【6話:スターダム】
夕暮れ時の森の中は、赤い木漏れ日で照らされている。ここは静かで安全で、俺の秘密基地みたいな場所だ。子供の頃からよく来ては、勇者になるための特訓だと言って棒切れを振り回したりした。
長い眠りにつくのにふさわしい場所だ。
「こんなもんか」
俺は適当に切り出した大岩に、“DJロック ここに眠る”と彫り込んだ。
大岩の横には人が1人入れるだけの穴を掘ってある。
「さてと、さっさと入っちまうか」
「……本当に、もう眠っちゃうの?」アナベルが訊いてくる。「もう少しだけ」
「いや、こういうのはスパッと決断しないとグダる」俺は掘った穴の中に横たわり、足を組んで茜色の空を見上げる。「準備オーケーだ」
◇◆◇
話は数時間前、ダンジョンでジャイアントスカルを倒した直後まで遡る。
『おいおい、見たか今の俺の動き!』俺はアナベルに声をかけた。『すんげえ強くなってんじゃん!』
俺は自分の身体能力が激増したことに感極まっていた。何しろあのジャイアントスカルを手玉に取れるほどの変化だ。ゴブリンたち同様、俺も相当な強化を受けているようだ……!
だから俺は、とにかく勝利の余韻に浸りたかった。この感情を彼女と分かち合いたかった。
しかし、アナベルは泣いていた。『ごめんなさい、ロック』そして俺に謝った。
『な、なんで謝るんだよ』俺は訊いた。『もしかして、俺をゾンビ化したことを後悔してんのか?』
だったらそんな罪悪感は筋違いだ。あのまま死んでしまうよりはゾンビになった方がずっとマシだし、特に身体に異常も見られない。意思も感覚もはっきりあるし、ゾンビ感がないのだ。
全然、普通に生き返らせてもらったって感覚だ。
なのになんで彼女は泣いているんだろう。
アナベルは涙を流しながら語り出した。
俺の身体は長くは持たないということを。
他のモンスターたち同様、死体は死体のままただ動いているに過ぎない。だからモンスターの場合は時間が経てば消滅するし、
人間の場合はいずれ朽ち果てる。
既に身体中の細胞は壊死し始めており、それは脳も例外ではない。歩いたり走ったり、自我を保っていられるのも時間の問題であると告げられた。
つまり、いくら今は見た目が人間でも、数日後には俺はベターな外見のゾンビになってしまうということだ。腐臭を撒き散らし、理性も何もない本物のアンデットになって、骨だけになるまで化け物として蠢き続ける。
それが俺の末路だと、言われた。
『それは……本当のことなのか』
『昔、父を蘇らせた時も、結果的に苦しませてしまった』アナベルは俯いて呟く。『だからもう絶対に、人間は蘇らせないって決めてたのに』
彼女はぽすっと俺の胸に顔を埋めるようにして泣きじゃくる。『それでももう一度、キミに会いたくなってしまった』
『……馬鹿かお前は』俺は優しくアナベルの頭を撫でる。『んなもん全然気にしねーよ』
どうせ無理やり拾ってもらった命だ、そんなに長続きするもんでもないだろうとは思ってたさ。
だからお前も気にすんな。死んじまった父ちゃんのためにも、お母さんと一緒に楽しく長生きしろよ。
長寿を拝命してくれマイメン、
惚れた女はみてくれ百点、
なかなか見せない笑顔が満点、
星空の上で見守るぜ、相棒。
それを聞くと、彼女は涙を目蓋に溜めながら笑って答えた。『馬鹿じゃないの』
ああ、その顔が見たかったんだ。
◇◆◇
俺は自我が消えてしまう前に、埋葬されるという形で弔われることを望んだ。自分の墓を作ってそこに寝そべるなんて狂気じみた行為かもしれないが、案外心は安らかだ。一度死んだからかもしれないな。
あとはアナベルが俺のゾンビ化を解いて、ただの死体に戻してくれるのを待つだけとなった。
「毎日お墓参りに来るから」
「重いな! 気持ちはありがてえけど、毎年でいいよ!」
「じゃあ毎週」
「……毎月でどうだ」
「分かった」彼女は座り込んで俺の顔を覗き込む。「1ヶ月後に、またくる」
……んな泣きそうな顔すんなよ。
「来んのは構わねえけど、ラップで追悼してくれるなよ?」俺は言う。「お前のラップがうるさくて、また蘇りでもしたらたまらないからな」
実際には、そんなことは起こらないらしいことも聞いていた。彼女のスキルは《ネクロラッパー》、聴覚を通じて相手に届く死霊術……つまり、聴覚機能が朽ち果てた時点でその死体を蘇らせることは不可能になる。鮮度が大事ってわけだ。
「……そろそろ頼む」
そして鮮度が大事なのは、決心も同じだ。
「……うん」
彼女は大きく息を吸い込むと、ゆっくりと小さく子守唄を歌い出す。いつもの平坦な呪詛ラップとは違う、伸びやかで音階のある心地いい歌声。
包まれる。
身体の力が抜けていく。
目蓋にすら力が入らなくなっていく。
これから長い眠りにつくのだと自覚できる。
俺の身体は長い年月を経て地中に分解され、この星を巡り、やがて空の上に行くんだろう。
星空の一部になって、君を見守れるのだろう。
子守唄を歌い切ったアナベルは、哀しげに寂しげに、されど笑って俺を見送る。
モテない冴えないスキルもない、いいとこなしの人生だったが、最後の最後で報われた気がする。たとえ肉体が“腐り”落ちようとも、俺が生きた証はちゃんと彼女の中に刻まれ……。
……あれ。
ちょっと待て。
俺のスキルってなんだった?
いや、もしかしたらだけどこれ、少し早まりすぎたんじゃ……?
あー駄目だ、めっちゃ眠い。
ああ〜。