その1
TK21との遭遇時と違って、探索開始日にTK34と遭遇する事はなかった。
美緖達は地下に入り、探索を行った。
今回の探索は敵の拠点を見つけるのではなく、やってくると予想している敵の探索だった。
したがって、地上のパトロールのように、痕跡ではなく、妖人そのものの探索だった。
その為、隅々を回るという訳ではなく、重要箇所を見回ると言った感じだったので、数時間で3区を回り終えてしまった。
ただ、1回で終わりという訳ではなく、見つからなかったので翌日も同じパトロールを繰り返した。
今日はその3回目であり、昼まででは、遭遇はしていなかった。
そして、時は既に夕方に差し掛かろうとしていた。
ちょうど倦怠感が生じるような雰囲気になっており、美緖達4人は無言で黙々と歩み続けていた。
最早、何のために歩いているのか、忘れそうになっていた。
そのせいか、声も立てずに、しかも自分達の存在すら消えかけていた。
そんな雰囲気の中、美緖達は南下、正確にはやや東向きに南下していた。
そして、少しひしゃげた十字路へ入ろうとした時、いきなり人影が目の前に現れた。
人影は北東へ進もうとしていた。
美緖達は驚く前に反射的に体が動き、音もなく刀を一斉に抜いていた。
そして、前にいた美紅と美希が一気に襲い掛かった。
襲い掛かった人影は無論妖人だった。
十字路を通り過ぎようとした妖人に対してまず美紅が襲い掛かった。
そして、その後、十字路に差し掛かろうとしていた妖人には美希が襲い掛かった。
2体とも美緖達の存在に気が付かなかったので、完全に無防備だった。
美緖達にとって、最大のチャンスだった。
その最大のチャンスを逃さずに、美紅と美希は妖人達の急所を刀で貫くと、そのままの勢いで妖人諸共十字路を駆け抜けていった。
目の前で奇襲を受けた後続の妖人達はすぐに反撃に転じて、美紅と美希に襲い掛かった。
しかし、今度は後方にいた美緖と美佳が同時に突撃してきており、それぞれ1体ずつの急所を貫いた。
この2体の妖人は美緖と美佳の存在に気が付かなかったようだ。
一瞬のうちに、4体を葬った美緖達4人は一斉に次の敵に備えようとした。
妖人の残りは1体だった。
それはTK34だった。
十字路で、優位な地点でTK34と対峙できると思われた瞬間、TK34は態勢がまだ完全に整わない美緖達4人の間を強引にすり抜けた。
流石に不利と見るや否や、形振り構わずに撤退すると言う事は徹底しているらしかった。
TK34は脇目も触れずにそのまま地下通路が続いている北北東方面へと走り出していた。
「追うよ!」
美緖はそう言うとTK34を追い掛けだした。
普段なら妖人を4体倒しているので、十分な戦果としてこのままTK34を見送るところだった。
しかし、今回はTK34そのものがターゲットである以上、逃がす訳には行かなかった。
「分かりましたぁ」
「了解なのです」
「分かったのだ」
美緖に一瞬遅れて、美佳、美希、美紅の順で後に続いた。
「117Aより117Hへ。
TK34と遭遇。
遭遇の際、4体の妖人を倒す事に成功。
現在、北北東へ逃走するTK34を追跡中!」
美緖は走りながら中隊本部へと連絡を入れた。
「117H、了解。
まだ距離はあるけど、その先は3区本部ね。
引き続き、追跡を続行せよ。
旅団本部には援軍を要請する」
和香からそう返信があった。
「117A、了解」
美緖は気持ちが昂ぶっていた。
またとないチャンスだと感じていたからだった。
TK34は三叉、そして、今度は十字に近い十字路をそれぞれ通過していき、依然として北北東へと進路を取っていた。
それを美緖達4人は追っていった。
今は200m以上続く一本道に入っていたが、TK34との距離は段々と近付いていった。
ん?なんだかおかしい?と美緖は先まで昂ぶっていた感情から一転して警告を受けたような気分に変わった。
いつもだったらTK34はもっと加速しているような気がしてきた。
まさか、誘っている?と美緖が思った時には既に遅かった。
一本道の端で、TK34は引き返してきた。
「罠よ!
