その2
聴取は東京4区にある東京師団本部で行われることとなっていた。
美緖達4人と洋子先生は東京1区にある南東京旅団本部から移送された。
ただ、聴取を行うのは師団本部ではなく、その上位組織の関東軍管区が行うことになっていた。
関東軍管区は1都6県を統括する軍組織ではあったが、ほとんど形骸化していた。
というのも、47都道府県はおろか、関東の1都6県でも他の都県と連携できるほど余力がある訳ではなかった。
更に悪いことに47都道府県で全地域をに妖人が頻繁に出没した。
それに対抗する為に、都道府県内を各地区に分けて何とか人類の生存圏を維持している状況だった。
各地区を担当している旅団が矢面に立ち、都道府県ごとに師団を置き、師団が何とか各旅団の調整を行っていた。
連携ができるのはせいぜいここまでだった。
妖人との戦闘では、戦闘部隊として互角に戦えるのは美緖達みたいな特戦隊員のみだった。
その為、特戦隊員達の存在が不可欠であった。
しかし、この数ヶ月の間に度重なる作戦や指揮のまずさにより、特戦隊員達に多大な損害が出ていることが問題となってきていた。
今回も特戦隊員達に危うく損害が出る所だったので、ついに抜本的な見直しが必要だと言うことになった。
更に、今回新たに編制された東京117中隊は、師団長や旅団長による強烈な推薦があったので、現場から師団や旅団本部への強烈な突き上げも一つの要因となっていた。
その為、今回は形骸化していた軍管区が主導することになり、師団長や旅団長までもが調査の対象になっていた。
そんな大問題になっているとは勿論美緖達は知る由もなかった。
美緖達が師団本部に着くと、すぐに陰気な雰囲気のある取調室に通された。
部屋に入ると、長テーブルを挟んで椅子が3つと4つに分かれて配置されていた。
そして、美緖達の後から入ってきた兵士がもう一つ椅子を持ってきていて、4つ側の椅子を5つに増やして5人に座るように促した。
洋子先生が一番奥の椅子に座り、美緖、美佳、美希、美紅の順番で椅子に座った。
5人が椅子に座ると同時に、椅子を持ってきた兵士が部屋から出るのと入れ違いに3人の将校が入ってきた。
5人は一斉に立ち上がり、敬礼して3人を出迎えた。
3人は5人の前まで来て、答礼して座ると、美緖達5人は敬礼を解いた。
そして、一番上位の将校らしき人物に手で椅子を勧められると座った。
美緖・美佳・美希はとても緊張した。
今のところ、美紅は平常運転だった。
「本日の対妖人戦闘において、軍管区司令官から調査の責任者を命じられた大崎大佐だ。
左は林中佐、右は森中佐。
3人とも軍管区の作戦参謀を務めている」
大崎大佐は自分達を一通り紹介した後、奥の洋子先生に目を向けて、
「貴官は?」
と訪ねてきた。
「私は谷山洋子と申します。
この娘達の主治医を務めされて頂いております」
洋子先生は丁寧にそう答えた。
美緖達4人はその大人の態度に非常に驚いた。
普段は自分達より子供ぽかったからだ。
「特戦隊員達の立会人と考えていいのだな?」
大崎大佐は初老の男性で、些か神経質な感じがした。
「はい、仰るとおりです」
「よろしい」
大崎大佐は特に問題ないという顔で洋子先生の立ち会いを受け入れて、
「では、聴取を始めたいと思う」
と言って早速聴取を始めることを宣言した。
「大佐、初めに確認させて頂いてよろしいでしょうか?」
「何かね?」
「この聴取はこの娘達、特戦隊員の処罰を問うものなのでしょうか?」
洋子先生のこの言葉に美緖達4人の緊張が更に高まった。
4人とも顔が引きつっていた。
