その3
1時間半後、117中隊は3区へと到着した。
妖人迎撃の為、例の如く、101、104、109、117の各中隊と3区担当の2103大隊が特別連隊として、組み入れられた。
そして、風間中佐と峰岸少佐がそれぞれ隊長と副長に就いていた。
戦いは熾烈を極めており、先行した109中隊、後続の101、104中隊ともギリギリの戦いをしていた。
2103大隊は3区の避難誘導にあたっていたが、3区南側で第4中隊が避難民と共に孤立してしまった。
「連隊Hより117Hへ。
117中隊は3区南側に向かい、包囲されている第4中隊と避難民を救出せよ」
連隊本部からは当然の命令が下った。
「117H、了解。
これより3区南側に向かう」
千香がそう返信して、中隊は進路を南側に取った。
「敵の数に比して、強すぎる……」
美緖は考え込んだ。
妖人の数は30強。
先の拠点にいた数とあまり変わりは無かった。
あの時は、特戦隊4小隊が集中して事にあったせいもあったが、難なく敵を倒せて行けた。
しかし、今回は苦戦している。
特戦隊が分散されてしまったせいだろうか?
「美緖ちゃんの心配性が発症したのだ」
美紅は少し笑いながらそう言った。
美緖は美紅を睨んだが、怒っているる場合では無いと思い、また考え込んだ。
そして、ふと美希と目が合った時、一つの考えが浮かんでハッとした。
美希の方は美緖を見て頷いた。
「中隊長殿、TK34の存在は確認されていますか?」
美緖は前に座っている和香に唐突にそう聞いた。
「え、えっと……」
和香は突然の質問にびっくりして、千香の方を見て確認した。
それに対して千香は首を横に振った。
「確認されていないようだけど……」
和香は質問の意味がよく分からないと言った感じだったがそう答えた。
「敵の統率が取れすぎています。
恐らくTK34がいると思われます。
警戒するように上申して下さい」
美緖は質問の意図をそう説明した。
「分かったわ」
和香はそう言うと、
「117Hより連隊Hへ。
敵の統率が取れすぎている。
恐らくTK34が関係しているものと思われる。
各隊に警戒を呼び掛けるべきと思われる」
とすぐに連隊本部に伝えた。
「こちら、連隊H。
TK34の件、了解した。
各隊、聞いての通りだ。
近くにTK34がいると思われる。
見つけ次第、報告せよ」
和香の通信に答えたのは風間中佐だった。
これで連隊全体が危機感を共有できたと言えた。
しかし、数分も経った無い内に、
「こちら第4中隊、妖人の照合の結果、TK34とTK334を確認。
至急来援を乞う!」
と緊急電が入った。
「あらぁ、やっぱりぃ、当たってしまいましたねぇ」
美佳はいつものホワホワした口調で他人事にように言った。
無論、本人は決して他人事とは思っていなかった。
「美緖ちゃんの心配性が出たお陰で、酷い目に遭いそうなのだ」
美紅の方は恨み言を言った。
「そんな事を言っている場合じゃないでしょ。
すぐに出るよ!」
美緖はそう言うと、まだ走っている車の中で立ち上がった。
中隊は既に現場のすぐ傍に到着していたが、車は止まっていなかった。
しかし、美緖に言われて他の3人も立ち上がり、後部ドアを開け放つと、走っている車から次々と飛び降りた。
後続の車がびっくりしてと言うより、後部ドアが開いたのである程度予想できていたのか、急ブレーキを掛けて次々と止まった。
そんな中を横切るように美緖達4人は一斉に走り出していた。
状況は最悪だった。
一般中隊のしかも第4中隊は普段だったら整備に当たる部隊だったので、戦闘力はほとんど期待が出来なかった。
しかも先の戦いで少なからず損害を受けていたので、新兵の割合も高くなっていた。
「117Hより第4中隊へ。
現着した。
117Aが今向かっている。
敵戦力を詳細に報告されたし」
千香が通信を送った。
「こちら、第4中隊。
妖人は5体。
ランクA 1、ランクB 1、ランクC 3。
ランクCに取り囲まれているが、ランクAとBはやや離れた位置にいる」
第4中隊から焦った声でそう返事があった。
「見付けたのだ!」
美紅は妖人を見付けると、いつも通り誰よりも早く突撃していった。
「あ、こら、ちょっと待ちなさい!」
