時とは違い、今度は嬉し涙が止まらなくなる。
彼の身体はひんやりしていて、とても気持ちがいい。心臓の鼓動はしなくても、彼のソウルの灯火はしっかり伝わってくる。
これからもずっと、キミのビートでアガれるんだね。
「DJゾンビ勇者なんて、属性盛り込みすぎだろ」
ロックは気恥ずかしそうに目線をずらすと、照れ笑いを浮かべながらそう言った。
彼はわたしを守って死んでしまったが、なんだかんだで蘇った。
そして、なんだかんだ2人は恋に落ち、なんだかんだで幸せなハッピーエンドを迎えるのだ。
◆◇◆◇◆◇
「それにしても、これからどうするかな。1ヶ月も行方眩ませてたら部屋は引き払われてるだろうし」
「とりあえず、家に来てお風呂入って。かなり土臭いから」
「あ、やっぱりそうか?」
「あと、お風呂場のカビ取りも手伝って」
「なんでだよ」
「そういうスキルがあるって言ってたでしょ」
「……あれは嘘なんだけど、まあいいか」
「嘘なの?」
「ジョークみたいな話ってことだ。ところでアナベル、お前のさっきの蘇りラップだけど……アイラブユーとか言ってたような気が」
「それもまた過ぎた話。その場ノリで言ったことはナシ。疑惑これで晴らーし。美味い寿司ネタはまーち」
「おい、話を逸らすな。顔も逸らすな」
「顔を逸らすな? 罪なキャラクター、咎める発言マジ容赦ねえな。緊張と紅潮で嘔吐しそうだ、とにかく行こうか王都引っ越しセンター」
「王都引越しセンターってなんだよ」
(おわり)
最後まで読んでいただきありがとうございました!