平常運転をしていた美紅も何だか雲行きが怪しくなっていくのを感じ取っていた。
大崎大佐の方は洋子先生の真意が掴めずに、しばらく沈黙した。
その為、場の空気が重くなっていった。
「今回の聴取は作戦直後という異例な早さで行われるものである。
その目的は作戦自体に問題がなかったかを速やかに調査して検証する必要性があったからこのような事態になっている。
まずは聴取を進めていき、更に他の人間の聴取と合わせて判断することになる」
大崎大佐は当たり障りのない一般論を答えざるを得なかったようだった。
「了解しました」
ただ洋子先生はその言葉を聞いて少し安心した表情になった。
その一方で、美緖達4人は緊張したままだった。
「他に何か事前に聞きたいことはあるかね?」
大崎大佐はそう言うと、自分の前にいる5人を見渡した。
しかし、発言をする者はいなかったので、
「では、聴取を始める」
と改めて聴取の開始を宣言した。
「まずは今回の貴官らの作戦行動を確認してもらいたい」
大崎大佐はそう言うと、時系列で作戦行動が書かれた紙を林中佐から美緖達4人がそれぞれ受け取った。
「何か違った点があったら申し出て欲しい」
大崎大佐は4人に紙が行き渡ったのを見てそう言った。
美緖はその紙を食い入るように見てから、4人で顔を見合わせた。
「相違している点はありません。
この通りに行動致しました]
美緖は大崎大佐を見てそう言った。
「よろしい」
大崎大佐は美緖を見据えてそう言ってから、
「今回総指揮を執った連隊長から旧空港に出現した妖人に対して交戦命令ではなく、妖人の監視命令が出ていたことは知っていたのかね?」
と質問をしてきた。
「はい、承知しておりました」
「うむ。
では、中隊長代理である新米中尉が命令無視をしていた事は承知の上での行動だったのかね?」
大崎大佐のこの質問には美緖はすぐには答えられなかった。
美緖は困った顔で他の3人の方を見た。
3人はうつむいたままだった。
だが、美希が何やら小さな声でムニャムニャ言っていた。
美希の発言が聞き取れなかったので、大崎大佐と2人の中佐は怪訝そうな顔をした。
「直接の上官からの命令でしたので、我々はその命令に従いました」
美緖は慌てて美希がムニャムニャ小さな声で言ったことを言った。
美希は内向的で人見知りだったのでこういう場ではっきりと意見を言うことはできなかった。
だが、美緖が困っていたのでがんばって発言しようとしていた。
その意を汲んで美緖が代わりに発言した。
「うむ」
大崎大佐は美緖の答えにそう頷いた。
美希のことは特に咎める気はないようだった。
「では、特戦隊員のみで妖人に戦闘を仕掛けた点についてはどのように考えているのか?
これは必ず支援部隊を付けるべきだという明確な服務規程になると思うのだが」
大崎大佐は別の質問をしてきた。
「中尉の真意までは測りかねましたが、そのことについても直接の上司の命令でしたので従いました]
美緖は今度はすぐにそう答えた。
「うむ。
しかし、作戦行動報告では妖人と接触するのに随分と時間が掛かっているようだが、これはどういうことかね?サボタージュとも受け取れるのだが」
大崎大佐のこの質問に美緖は痛いところを突かれたといった感じで、また他の3人の方を見た。
すると、美佳と美希が声を出さずに「ランク」という言葉を口の動きで知らせた。
それを見て、美緖はああそうかと思い、
「それは妖人のランクが分かりませんでしたので、慎重に行動しました」
と答えた。
「うむ。
では、中隊指揮車が襲われている時、命令があったにも関わらず、貴官らは助けに何故行かなかった?
