【3話:DJロック】
アナベル親衛隊と化したゴブリンを数体引き連れ、俺たちはダンジョンを降りていく。引き返そうとも思ったが、どうやら彼女はまだ帰る気はないらしい。
ゴブリンゾンビたちは現れる敵をなんなく倒していく。オークやオーガといった上位互換モンスターもお構いなしだ。
「なんでこいつらこんなに強いんだ」
「ラップのソウルを灯したマイメン」彼女は答える。「だっせえ頃より強くて当然」
「そういうもんか?」
「そういうもん」
そういうもんらしい。こんなお経みたいなラップを聞かされてもアガるとは思えんが。
「それにしても、こんなに強いやつをなんで手放すかね」
ネクロマンサーなんて希少職だし、おまけに復活したゾンビは生前より強いときた。かなり有用な人材に見えるが。
その時、ボフンと音を立ててゴブリンゾンビたちが消えた。
「え!?」俺は驚愕の声を漏らす。「なんで!?」
「だって彼らは死体だから」
死体だから、その言葉にピンとくる。
そうだ、モンスターの死体は一定時間で消滅するんだった。それはゾンビとして蘇ったとしても変わらない事実だということか。
「だからこうして死体をトレード」彼女はマイクを口元に持ってくる。「リズムに合わせてワラシベロード」
今さっきゴブリンが倒してくれたオークがゾンビとして蘇った。
ワラシベロード。
つまり一定の周期で死体を確保し続けないといけないのか。使役する死体を手に入れて、死体が消滅するまでの間にさらに上のランクのモンスターを倒す……これを繰り返さないといけない。
なるほどこれは使いにくい。強いことは強いがピーキーなスキルだ。先ほど彼女が追われていたのも、使役する死体を失ってしまったからだろう。自分から攻撃する手段を持っていない彼女は、基本的にはそうなったら詰みだ。
「……やっぱり引き返すか?」
俺、ここにきてチキる。
「わたしは帰らない」アナベルは言う。「女神の薬草を手に入れるまでは」
え、女神の薬草って、俺の求めているものと同じだ。
「お前もそれが欲しかったのか」
「母の病気を治したい。女神の薬草さえあれば、きっと治せるはずだから」
女神の薬草は万能薬だ。市場で手に入れるのは仕入的にも金銭的にも非常に難易度が高いが、ダンジョンの奥深くに生えていることがある。冒険者特権ってやつだ。
パーティ加入の募集要項を満たすために薬草を求める俺と、母親の命を救うために薬草を採りにきたアナベル。
……俺の動機は、なんと不純なことだろうか。
「仕方ねえ、俺も腹括ろう」俺は改めて決意を固める。「一緒に女神の薬草、採りに行こう」
「怖いなら着いてこなくてもいいけど。キミの分も採ってくるし」
「そんなだせえことできるか……俺は強くないけど、ゴブリンの代わりくらいにはなるぜ」
「ふふ、じゃあよろしく」アナベルはまた笑ってくれる。「DJ TSUIHO」
「誰がDJ追放だ」
◆◇◆
「グルオオオオオオオオ!!!」
「ブモオオオオオオオオ!!!」
大迫力で行われる、オークゾンビとミノタウロスの戦い。俺のような三流冒険者からしたら、ほとんど大怪獣バトルだ。つけいる隙がねえ。
ミノタウロスの一撃がオークゾンビを盛大に吹っ飛ばす。まずいな……押されてるぞ。いくらヒップホップの力で覚醒中のオークゾンビとはいえ、ミノタウロスを相手にするのは厳しいか?
すると、アナベルが呪具マイクを持って一歩前に出る。「DJロック、適当に手拍子して」
言われた通り、俺は適当に手拍子をする。
彼女の左手はミノタウロスを指差している。エイトビートのリズムに合わせて、彼女はライムを刻み始める。
「ヘイ、おまえ本当にミノ? そんな矮小な攻撃でいいの? 甲斐性なしはモンスターの風上にもおけねえ。大将がこんなんじゃ雑魚狩り限定」
それに反応し、倒れていたオークゾンビが再び起き上がって歩き出す。
「オークだってオーガだって死ぬほどドープ。それでも彼らは明らかにコープス? それの何が悪りぃんだってのが道理のアンサー。かましてやれミノの鳩尾マタドール・パンチャー」
アナベルのラップを聞いたオークゾンビは活力を取り戻す。すげえ馬鹿みたいな絵面だけど、本当にパワーアップしているようだ。彼は自分よりもひと回り大きい相手に臆することなく向かっていく。
オークゾンビは咆哮とともに物凄い速さの右ストレートを繰り出した。まともに喰らったミノタウロスは立ち上がることが出来ず、息絶えたようだった。
「やった!」俺はオークの勝利に声をあげる。
オークはこちらに振り向き、グッとサムズアップする。しかし、時間切れだったのか、ボフンと霧のように消滅してしまう。
……なんかせっかく頑張って戦ってくれたのに、申し訳ねえな。
「今度は闘牛士、こちとら死霊術師。死体を弄ぶ悪趣味なアビリティー。でも働いてもらうぜ哀れなウシ氏」
今度はミノタウロスが仲間になった。さっきまでの威厳はどこへやら、彼はフゥフゥと踊り出す。大型のモンスターは消滅するまでの期間が長いし、これでしばらくは安心だ。
「なあアナベル、お前のそれって人間を蘇らせることもできんのか?」俺は興味本位でそう訊いてみる。
「できるけど、でも絶対しない方がいい」
「なんで」
「最悪なことが起こるから」
その真剣な物言いに、俺は「お、おお……」と若干怯んでしまう。
「DJロック、嫌な気分になった?」
「え?」
「ネクロマンサーのやり方って汚いでしょ」アナベルは常に無表情だ。「それにわたし、ラップ下手だし」
どうやら彼女は自分の力があまり好きではないようだ。それとも、それが原因でパーティを追放されたのだろうか。悪趣味だからという理由で。
「まあラップはお経みたいでアレだけど」俺は答える。「嫌な気分にはならねえよ」
確かに死体を活用するのは倫理的にどうなんだって話になるのかもしれないが、それがお前の才能なら使わない手はないだろ。自粛するかどうかはモンスター愛護団体が台頭してきてから考えればいい。
「それでも罪悪感があるなら、責任は全部お前をネクロラッパーにした女神様に押し付けとけばいいだろ」
「……そういうもん?」
「そういうもんだ」それに、と俺は付け加える。「MCアナベルのパンチラインも、なかなか悪くないしな」
あくまで聴き慣れてくれば、の話だが。
「ところで、ロックのユニークスキルはなんなの?」
げ。
「……風呂場にカビが生えない能力だ」俺は適当なことを言って誤魔化す。
「へえ、便利だね」
煽ってんのか?