美緖もいつも通り美紅を慌てて追い掛けていった。
美紅は慌てている美緖をよそに、TK34にいきなり斬り掛かっていった。
TK34の方は美緖達の来援を予想していたのか、予め美緖達4人の方を見ていて斬り掛かってきた美紅の刀を難なく受け止めた。
それを見たTK334が横から美紅を襲おうとしたが、今度は美緖がTK334に斬り掛かっていった。
TK334の方は慌てて美緖の攻撃を防いだ。
美緖はすぐに二の太刀、三の太刀と次々と攻撃を繰り出していった。
美紅の方は初撃こそ綺麗に打ち込んだが、TK34の反撃に遭い、すぐに防戦一方になった。
「ちょっと、美緖ちゃん、一人じゃ無理なのだ!」
美紅は必死に防戦しながら美緖に助けを求めた。
また一人で勝手に突っ込んでおきながらその言い草は何と美緖は思ったが、それを言う前にTK334の反撃が始まってしまっていた。
「こっちも一人じゃ無理よ!」
美緖の方も泣き言を言いながら今更ながらランクBに対して一人で挑んでいる愚かさを痛感した。
ランクBでさえ、こんな状況なのにランクAを相手にしている美紅はそれ以上の状態だった。
一足遅れて、美佳と美希が到着した。
「美佳ちゃん、美希ちゃん……」
美紅は2人が助けに来てくれたので安心と思った。
しかし、美佳と美希は交戦している美緖と美紅の横を当たり前のように素通りしていった。
「え?え?どういう事なのだ?」
美紅は目が点になりながらTK34の攻撃を何とか防いでいた。
「まずは妖人を引き離す事が先決なのよ!」
美緖も必死にTK334の攻撃を防ぎながらそう答えた。
と同時にどうしていつもこうなるのよと自分の運命を呪っていた。
美佳と美希の方はランクCの3体の妖人を相手にし始めた。
その向こうには第4中隊がいた。
第4中隊はちょうど100名。
ただし、健在なのは半分と言った所だろうか、かなりの損害が出ているようだった。
その後ろにはそれと同数ぐらいの逃げ遅れた市民達がいた。
「射撃を止めて下さいぃ。
5.56mm弾だと撃っても無駄ですよぉ」
美佳は邪魔になっている銃撃を止めるように言った。
いつものホワホワした口調だったが、よく通る声だった。
それが安心感を与えたのか、第4中隊の銃撃は一斉に止んだ。
ただ、呆然としていた。
「何をしているのです!
こいつらは引き受けるから早くここから離れるのです!」
いつもだったら知らない相手に言葉を掛けられない美希が冷静な口調で怒鳴りつけた。
ただ、あまりの冷静な口調だったので、誰も動こうとしなかった。
「グズグズしている暇はないのです、のろま!
早く逃げろと言っているのです、こののろまども!」
普通は口汚い罵りの口調になるのだが、ここでも美希の口調は冷静そのものだった。
「分かりました」
第4中隊の隊長は罵られているのだが、罵られている気にはなっていなく、不思議そうな表情を浮かべながらそう答えた。
そして、避難民共々中隊を後退させた。
美希は後退を確認すると、ホッとしていた。
だが、目の前に置かれた状況はそれほど生易しいものではなかった。
ランクCとは言え、2対3で数的不利だった。
「何か、美希ちゃん、凄い事言っていたのだ」
美紅は感心したようにそう言ったが、TK34の攻撃で既に涙目になっていて余裕が全くなかった。
「あんた、人の事、構っている場合じゃないでしょ!」
美緖もTK334の攻撃で涙目になっていた。
しかし、美紅のこういう所に頭に来たので、美紅を怒鳴りつけた。
「ちぇ、美緖ちゃんだって人の事、構っているのだ……」
美紅は不貞腐れたようにそう言ったが、勿論態度に示す余裕はなかった。
美緖は言い返そうとしたが、そこにタイミングがよい掩護射撃があり、TK34とTK334を直撃した。
「みんな、大丈夫?」
和香がそう言ってきた。
中隊本体が到着し、妖人達を包囲するように兵力配置されており、そこからの掩護射撃だった。
「何とか生きています!」
美緖達4人はハモるように和香に答えた。
「お、相変わらず息が合っているわね」
和香は感心したようにそう言った。
だが、美緖はいつもこんな陣形が乱れたとんでもない戦いをしているのには腹立たしかった。
どうしていつも息が合わないのよと。
ただ、これは美緖が完璧を望みすぎていると言っていい。
