その5
美緖達はほとんど眠れずに、昼過ぎを迎えた。
頭の中は色々な事でずっと混乱していた。
体はまるで重りを繋がれたような感じで重かった。
はっきり言って気分は最悪だった。
美緖達4人は亡霊のような足取りで昼食を取る為に食堂へ向かった。
いつもならお喋りをしながら楽しそうに食事に向かうのだが、今は無言だった。
そう言えば、昨日の作戦でプラットホームに突入した辺りからほとんど会話がなかった。
食欲もなかったので足取りが一層重かった。
そのような状況で、食堂のそばまで来た。
食堂の中は、入る前から何やらいつもと違って騒がしかった。
まあ、いつも騒がしいのだが、今はその騒がしさの質が明らかに違っている事は入る前から分かっていた。
美緖達は食堂の入り口で唖然として立ち尽くしてしまった。
食堂の大画面テレビで昨日の作戦結果の報道がなされていた。
テロップには「世界分断後、人類初の反攻作戦成功!」と大々的に出ていた。
そのテレビを取り囲んでいた兵士達はアナウンサーが何か言う度に歓声を上げていた。
何が起きているのだろうか?
美緖達はその光景を見て身動き一つできなかった。
「今回の作戦成功の意義は何でしょうか?」
女性アナウンサーがそう聞いた。
「そうですね、世界が妖人によって占領・分断されて早半世紀以上になりますが、その間人類は負け続けていました。
それに終止符を打ったと言う事は歴史の転換点になるのではないでしょうか」
初老男性の解説者らしき人物が力強く誇らしげにそう答えた。
「これまで人類は多大の犠牲を払ってきましたが、それももう終わりと言う事でしょうか?」
「そうですね、最盛期には103億人の人類がいましたが、今や9億人足らずと言われています。
しかも、5つの大陸は妖人に完全に占領され、残るは我が国のような島国と人が住むのには適さない南極大陸だけとなってしまいました。
残った国々でさえ、航空機や船舶の破壊により完全に行き来できないようになり、通信でお互いの状況を把握し合うと言う状況です。
こんな絶望的な状況に今回の作戦成功でようやく光が差したと言った所です」
「では、今後はどのように状況が変わるのでしょうか?」
「そうですね、今までは一方的に押されていましたからね。
今回の作戦成功のお陰で、効果的な反撃を出来ると言う事を示した事で、少なくとも一方的に押されると言う事はないと言う事です。
いや、これからは妖人に対して反攻作戦が繰り広げられるでしょう!」
この解説者の言葉に兵士達が歓声を上げた。
美緖達はこの光景を見て、一種の戦慄を覚えた。
この人達は何も分かっていないのではないか?
ただ、この光景を見て、賛同する人達ばかりではなかった。
遠巻きにして見ている人達がいた。
恐らく現場に出た経験のあり、そんなに簡単な事ではないことをよく知っている人達だろう。
「反攻作戦と仰いましたが、大規模なものになるのでしょうか?
それに伴い、犠牲が増えるのではないでしょうか?」
「仰るとおり、作戦は大規模化し、犠牲も増えるでしょう」
「それならば、犠牲者を増やさない為にもこれまで通りの作戦の方がよろしいのではないでしょうか?」
「それは違うと思います。
我が国に上陸した妖人の総数は約1万と言われています。
これをまず駆逐しない限り、我々に未来はありません」
「1万という数は多いとは思うのですが、どれくらいの脅威なのでしょうか?」
「そうですね、大陸では10万規模の妖人で10億人規模の国家が滅亡しました」
「現在の我が国の人口は2億2千万人ですが……」
「いえ、妖人に対して2万2千倍の人口がいるからと言って安心はできません。
ご存知かと思いますが、妖人に対してABC兵器はほとんど効果がありません。
そう言った敵を相手にしていると言うことをもっと自覚するべきです」
「尤も、現在の我が国はABC兵器のような大量破壊兵器は持っていないと思うのですが……」
「そうですね、現在は通常兵器である大型爆弾の類すら持っていませんね。
しかも、現在の所、製造は困難です」
「と言うことは妖人に対して圧倒的に不利だと言うことですね」
「仰るとおりだと思います」
「ふと思ったのですが、それだけ妖人側が有利なのに何故我が国に対して攻勢を行わなかったのでしょうか?
1万では不足なのでしょうか?」
「たぶん、不足と言うことではないと思います」
解説者は歯にものが挟まったような言い方をした。
「と言う事は?」
女性アナウンサーは解説者が止めた言葉を引き出そうとした。
「うーん……」
解説者は困ったように首を傾げた。
ただ、女性アナウンサーは解説者をジッと見て答えてくれるのを待っているようだった。
「これは確認できる類いのものではないので、あまり言いたくはないのですが、妖人が人類を管理する一貫なのかも知れません」
解説者は困った顔のままそう言った。
「それって、都市伝説みたいなものではないのですか?
