【4話:勇者と薬草】
剛腕のミノタウロスの力は凄まじく、ほとんどの敵をなんなくなぎ倒していく。俺がやっていることと言えば、時たま呪詛ラップを繰り出すアナベルのために手拍子をしてやることだけ。ついに剣士でもなくなったクソ雑魚DJロック……こんなんで女神の薬草を手に入れても、あの募集要項を満たしているとは言えないな。
そしてついに、というか呆気なく、俺たちは第5層にたどり着いた。ここから先は深部と呼ばれるエリアだ。この辺りに女神の薬草は自生しているはず……俺たちは第5層を探し回る。
「あっ!」
あ、あった!
広く空洞状になった、殺風景な空間の奥の奥。岩壁に囲まれた洞窟内に、まるで作り物のように輝く純白の花。囚われの姫のように佇む一輪の花。
女神の薬草がそこにあった。
「これが……女神の薬草」アナベルは座り込み、それを確認する。「これさえあれば、母を救える」
薄暗い洞窟の中、薬草の輝きがぼんやりと彼女の横顔を照らしている。いつもの無表情とは違い、安堵の笑みを浮かべている。
「よし、さっさと持って帰ろうぜ」俺は薬草を根本から引き抜くと、アナベルに手渡す。「こんなところに長居は無用だ」
「でも、一輪しか見つけてないよ」
「いいよ、お前が採っとけ」俺は笑って言う。
ただ手拍子をしていただけの男が、こんなズルみたいな手法で女神の薬草を手に入れたところで、またパーティをクビになるのがオチだ。
「俺はさ、勇者になりたかったんだ」
子供の頃、一度だけ見た勇者の行軍。その先頭を歩く勇ましき姿。人助けのために命を惜しまない果敢な精神。影響を受けやすい俺は彼に憧れた。
でも俺にはなんの才能もなくて、それでも冒険者として名をあげたくて、いつのまにか強いパーティに入ることだけが目的になってた。
そういうことじゃないよな。
面接を有利に進めるため? 募集要項に合わせるため?
よく考えたらバカバカしい。いつから俺は就活生になったんだ。
“洞窟に薬草を取りに行く”のは、こいつの母親を治すためだ。
その方がよっぽど勇者っぽいだろ。
「ここを出たらいちから鍛え直すよ」深部まで来て、自分の無力さは十分に味わったつもりだ。「それだけでも、お前に着いてきた甲斐があったってもんだ」
そして、今度こそちゃんと勇者を目指すんだ。
「……ありがとう、ロック」
彼女は礼を言ってくれる。いや、俺がやったことと言えば手拍子くらいなんだって……シンバルを持ったサルのおもちゃでも代用できるんだぞ。
「ううん、DJロックのビートは最高だったよ」
相棒だね、と言ってアナベルは俺の手を握ってくる。彼女の両手の温かみが伝わってくる。
そういうことされると、なんというかこう、1ミリくらいは期待してしまうというか……もしかしたら俺に惚れてるんじゃないかとか考えてしまう。よく考えたら、女の子と手を触れ合うのなんて初めてだ。
すると、アナベルはパッと手を離し、顔を赤くして小悪魔的に笑う。「DJロックは意外と純情、それも愛嬌、戦果は上々」
ふ、ふん! 照れてんのはお前もだろ!
その時、物凄い地響きがあたりを包む。
「な、なんだ!?」
地中をぐちゃぐちゃに掻き回すような音が、俺たちの真下から聞こえてくる。地面に若干の盛り上がりを確認した俺は、動物的本能からアナベルを抱きかかえてその場を離れる。
結果的に、その選択は正解だった。俺たちが立っていた場所から巨大な白い物体が姿を現す。初めに手、次に頭……徐々に全貌を明らかにしていくそれには、肉らしきものが一切付いていない。
「ジャイアントスカル……!」
地中から這い出てきた巨大な骸骨は、黒い眼差しを俺たちに向けてくる。もしかしてこいつが5層のボスなのか。
「ブモオオオオオオ!!!」
ミノタウロスゾンビが勇猛果敢に飛び込んでいく。その剛腕を遺憾なく振るい、強烈な拳を奴の右膝にぶち当てる。
だが、ジャイアントスカルの骨にはヒビひとつ入らない。スカルが右手の中指を素早く振り切ると、ミノタウロスの身体は真っ二つに裂けてしまった。実力差も体格差も歴然だった。
その様子を呆然と眺めていた俺たちは、奴の視線に睨まれて動けなくなる。アナベルは圧倒的な力を見せつけられ、足がすくんでしまっている。
「に、逃げろ!」俺は硬直しかけた自分の体を動かすために、そう叫ぶ。
もう遅かった。ジャイアントスカルはその大きな右手を振りかざし、俺たちを押しつぶそうとしてくる。
とっさに、俺はアナベルを突き飛ばした。
「ロック!」
くそ、このまま死んでたまるか。
「うおおおおおおお!」
身の丈ほどもあるスカルの右手を、俺はなんとか剣で受け止める。今までに感じたこともない重量が俺を襲うが、歯を食いしばってなんとか持ち堪える。
俺はDJでもサルのおもちゃでもない、剣士だ!
才能もスキルも何も持っちゃいないが、ここでこいつを食い止められなきゃ、何のために冒険者になったんだ!
「アナベル、今のうちに逃げろ……!」
「だ、駄目だよ……それじゃロックが」
それも悪くない。
女を守って死ねるなら、冒険者冥利に尽きるってもんだ。
「母親を……助けるんだろ……!」
スカルの右手の重量はどんどん増していく。剣の前に俺の身体が壊れてしまいそうだ。それでも諦められない、俺は絶対に腐らない。
その思いだけで、俺は踏ん張っている。
気分は主人公だった。ヒロインはアナベル。俺は彼女を守って死にかけるが、なんだかんだで生き残る。なんだかんだ2人は恋に落ち、なんだかんだで幸せなハッピーエンドを迎える。
命を賭して立ち向かっているように見えて、結局そういう有耶無耶なご都合主義が起こることを心の奥底で望んでいる。いや、盲信している。死ぬ覚悟なんて本当はできてないのが見え見えだ。
だから俺は主人公にはなれない。
終わり方は実に呆気なかった。
痺れを切らしたジャイアントスカルは、左手の中指を立てて、
そのままそれを俺の胸に突き刺した。
「あ」
一瞬だけ全身がひどく熱くなり、その後は強烈な寒気とともに震えだす。せりあがってきた血の味が口の中を包み、吐き気とともに口外へ噴出する。中指が勢いよく引き抜かれ、俺は糸が切れた人形のようにその場に倒れ込む。
なんだこれ、目蓋にすら力が入らない。
マジで死ぬのか俺。
少し後悔する。
なんで格好つけてこんなことをしてしまったんだろう。どうして才能もないのに勇者を志してしまったんだろう。
死ぬのが怖い。ぶっちゃけ、かなり、結構怖くなってきた。あれだけ啖呵を切っておいて、情けない話だ。
……いや、でも……アナベルが死ぬよりはマシか。
願わくば、彼女が生き残って、母親にこう伝えてくれることを望む。
DJロックは、勇敢な男だったと。
それだけでいい。
ブツン、と意識の途切れる音がした。