市民から妖人を引き剥がすことが第一目標であり、不利だろうが戦線を維持している間に市民達が安全な所へ避難できれば、良かったからだ。
「中隊長殿、援護射撃は美紅に集中して下さい」
美緖は視界の隅に美紅を捕らえながらそう言った。
「了解、援護は美紅隊員に集中。
でも、時々は他の3人にも援護して」
和香は美緖の意図を十分に汲み取っていた。
「美緖ちゃん、援護があっても限界なのだ!」
美紅は防戦一方でジリジリと下がりながら弱音を吐いた。
「限界でもやるの!」
美緖は視界の隅から消えて後ろへ行ってしまった美紅に対して叱咤した。
とは言え、美緖も先程から防戦一方でジリジリと下がりながら戦っていた。
いつの間にか、美紅は時計回りで美緖の外側を回り、美緖は反時計回りで美紅の内側を回りながら戦っていた。
ただ、真円で回っている訳ではなく、楕円軌道という訳でもなかった。
所々、直線になりながら4人が離れないように戦っていた。
美紅はともかく、美緖はそういう考えで戦っていた。
美佳と美希の方は市民達を追撃しようとする妖人を押し止めながらの戦いだったので、意外と苦労していた。
本来ならば、離脱する敵は放って置いて、各個に対応すれば簡単に倒せるのだろうが、妖人が第4中隊の方へ行くと、被害が大きくなってしまう。
したがって、守りながらの戦いなのでどうしても負担が増えていた。
そんな状況の中、美佳と美希が対峙している妖人の1体に指揮車両の12.7mm弾が炸裂した。
「おっかしいなあ、後頭部直撃な筈なのにびくともしないなんて、どんだけ固いのさ!」
指揮車両の上で重機関銃で狙撃した山本兵長が呆れたように言った。
妖人にとって5.56mm弾は鬱陶しいだけだが、12.7mm弾は急所に当たると命を落としかねないものだった。
しかし、それ以外の場合は取りあえずなんともないらしい。
ただ、何ともないとは言え、12.7mm弾が当たると、相当痛いらしかった。
痛いで済む分、妖人の能力は凄いのだが……。
当てられた妖人は後ろを振り向いて、無表情でよく分からなかったが、山本兵長を睨み付けたようだった。
少なくとも山本兵長にはそう感じ、ヤバいと思った。
妖人は踵を返すと、指揮車両の方へ走り出した。
それを見て、山本兵長は銃撃するが、一発、二発と、外してしまった。
「やばい!」
山本兵長がそう叫んだ時、横から来た美緖と戦っているTK334とちょうど交錯してしまった。
2体の妖人はもつれ合うように、ぶつかってきた妖人はTK334の上に倒れ込んだ。
この機会を逃してやるほど、美緖は甘くなかったので、ぶつかってきた妖人の心臓目掛けて刀を突き立てた。
何とも言えない断末魔と共に美緖は返り血を浴びた。
と同時に、下にいたTK334がすぐに美緖目掛けて、爪を伸ばしてきた。
美緖はすぐに刀を抜くと、爪をかわして後ろに下がった。
流石にランクBだけあって、すぐに反撃してきた。
ただ、美緖はこのまま一気にTK334諸共仕留めようと襲い掛かろうとした。
しかし、TK334は上に乗っている妖人を美緖の方に投げ付けてきた。
思わぬ攻撃に美緖は体勢を崩してしまい、更に後ろに下がってTK334との間に距離を取った。
と言うより、取らざるを得なかった。
その間に、TK334はすぐに立ち上がった。
そして、TK334は明らかに怒っていた。
無表情なので表情からはよく分からなかったが。
その行為を見てランクCの残り2体の妖人は萎縮したような感じで一瞬動きが止まってしまった。
それを逃すほど、美佳と美希も間抜けではなかったので、隙ありと見るや尽かさず妖人の急所を刀で貫いていた。
「すげぇ……」
山本兵長は感嘆の声を上げていた。
自分が行った行為が大失敗かと思いきや、妖人の連携を崩すのに貢献したのには意外な思いだった。
ただ、それ以上に相手の連携が崩れた所を逃さない美緖達4人の働きには感心する他なかった。
「美紅、代わるね」
美緖はTK334と対峙しながら限界が近い美紅に言った。
「分かったのだ、任せるのだ」
美紅はTK34から離れると、美緖の後ろに隠れるようにして交代した。
「その代わり、そっちは任せるから」
美緖はTK34と対峙した。
「分かったのだ!
