その1
3区防衛戦の勝利の翌日、美緖達は再び調査団の護衛として11区の地下拠点に赴く為に旅団本部から中隊の指揮車両に乗り込んだ。
昨日と同じルートを辿りながら拠点へと向かったが、近付くにつれて何だかいつもと違う雰囲気になっていた。
中隊の車列の速度がどんどん落ち始め、しまいには止まってしまった。
戦闘の為の緊急出動ではなかったので、一般車両は規制されていなかったが、昨日より明らかに交通量が異常に多かった。
「3111大隊Hより117Hへ。
応答願います」
戸惑っている車内の雰囲気の中、通信が入ってきた。
「こちら117H、3111大隊H、どうぞ」
千香がそう返信した。
「現在、地下拠点付近に交通渋滞が発生。
所轄警察署と3111大隊第1中隊が交通整理の解消に努めている。
現地点でしばらく待機を願う」
「117H、了解」
通信が終わり、更に車内の中は困惑した空気になった。
一体何が起きているのだろうか?と誰もが思っていた。
「人が多いですね……」
外を見ながら麻衣が何となくそう言った。
その群衆の中の数人がこちらを指差したり、その内の何人かが携帯端末をこちらに向け始めた。
すると、ある時を境に一斉に視線と携帯端末がこちらに向いた。
車内にいた誰もが驚いた。
と同時に、中隊全体を警官が取り囲み、一斉に規制線を周りに張った。
あまりにもいい手際だったので、この行為に対しても驚いた。
「皆さん、規制線から中に入らないで下さい。
現在、東京117中隊は任務遂行中です」
ハンドマイクを持った警官が群衆に向かって話し始めた。
その時、何故か117と言った所で群衆が歓声を上げていた。
ますます訳が分からないという感じになってきていた。
「規制線を越えないで下さい。
もし越えた場合、我々としては国家転覆罪の現行犯で逮捕せざるを得ません」
警官は一部の群衆が規制線を越えようとした所を牽制した。
その牽制により規制線を越えようとしていた人達は思い止まった。
「どうなっているのでしょうか?」
座席の一番前に座っている麻衣が困惑した顔で後ろを向いて、和香の方を見た。
「どうなっているのかしらねぇ」
和香は困惑はしていたが、どこか他人事だったかも知れなかった。
集まってきた人達に敵意を感じなかったからかもしれない。
「もしかしてこれではないですか?」
運転している鈴木兵長が自分の端末の画面を後ろに向けた。
それに対して、前部座席にいる5人が前のめりで画面を覗き込んだ。
「ああ、ネットで話題になっているもんな、美緖隊員達」
山本兵長が画面を見ながら納得したように言った。
すると、6人の視線が一斉に後ろにいる美緖達に向けられた。
美緖達はギョッとしながらも鈴木兵長の端末の画面を目を凝らしてみた。
美緖達の視力は非常によく5m先の小さな文字ぐらいは簡単に判読できた。
「私達、褒められているのだ」
ニコニコ顔で言った美紅に他の3人がえっという顔で一斉に美紅の方へ向き直った。
「何か、アイドル並みの扱いね」
和香が少し笑いながらそう言った。
それに対して美紅は得意気だったが、他の3人は顔を赤くして小さくなっていた。
「そうなんですよ。
今回参加した特戦隊員達が写真付きであっちこっちで話題になっているんですよ。
いずれも美女・美少女の集まりってね」
鈴木兵長は画面を切り替えながらそう言った。
前の5人は再び鈴木兵長の端末画面を前のめりで見ていた。
「また褒められたのだ」
美紅は更に嬉しそうにしていたが、他の3人は更に顔を赤くしていた。
「へぇ、よく写真なんてあったわね」
和香は感心したようにそう言った。
「まあ、誰もがカメラを持っていますし、出歩けば、必然的に写されるんじゃないですか?」
山本兵長は和香に対して真面目に答えた。
すると、6人の視線が再び美緖達4人に向けられた。
「そうね」
千香が美緖達をまじまじと見てそう言うと、他の5人が同時に頷いた。
「えっへんなのだ」
美紅はこれ以上ないくらい得意になっていたが、他の3人は穴があったら入りたいという心境だった。
「中でも、一番人気は我が中隊所属の117A小隊らしいですよ」
鈴木兵長は明らかに面白がって言っていた。
「凄いのだ!」
美紅はそう言ったが、他の3人は美紅に殺意に近い感情を向け始めていた。
もう余計な事を言うなと言った感じだった。
「それでこうなっているのね」
麻衣は呆れたように外を見た。
「でも、何で117A小隊がここに来るって知ってたの?」
和香は中隊長らしく現状分析をした。
「ああ、それは昨日見掛けたという情報がネットを駆け巡っていて、今日も来るんじゃねぇと言った推測も駆け巡っていた結果ではないでしょうか」
鈴木兵長が真面目に和香の質問に答えた。
「ネット情報、恐るべしって所ね。
軍事機密がダダ漏れね」
和香も呆れたように外を眺めた。
「でも、これを切っ掛けに少しでもいい方向に世論が向かってくれるのなら、悪い事でもないと思いますが」
悦子はふと呟くように言った。
それを聞いた他の5人はハッとして、しみじみそう思った。
これまでの特戦隊員達の世の中の扱いは必ずしも正当と言えるもんではなかったからだった。




