その2
東京117中隊の展開は素早く、瞬く間にTK21とコード番号を付けられている妖人を包囲した。
また、周囲の民間人は退去していたので、思う存分戦える状況が整っていた。
美緖達4人は一番近くで妖人と対峙することになったのだが、言い知れぬ不安感みたいなものを全員が感じていた。
TK21は先の戦いで遭遇しており、その強さはよく知っていた。
しかし、それに対する不安感ではなかった。
ただ美緖達の向こう側にいるTK21は全く動く気配がなかった。
そして、美緖達の方を向こうともしなかった。
「何で、この妖人は動かないでいるの?」
美緖はTK21ににじり寄りながら言い知れぬ不安感を言葉にした。
「どうしてなのでしょうねぇ?
これでは、前とおんなじですねぇ」
隣にいた美佳が美緖の言葉にそう答えた。
「前と同じ……」
更に向こう側にいる美希が考え込むように美佳の言葉を繰り返した。
「動いたのだ!」
美紅はTK21がこちらに向かってきたのでそう叫ぶと、自分もTK21に向かって突っ込んでいった。
一瞬出遅れたが、美紅以外の3人も美紅に続いて突進した。
先に出た美紅とTK21が激突し、金属音と共に美紅が押し返されていた。
今回のTK21は最初から本気で美緖達の相手をするつもりでいるようだった。
爪による本気の攻撃だった。
右手で美紅の攻撃を払い除けた。
そして、態勢を崩した美紅に対して左手の爪が振り下ろされた。
その左手目掛けて遅れた3人が突っ込み、美紅への攻撃を3人掛かりで防いだ。
そして、ただ防ぐのではなく、人数差を生かして、TK21を押し返した。
TK21は一歩後退した。
美緖・美佳・美希は間髪入れずに前に出て攻撃を続行した。
何度も響き渡る金属音の中、TK21は徐々に後退を余儀なくされていた。
美紅の方は態勢を立て直すと、回り込みながら攻撃に参加した。
流石のTK21も美緖達の息の合った攻撃に堪らなかったらしく、受け身一辺倒になっていた。
「117Hより、BCD各小隊へ。
A小隊が交戦状態に入った。
距離を詰めながら援護せよ」
指揮車からそう命令が入った。
どうやら今回は援護があるらしかった。
B小隊は南側、C小隊は北側、D小隊は西側に位置していた。
また、指揮車は北西側の少し離れた位置で戦況を把握していた。
なお、東側はターミナル駅があり、美緖達はそちらからTK21に近付いたのだった。
美緖達A小隊とTK21の戦闘は美緖達の有利に展開しているように見えた。
だが、戦闘している当の本人である美緖達は焦り始めていた。
これだけ間断のない攻撃を仕掛けているのにも関わらずTK21には一撃も入っていなかった。
これでは先の戦闘と全く同じだった。
美緖達は焦りながらも攻撃の手を緩めなかった。
金属音が次々に鳴り続け、更に反響していった。
美緖達がこのまま押し切ろうとした矢先に、美緖の方へTK21の左手が伸びてきた。
美緖は瞬時に危機を感じて大きく後退して避けた。
今回はそれが幸いした。
大きく避ける事により、美緖の鼻先を爪が掠めるに留まったからだ。
ただ、爪が掠める時に圧倒的な風圧を感じており、何よりも威圧感があった。
美緖達4人には隙などなかったはずだが、TK21は易々と反撃されてしまった。
他の3人も美緖が後退するのと同時に、TK21から大きく離れた。
TK21の前に美緖・美佳・美希の三人、後ろに美紅と言った陣形だった。
後退を機にTK21が反撃に転じようとした時、
「撃て!」
と言う掛け声と共にC小隊からの援護射撃が始まった。
どうやら今回は本当に援護があった。
射撃は意外に正確でTK21にかなりの弾が命中した。
しかし、TK21は全くダメージを与えられなかった。
堅い皮膚で跳ね返されてしまったからだ。
「5.56mm弾では無理か……。
もうちょっと近付いて!」
声の主はC小隊隊長の佐藤中尉だった。
佐藤菜摘中尉は21歳。
士官学校出で、特戦隊が所属する部隊に赴任するのは初めてだった。
指揮車両は12.7mm重機関銃を装備した装甲車だったが、菜摘が乗っている他の車両は軽装の機動車だったので、5.56mmの機関銃しかなかった。
「近付かないで下さい!
これ以上接近すると、妖人の餌食になりかねません」
美緖は佐藤中尉の行動を制した。
佐藤中尉は美緖の言葉を受けて、前進を止めさせた。
ただ、跳ね返されたとは言え、C小隊の攻撃は無駄ではなかった。
TK21の気を逸らしたために、反撃を許さなかったからだ。
動きが止まったTK21に美緖達は一斉に襲いかかった。
そして、反撃の機会を失ったTK21は再び守勢に回った。