引き返して!」
美緖は立ち止まって両手を一杯に横に広げて後続の3人を止めに掛かった。
だが、美佳、美希、美紅は美緖の制止が間に合わずに次々とぶつかってきた。
「どうしたのですぅ?」
「何なのです」
美佳と美希は状況が飲み込めなかった。
「分かったのだ!
逃げるのだ!」
状況が飲み込めない美佳と美希とは正反対に美紅はそう叫ぶと回れ右をして一気に駆け出した。
4人が縦に並んだ状態でTK34に対峙するにはあまりにも不利だと言う事が美紅には本能的に分かっていた。
この地下道では同時に戦うのは2人が精一杯だ。
そんな状況下で、ランクAにまともに対峙できるとは思えなかった。
その為、美紅は罠という言葉にすぐざま反応して逃げ出した。
これは一番後ろの自分が逃げる事により、他の3人も後退できるスペースを与える事になる事も美紅には分かっていた。
逃げ出した美紅に、美希と美佳は戸惑う前に、状況が逼迫している事を肌で感じ、その後に続いた。
その3人の後に、美緖も続けた。
この辺は、カオスになりがちな隊でもまとまった行動が出来ていた。
これまでの美緖の心配性が功を奏しているらしい。
「117Aより117Hへ。
TK34の反撃を受け、現在撤退中!」
美緖は逃げながら中隊本部へ連絡した。
「117H、了解。
D小隊に遭遇した十字路に近いマンホールを開けさせる。
そこから地上に出ろ」
和香は状況の急変に戸惑いながらも美緖隊への援護を怠らなかった。
「117A、了解」
美緖は今度の展望は開けたと感じていたが、まずはこの状況を切り抜けなくてはならなかった。
TK34は先程と打って変わって、本気の走りを見せていた。
美緖達4人も負けじと歯を食いしばって、加速した。
一本道から十字路、三叉を抜け、ひしゃげた十字路が見えてきた。
そして、そのちょっと先から天井からは明かりが漏れていたので、そこが脱出口だった。
地上に出て、戦えば、TK34を包囲しながら戦えるので、地下で戦うよりずっと有利に戦えると美緖は思った。
だが、TK34の追撃は手を緩める様子はなかった。
美緖達が本気以上に走っていたが、距離は徐々に詰められているようだった。
それでも、一番先に美紅が何とか地上に繋がるハシゴを登り、美希、美佳と続いていった。
何とか間に合うと美緖はその後に続こうとして、ハシゴに手を掛けようとした。
既に美紅と美希が登り終わり、美佳がもうすぐ地上に上がるところだった。
だが、次の瞬間、登っている最中にTK34に背中からバッサリと切られる情景が脳裏によぎった。
不味いと思うと同時に、ハシゴに手を掛けようとした右手は刀の柄を握っていた。
そして、振り向きざまに刀を抜いて、迫り来るTK34の爪を受け止めた。
ゴーンという鈍い金属音と共に、美緖は何とかTK34の重い一撃を何とか受け止めた。
しかし、攻撃は当然それで終わる訳がなかった。
TK34は空いている左手で美緖の胴目掛けて横殴りに降り出してきた。
美緖はTK34の右手を何とか押し返すと、左手の攻撃を何とか刀で受け止めた。
しかし、完全に受け止める事は出来ずに薙ぎ払われるように、地下道の側面に叩き付けられた。
あまりの衝撃に息が出来ずに、体も動かずにそのまま壁から地面へと滑り落ちた。
目の前にいるTK34に対して、刀も手になく、それどころか体も動かず、何の防御も出来ずにいた。
そんな美緖に対して、TK34は右手を振りかぶった。
絶体絶命の瞬間だった。
「美緖ちゃん、今行くのだ!」
美紅はそう叫ぶと、地上から地下道へと飛び込んだ。
ちょうど、妖人の真上に飛び込むような格好になった。