人類家畜……、失礼、人類を管理する計画って、ネットで盛んに取り上げられていますが、いずれも眉唾物だと言われています」
アナウンサーはあからさまにそれは違うでしょうという表情をしていた。
「私自身もそう思いたいのですが、占領された大陸地域では人類を収容する為の施設と思われる箇所が衛星で数え切れないくらいの数が確認されています。
これは政府も公式に認めている事です。
妖人が単独で自分達を増やす事ができません。
その為、人類の女性が必要なので、人類そのものを管理する方向に行っても何ら不思議な事ではないのです」
「女性と妖人の間に子供が生まれるという自体、都市伝説ではないのですか?」
アナウンサーは嫌悪感一杯にそう聞いた。
ただ、この事自体は公然の秘密みたいなものになっていた。
だから、よく女性が拉致されているのだった。
「確かにその事は政府も公式には認めていません。
初期型であるC型、それに対抗する為に製造されたU型共に、当初の計画では生殖機能は持っていないはずでした。
ただ、両型共、当初は均一な生体と思われ、管理もされていましたが、予想以上に個体差が大きく、それが暴走の原因となり、今に至っています。
その中に、生殖機能を持ったものがいても何ら不思議な事ではないと思われます」
「そうなのでしょうか?」
アナウンサーは更に嫌悪感が増しているようだった。
「製造された数と、現在の妖人の推定総数との間には少なく見積もっても30倍以上の差がある事がそれを物語っているのではないでしょうか」
解説者にそう言われて、流石のアナウンサーも黙らざるを得なかった。
しばらく沈黙が続いた後、
「では、今回活躍した特戦隊員と呼ばれる彼女達もいずれは妖人のように暴走する危険があるのではないでしょうか?」
とアナウンサーは底意地の悪い質問をした。
まるで自分の立場を挽回するような感じだった。
ただ、この質問は美緖達4人の心にグサリと刺さった。
このような偏見をいつも向けられていたが、慣れるものではなかった。
「それはご安心下さい。
彼女達と妖人は全くの別物なのですから」
「それはどういう事なのでしょうか?
両方ともゲノム編集されているのではないのですか?」
「ゲノム編集という言葉では同じですが、妖人の方は別の生物の遺伝子を更に追加しているのに対して、彼女達は純粋に人類そのものの遺伝子のみで、人の力を最大限に引き出す為に編集されたに過ぎません」
「素人には少し難しいですね」
「そうでしょうね。
ただ、C型は暴走するのに5年掛かりませんでしたし、U型に至っては3年も掛かりませんでした。
彼女達が実戦に参加してから10年経ちましたが、そのような気配は微塵もありません。
それに、彼女達は我々人間と同じように育てられていますし、育成・開発期間を入れますと、ちょうど30年、何ら問題が発生していません。
この事からも妖人と彼女達は全くの別のものだとお分かりになるかと思います」
解説者はそう擁護してくれたが、美緖達4人は安心できたものではなかった。
ただ、この後、ディレクターからの指示があったのか、はっとした後、アナウンサーの表情が営業用のスマイルに変わった。
「あ、話が大分逸れてしまいましたね。
話を元に戻しますと、今回の作戦成功が今後人類の状況を改善するものなのでしょうか?」
アナウンサーは話の流れを完全に違う方向に持って行く為の質問をした。
「そうですね、これを切っ掛けに劇的に改善されると思われます」
「そうですか、どうもありがとうございます」
アナウンサーはここで突然話を終わらせた。
どうやら時間が来たようだった。
「こちらこそありがとうございました」
解説者の方も話を終えたようだった。
最後は時間の関係で尻つぼみになってしまったようだ。
やり取りが終わった後も美緖達4人は何とも言えない表情でその場に立ち尽くしていた。
「新兵、休憩終了!
これより訓練を再開する。
全員、訓練場に移動!」
教官らしき下士官がテレビの前を占領していた一団にそう命令を下した。
その一団は今月徴兵されたばかりの新兵らしかった。
兵役は男女とも義務であり、2年以上務めなくてはならなかった。
18歳以上になると、大学生・大学院生は別として、毎年1,4,7,10月の4回に分けられて徴兵され、3ヶ月の訓練の後に、実戦に出る事となっていた。
兵役免除はほとんどなく、どうせ兵役をするなのならと言う事で、優秀な学生は士官学校や下士官を養成する戦闘訓練学校へと進学するのが一般的だった。
ただ、中学入学と同時に、銃器類の扱い方は教え込まれていた。
そして、小学校以降の体育の授業は如何にして妖人から逃げるかを訓練するのが常だった。
そういった背景もあり、兵役そのものに嫌悪感が強い訳ではなかった。
むしろ、日常的に出現する妖人との戦いに対して、義務感より生き延びるための当然の事と思っていた。
そんな新兵達が食堂を出る時に、美緖達4人に気が付くと、一人がぎこちない敬礼をした。
すると、次々に他の者がそれに続いて敬礼をしながら美緖達の前を通り過ぎていった。
そんな新兵達を何とも言えない気持ちで美緖達は見送った。




