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ビデオ通話

「うつるちゃん?」

 窓に映る女の子は、紛れもなく『ぶらっくぼっくす!』の篠崎うつるだった。たいていの場合、マンガやアニメなどの二次元のキャラがが実写化されると違和感が生じるものだ。しかしこれは「そのもの」、そっくりそのままの姿だ。

 そして静かな部屋に響く「うつるちゃん?」という言葉。女の子の声だった。これはうつるちゃんの声よりちょっと高い気がする。……そういえば聞いたことがある。自分の聞く自分の声と、他人の聞く自分の声は違うんらしい。確か、空気を伝わる音と、喉から骨を伝って耳に伝わる音が違うから、みたいな理由だった。それなら、録音して再生すればうつるちゃんの声が聞けるはずだ。

 そう思い立った俺は、ベッドに放り投げてあったスマホを手にした。3時45分。あ、充電残り1%だ。寝る前に充電するのを忘れていたのか。はあ。充電プラグを引っ張ってきてスマホに挿し、音声メモのアプリを開こうとスワイプする。その瞬間、


[MESSAGE]

ツトム:起きてるか?話したいことがある


 通知だ。ツトム――ツトムというのはクラスメイトで古本屋の息子の進藤のことだ――どうしてこんな時間にメッセージを?何か急を要することが――

 ――いや、今は自分の方が緊急事態だ。「寝て覚めたら女の子」以上の緊急事態が現実に起こるだろうか、いや、無い!まずいまずい、現実から逃げ出しそうになっていた。今気づかなかったら朝まで自分の声を録音しては聴いてを繰り返していただろう。

 ああ、でも現実に戻ったら戻ったで頭が混乱する!どうしてこうなった?何が起こったんだ?どうしようもない感情が飛び出てきそうだ。うう、とりあえず進藤からのメッセージに返信して落ち着こう。既読も付けてしまったことだし。


[MESSAGE]

ハルミ:起きてるよ。何かあった?


 返信し終えてふと気づく。もしかして、進藤も俺と同じ「緊急事態」なんじゃないか?仮に、ここら一帯の人々がみんな俺と同じように変身していたとしたら?そもそも、俺だけが変身していたとすると、「何で俺だけ?」という問題が浮上する。俺は別に特別な人間じゃない。そうだ、進藤も同じ状況に陥っている可能性はあるんだ。俺は一縷(いちる)の望みに賭け、返信を待った。


[MESSAGE]

ツトム:真剣な話だ。マジメに聞いてくれ

ハルミ:お前の話ならなんでも聞くよ。話してみてくれ

ツトム:よし、じゃあ話す。ホントにホントだから信じろよ?

ツトム:俺、気づいたら女の子になってたんだ


 ――はっ?俺はその返信を期待していたとはいえ、驚きのあまりスマホを手から落としかけた。反射的にスマホをタップする指が動く。


[MESSAGE]

ハルミ:俺も女の子になっちゃった

ツトム:茶化すな。マジメに聞けといっただろ

ハルミ:茶化してなんかない。俺も寝て覚めたら女の子になってたんだ

ハルミ:マジの話。信じてくれ!!

ハルミ:お願い!!!!


 興奮して連投してしまった。混乱して自分一人ではどうしていいかもわからなかったので、誰かに縋りたい気持ちがつい溢れてしまった。


[MESSAGE]

ツトム:すまん、わかった。

ツトム:とりあえず話を続けたい。文字で打つと長いから口で説明する。今、通話できるか?


 文字で打つと長いってことは、進藤は「寝て起きたら女の子」ほど単純な事情じゃないってことだろうか。とにかく、何でも良いから詳しい情報があるなら知りたい。


[MESSAGE]

ハルミ:OK。こっちからかける


 通話が始まった。恐る恐る声を出す。

「……聞こえる?」

「ああ、聞こえた聞こえた。かわいい声だな!本当にハルミか?」

 そういう進藤の声も、しっかりと女の子の声になっていた。何だか聴きなじみのある声だ。

「オレだよオレ。……今のは詐欺みたいだけど本当に俺だ。てか、お前も茶化してんじゃねえか」

「ごめんごめん」

「はは、まあ興奮するのは分かる。俺もなんでか息があがってる」

「まあお互い一旦クールダウンしよう。……あと、一つ提案がある」

「なんだ?」

「ビデオ通話に切り替えよう」

 ビデオ通話……つまりは顔を見たいってことか。確かに、最初にこの顔を見られるなら、同じ状況の友人がベストだ。乗った。

「オーケー、切り替える」

「さすがはマイ・フレンド、話が早い」

 お互い気持ちがなかなか落ち着かない。いつもは冷静でスマートな進藤が「マイ・フレンド」なんて言葉を使ってる。まあこの状況、俺も自分の言葉をコントロールできるとは思えない。

 ビデオ通話が始まった。

「――ハルミ、見えるか?」

 画面は真っ暗だ。

「見えないぞ。部屋の電気つけてないだろ。俺もだけど」

 机のスタンドの電灯らしきものは見えるが

「じゃあ、同時につけないか?せーので」

 俺はそれに賛成した。立ち上がってドアのそばにあるスイッチに手を添える。

「いくぞー」

「おう」

「「せーのっ」」

 勢い良くスイッチをつけた。スマホのカメラは自動的に露出補正をしてくれる。つまり、画面は一瞬真っ白になるが、じわじわと顔が見えるようになる。

「お、見えてきたぞ……」

「……ん?」

 目を疑った。カメラの向こうの女の子には見覚えがあった。声に聞きなじみのあった理由がわかった。進藤も俺に見覚えがあるらしかった。

「ハルミ、お前、……うつるちゃん?!」

「進藤こそ、お前、それお前、……


 『ぶらっく*ぼっくす』のつきみちゃんじゃねえか!」


 画面の向こうでは、進藤――いや、『ぶらっく*ぼっくす』のキャラクター、祠堂(しどう)つきみが話していた。「そのもの」、そっくりそのままの姿で。


「ヤバすぎる……」

 進藤はそう言って倒れた。

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