「ば、馬鹿……」
美緖はそう言ったつもりだったが、実際には言葉になっていなかった。
美緖の位置からは美紅がTK34の爪に突っ込んでいく光景がよく見えていた。
TK34も恐らく予想していた事だった。
今は、美緖の方を見ておらず、上から飛び降りてくる美紅を見ていた。
美紅は空中にいるので落ちる位置を変えられずに、そのままTK34の爪の上に落ちていった。
「美紅ちゃん!」
「美紅!」
地上にいる美佳と美希も美緖と同じく状況が分かっていたので、悲鳴に似た声を上げていた。
「えいなのだ!」
美紅は美紅で覚悟を決めていたかのように、刀を振り下ろした。
ゴンという鈍い音共に、何故かTK34の体が揺らいでいた。
美紅がお見舞いした脳天への一撃によるものだった。
美紅は幸いにもTK34の爪を逃れる事が出来て、TK34へ一撃を入れる事に成功していた。
「何だか、地面が柔らかいのだ?」
地上に降りた美紅は足下が何だか不思議な感じだった。
そして、不思議そうな表情で、下を見て、
「何でなのだ?
何で、美緖ちゃんが下敷きになっているのだ?」
とびっくりしていた。
美紅が着地した地点は美緖の背中の上だった。
美緖は力尽きたように美紅の下敷きになっていた。
美緖は普通だったら全く動けなかった。
だが、飛び降りてきた美紅にびっくりしたことにより、夢中になって刀を拾った。
そして、そのままTK34の心臓に突き刺していた。
姉妹がピンチになると、火事場の馬鹿力と言うか、何とか言うもので、普段出来ない事が出来てしまう美緖だった。
まあ、言ってしまえば、これが苦労性と呼ばれる所以になっていた。
そんな状況だったので、TK34が揺らいだのは全く注意していなかった美緖からの攻撃であり、美紅の攻撃ではなかった。
「美紅、早く退くのです」
美希はいつまで経っても美緖の上から退かない美紅に怒鳴った。
「ああ、そうなのだ」
美紅は悪びれた様子もなく、ようやく美緖の上から退いた。
美紅は美緖を助け起こしながら、
「美緖ちゃん、大丈夫?」
と聞いた。
まあ、状況的にどう見ても大丈夫ではなかった。
案の定、美緖は咳き込みながら答える事が出来なかった。
そして、自分の運命を呪った。
どうして、私はこういった役回りなのだろうと。
「美緖ちゃん、美紅ちゃん、今ぁ、行きますよぉ」
美佳が二人の元に降りてこようとハシゴに手を掛けた。
「ま、待って……」
美緖は咳き込みながら左手で美佳を制した。
ようやく声が出せるようになっていた。
美佳は美緖に制されて何で?という表情になった。
「TK34を追うよ!
美佳と美希は地上から回り込んで」
美緖はゼイゼイ息をしながらそう言った。
TK34は心臓に美緖の刀が刺さっていたが、逃亡していた。
「美緖、大丈夫なのですか?」
美希が美緖に聞いてきた。
いつもの口調だが、もの凄く心配していた。
「大丈夫。
このチャンスを絶対逃す訳には行かない!」
そこにいたのはいつもの美緖ではなかった。
普段の美緖ではこのような状況で絶対に言わない言葉だった。
ただ状況的には最も正しい言葉かも知れなかった。
「了解しましたぁ」
「了解なのです」
美佳と美希はそう言うと、その場を離れて、追撃に入った。
「やれやれなのだ。
美緖ちゃん、そんな事言って、付いてこれるのだろうか?」
美紅は美紅でいつもと違っていた。
無論、美緖を心配しての事だった。
「大丈夫よ」
美緖はきっぱりと美紅に言った。
「刀、持っていないのだから、前に出ないで欲しいのだ」
美紅はそう言うと、TK34の追撃を始めるために、走り出した。
美緖はその後を追った。