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その1

 聴取から1週間後、東京117中隊はようやく正規の編成に関する全ての辞令が揃った。

 ただし、ようやくという言葉は些か違うのかもしれない。


 当初の予定としては、新設の部隊であるが故に関係各所と協議の上、じっくりとしっかりと編成をする予定だった。


 しかし、先の戦闘では慢性的な戦力不足により見切り発車で出撃せざるを得なかった。

 更に、新米中尉による独断により、戦線参加をしてしまった。

 その上に不幸が付け加わり、中隊指揮車が襲われて運転手以外全滅という惨事を被ってしまった。

 以上の事を考えると、必要に迫られて急いだという側面があった。


 翌日、中隊の結成式が執り行われた。

 しかし、新たに加わったメンバーは前の任務の残務整理などで一旦戻ったりする者が多く、慌ただしかった。


 この事は先の戦闘の時に挨拶もそこそこ戦場に駆り出されていたことを美緖達に思い出させた。

 そして、今回もそんな感じで済し崩し的に進んでいくことが予想されていたので、美緖達は暗澹たる思いで日々の訓練をこなしていた。


 結成式から4日後、美緖達が予想したとおりに済し崩し的に旅団の受け持ちである南東京の12カ所の区を訓練を兼ねてパトロールをすることになった。


 とは言え、今回は戦場に直通という訳ではなかったので、前回と比べると雲泥の差だった。


「なんだかバタバタしてしまったけど、ようやく中隊としての行動開始って所ね」

 中隊長である荒木和香あらきのどか大尉は中隊の出発直後にやれやれといった感じで口を開いた。


 この言葉に中隊指揮車に同乗している面々は力なく笑う他なかった。

 同乗者には美緖達4人も含まれていた。


「分かっていたけど、中隊の全隊員で行動となると流石に車両も多くなるのね」

 和香は窓から外の様子を見ながらそう言った。


 ちょっと他人事にも聞こえたが、表情は真面目だったので、その責任の重さを痛感しているのだろう。

 車両は指揮車を含めて25両で、総勢130名の部隊だった。


 荒木和香大尉は22歳で、この東京117部隊に赴任する前は中尉で、歩兵科小隊の小隊長だった。

 今回、この部隊を率いるために昇進していた。


 士官学校出なのでエリートと言えばエリートだが、飛び抜けて学業成績が優秀だった訳ではなかった。

 また、小隊で大きな戦果を上げている訳でもなかったが、妖人との戦闘経験はそれなりにあった。


 今回の就任は、候補者が次々に就任を渋ったために、お鉢が回ってきた時に断らなかったと言う側面が強かった。


「訓練名目だけど、妖人と遭遇したら即交戦も有り得るから、みんな、よろしく頼むわよ」

 和香は気合いを入れるようにそう言った。


「了解しました」

 指揮車に同乗している他のメンバーが声を揃えてそう返答した。


 ただ、そう返答した後、美緖は何故か妖人と遭遇することを確信していた。

 美緖は嫌な予感を抱えつつ、他の3人の顔を見渡したが、3人も同じ思いらしく、少し不安な顔をしていた。


「どうしたの?浮かない顔をして」

 和香は背後から感じる不安な空気を察して後ろを振り向いて聞いた。


 それがあまりにも自然で気さくな感じがしたので美緖達4人はびっくりした。


 前回の出撃時にはずうっと怒鳴られ続けていたのでそのギャップは底知れないものだった。


「何か気になることがあったら遠慮なく言っていいのよ」

 和香は黙っている美緖達に促すように言った。


 美緖達4人は車両の一番後ろで進行方向とは横向きに座っていた。

 前に座っている中隊司令部の隊員達とは違った向きだった。

 また、美緖・美佳と美希・美紅が向かい合わせだった。


 その4人がお互いの顔を見合わせていた。

 どうしようかという思いがあった。


 和香はニッコリしたまま美緖達の方を振り向いていた。

 何も言わないという訳にはいかないという雰囲気になっていた。


「気になるというか、ただの予感というか、戯れ言というか……」

 やはり口を開いたのは美緖だった。

 だが、もの凄く言いにくそうだった。


「全然構わないわよ、何でも。

 何だったら、雑談程度でも問題ないわよ」

 和香は更に促しに掛かっていた。


 美緖はそれでも迷っていた。

 そして、他の3人の顔を交互に見ていた。

 美緖以外は口を開く様子はなかった。