弱い方は任せるのだ!」
美紅はそう言うと、TK334に斬り掛かっていった。
美緖の方は攻撃する前にTK34が襲い掛かってきたので、最初っから防戦一方となった。
そんな二人の元に、手空きとなった美佳と美希が駆け寄ってきた。
「美佳ちゃん、美希ちゃん、助かるのだ」
美紅は最初の一撃だけで、既に防戦一方になっていたので、喜びの声を上げた。
しかし、美佳と美希はお約束通り、美紅の横を通り過ぎると、二人とも美緖の援護に入っていた。
美緖の方は話をする余裕がないほど、追い込まれていた。
「何でこうなるのだ!?」
美紅は再び涙目になって抗議した。
抗議しながらの必死の防戦だった。
押し切られる寸前に美佳と美希の助力を得た美緖は肩で息をしながら呼吸を整えていた。
「何でって、戦力的にはこうなるでしょう……」
美緖は美紅に何とかそう答えた。
「美緖ちゃんに騙されたのだ!」
美紅は恨み言を言いながらも防御の手を緩める訳には行かなかった。
TK34よりは弱いが、TK334も一人では手に余る存在だった。
時折、掩護射撃があったが、常時援護射撃があるのはTK34に対峙している3人の方だった。
「つべこべ言わずに刀を振りなさい!」
美緖はそう言うと、自分も再びTK34に向かって行った。
「分かっているのだ!」
美紅はそうは言ったものの、劣勢を覆す事が出来ないでいた。
TK34より弱いとは言え、TK334もかなりの強敵だった。
美緖・美佳・美希の3人の方もそれは同じで3対1なのに、ほぼ防戦一方だった。
そんな中、文句を言いながらも1人でTK34の相手をしていた美紅の戦闘能力の高さに美緖は改めて驚いていた。
4人は圧倒的な不利な状況の中、ズルズルと後退する他なかった。
4人が後退する度に、支援部隊も後退した。
それでも、兵配置を工夫しながら4人の援護を続けた。
TK34とTK334はランクCの妖人と違って、援護射撃には全く目もくれなかった。
鬱陶しさはあっただろうが、特に致命傷になる訳ではなかったからだ。
だが、ポイントポイントで繰り出される銃撃は美緖達4人が態勢を整える余裕を与えてくれたので、無駄ではなかった。
とは言え、押し込まれてズルズルと北へ500mほど後退させられていた。
打開策がないと感じた瞬間、十字路の横から特戦隊員達と妖人が入り乱れた集団が急に割り込んできた。
桜隊だった。
「桜お姉様達、TK34をお願いします!」
美緖は位置的に桜隊がTK34とTK334の間に割り込める位置に来てくれたのをいい事にそうお願いした。
「え?ええ……」
桜の方は状況がすぐには飲み込めなかったが、美緖・美佳・美希の3人が一斉にTK334の方へ駆け出したのを見て、事態を察しした。
そして、
「何とかする!」
と答えると、複数のランクCの妖人に取り囲まれたのを利用しながら桜・椿・葵・茜の4人でTK34とTK334の間に割り込んだ。
ちょうどバスケットボールのスクリーンアウトのような状態になり、TK334が孤立した。
美緖隊は桜隊が時間を稼いでくれている隙に、TK334に一斉に猛攻を仕掛けた。
4対1になったTK334は美緖・美佳の攻撃は何とか受け止めたが、美希によって動きを止められ、最後は美紅に心臓を貫かれた。
TK334の断末魔と共に美紅は確実に仕留める為に刀を深々と突き刺していた。
その為、返り血をまともに浴びる事になった。
そして、TK334の絶命を確認すると、刀を抜いた。
TK334は力なくその場に倒れた。
それを見たTK34は桜隊の包囲網を突破すると、全速力で逃げ出していた。
その後を他の妖人達も一斉に追い始めた。
いつもながら作戦が失敗した時の引き際は見事なものだった。
「ランクBを瞬殺するなんて……この娘達……」
茜は驚いたような呆れたような表情でそう言った。
無論、畏敬の念も少しは入っていた。
「瞬殺ではないですよ。
あっちの方からずっと押し込まれて後退させられてきたのですから……」
美緖は道の向こうを指差しながらそう答えた。
ただ肩で息をしながら苦しそうだった。
桜隊の4人は美緖が指差す方を見て、そう言えば、この娘達はもっと南側で戦っていた筈だったことを思い出した。
「まあ、何にしても瞬殺にせよ、粘り勝ちにせよ、凄い事には変わりない」
葵は道の向こうを見ながら驚くより呆れていた。
と同時に精根尽き果てている美緖達4人を見て、吹き出してしまった。
「ほらほら、ここで油断している場合じゃないでしょ」
椿は自分の隊を含めて美緖達にも注意を促すように言ってから、
「桜、この後はどうするの?」
と今後の指示を桜に求めた。
「101Aより連隊Hへ。
TK334を117Aが仕留めた」
桜がそう連隊本部に報告すると、マイクの後ろから歓声が上がるのが聞こえた。
まあ、そうなるわねと桜は思うと、
「ただし、TK34を含めた妖人は逃亡。
今後の指示を乞う」
と続けた。
「こちら連隊H。
各隊の現状を報告せよ」
本部からはそう返信があった。
「こちら104H。
妖人の撤退を確認した」
「こちら109H。
こちらも妖人の撤退を確認」
「連隊H、了解。
101、104、109、117の各中隊は警戒態勢のまま3区の大隊本部へ集合せよ。
3103大隊は妖人の撤退が確認され次第、3区のパトロールを開始せよ」
連隊司令部からそう命令が下された。
どうやら3区防衛戦は終了したようだった。