 まあ、これはいつもの事だった。


「まだお互いよく知らない訳だし、よく知るためにはコミュニケーションが必要だと思うから」

 和香がそう促したが、再び沈黙が訪れた。

 しかし、和香は美緖達の方を向いたままだった。


「中隊長殿、私達、そのぉ、妖人と接触すると思っているのです」

 美緖は和香に根負けするようにポツリと話し始めた。


 だが、美緖の言葉に特戦隊員達以外は怪訝そうな表情に変わった。


「それは予兆って事なの?」

 和香は怪訝そうな表情だったが、美緖の言葉を否定するつもりはなかった。


「なんというか……。

 正直、どう表現したらいいか分からないのです」

 美緖が言語化に苦労している様子を見ていた。


 そして、和香は真面目な表情に変わって、

「成る程、第六感ってやつね」

と言うと、腕組みをして考え込むように前を向いた。


 そんな和香を見た美緖4人は戸惑うようにまたお互いの顔を見合わせていた。


「接触する位置とかは分かるの?」

 前を向いて腕組みをしたままの和香のこの質問にはその場にいる一同が驚いた。


 美緖の言葉をまともに受け止めていたからだ。


「位置とかは分かりません。

 ただ、そんなに時を置かずに接触しそうだと感じているだけです」

 真面目に聞いてきた和香の質問に美緖は思わずそう答えてしまった。


 だが、和香がすぐには反応がなかったので美緖は言ったことを後悔し始めていた。


 和香は一旦黙って考えてから、

「分かったわ。

 中隊の全隊員に警戒態勢を。

 妖人が近くにいる可能性ありとね」

と隊長らしい口調でそう命令を発した。


 その命令にまたその場にいる一同が驚いた。

 いや、先程以上に驚いて思考が停止していた。


「特戦隊員を指揮するのは私も初めてだけど……。

 でも、あなた達は先の戦いでランクAの妖人と対峙して抑え込んだのだから、何か特別なものがあると思うのよ。

 だから、ここは警戒する必要があると思うわよ」

 和香は今度は一転して穏やかな口調でそう言った。


「りょ、了解しました」

 隣にいた通信士である千葉千香ちばちか兵長が、和香の言葉に慌ててそう反応してから、

「東京117中隊、全隊員に通達。

 近くに妖人がいる可能性が大。

 警戒態勢を発令。

 発見次第、報告せよ。

 以上」

と隊長の命令を全隊員に通達した。


 千葉千香兵長は去年戦闘訓練学校を卒業した18歳である。

 前線に出るのは初めての経験だった。


 中隊は警戒態勢のまま、旅団本部のある1区から3区へと入った。

 そして、3区を通り過ぎて最初のパトロールをする場所である13区へと入った。


 するとそれを待っていたかのように通信が入った。


「旅団Hより、117Hへ」


「こちら117H」

 千香はあまりのタイミングの良さに驚きながらそう返信した。


「現在、東京2113大隊から妖人出現の報あり。

 13区ターミナル駅傍西側にTK21と思われる妖人が出現。

 数は現在の所、1対のみを確認。

 東京117中隊は至急現場へ向かい、迎撃の任に当たれ」


 通信と共に中隊の全隊員に詳細なデータが各自の端末に送られてきた。


 中隊長である和香や美緖達など全員がその情報を確認した。


 そして、情報を確認した和香は和香の方を見て指示を待っている千香に頷いた。


「117H、情報を確認。

 直ちに迎撃に向かう」

 千香はそう返信した。


「みんな、聞いての通りよ。

 全隊員、戦闘準備をして五叉路まで速やかに進出。

 然る後に、小隊毎に分散して、TK21を包囲下に置く」

 和香は中隊にそう指示を出した。


 そして、続けざまに、

「現着の2113大隊第2中隊へ連絡。

 周辺住民を速やかに安全地帯まで誘導せよと。

 戦闘は全て我々が引き受けるともね。

 それと、旅団本部に援軍の要請。

 特戦隊所属の中隊をいくつか出してくれとね。

 察しが悪いと、出してくれないからね」

と千香に指示を出した。


 千香はすぐに和香の言うとおりの事を通信で知らせ始めた。


「やはり、予感って当たるものなのね」

 和香は美緖達の方を振り向いてちょっと感心したように呟いた。


 美緖達の方は和香の一連の指示を出す姿を見て少し安心した。

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