これは命令無視になるのではないのかな?」
「ランクAの妖人と戦闘中で、しかも初めての実戦でしたので、戻る余裕は全くありませんでした]
「うむ。
ランクAの妖人は強かったかな?」
「はい、無事だったのが不思議なくらいでした」
美緖は心からそう思っていた。
他の三人も美緖の言葉に強く頷いていた。
「大佐殿、特戦隊員の新兵がランクAと戦闘を行ったという記録は過去にありませんでしたから今回が初めてのケースになります」
隣にいた森中佐がそう注釈を入れてきた。
「そうだろうな。
ランクAと戦闘する事自体が珍しい事だから私もそんな話聞いたことがないからな。
まあ、それにしても良く生き延びたことだな」
大崎大佐の言葉にどう反応していいか美緖達4人は困っていた。
「とは言え、これで実績ができたと言って、今後もこんな無茶な命令を下す輩が出てくることはないことを祈りたいと思います」
逆側の林中佐がそう言った。
「全くだな」
大崎大佐はそう言うと大きく頷いた。
同意見だったようで、森中佐も頷いていた。
どうやら3人は一応美緖達の心配をしてくれているようだった。
それが分かって美緖はちょっと安心した。
「さてと、私から聞きたいことは以上だが、林中佐、森中佐、貴官らはどうかね?」
大崎大佐は2人を交互に見ながらそう聞いた。
「いえ、私からは特にありません」
林中佐はそう答えた。
「私からもありません」
森中佐もそう答えた。
「うむ、よろしい。
それでは聴取を終えることとする」
大崎大佐はそう言うと立ち上がった。
「あのぉ、私達の処分の方はどうなるのでしょうか?」
美緖は言いにくそうに口を開いた。
大崎大佐以下2人は美緖の言葉に困惑した表情で顔を見合わせた。
そして、一旦立った席に再び座り直した。
「貴官らは自分達の処分について異常に気にしすぎているようだが、その理由は?」
大崎大佐がそう聞いてきた。
「あ、はい。
聞いてはいけないことなのかもしれませんが、我々特戦隊員はミスするとすぐに処分されるようですので、その内容が気になっているのです」
美緖は更に言いにくそうだったが、最後まで言ってしまうところが苦労性の4人のリーダーたる所以だった。
「今回、貴官らには何ら落ち度はなかった。
また、ミスしたぐらいで特戦隊員を処分することはあり得ないことなのだが、どうしてそのような考えになるのかね?」
大崎大佐の言葉に美緖達4人はあれ?といった意外そうな顔になった。
「はい。
今回作戦開始時に隊長に、いえ、隊長代理にミスしたら処分する旨を言い渡されていましたし、実際、私達の一つ上と二つ上の先輩方も今は病院にいますし……」
美緖は長々と話したが、終始言いにくそうだった。
美緖の言葉を聞いた大崎大佐は困惑顔で、両隣の2人の中佐に確認するように顔を向けたが、2人の中佐はいずれも首を横に振った。
「特戦隊員を処分した事は今まで一度もないはずだが……」
大崎大佐は困惑顔のまま美緖にそう言ってから、
「どうして、そのような認識に至ったのかね?」
と質問してきた。
「とうしてって言われましても……」
今度は美緖が困惑した顔になり、他の3人の方を見た。
見られた3人も困惑顔になっていた。
大崎大佐の質問の意味が分からなかったからだ。
「恐らく訓練生の頃から繰り返し、そう言われ続けた結果だと思われます」
聴取の推移をずうっと見守っていた洋子先生がここで口を開いた。
「訓練学校でそういう風に教育を受けてきたと言うことかね?」
大崎大佐は洋子先生の方に目を向けながらそう聞いてきた。
「いえ、特殊戦闘訓練学校ではありません。
隣接する士官学校の候補生からです」
「成る程……」
大崎大佐はそう言うと、大きな溜息をついた。
と同時に両側の2人の中佐も同様だった。
そして、
「昨今、特戦隊員に対する差別的意識が高まっている事が特戦隊員達を無用な危険に晒しているようだな」
と沈痛な面持ちへと表情を変えていった。
美緖達4人はその表情の変化を戸惑いの眼差しで見ていた。
「今回の聴取は、死亡した新米中尉の命令無視、交戦規定違反、敵前逃亡など数え切れない違反と失態により想定外の事が重なりしすぎたので早急に調査の必要があったからだ。
だが、今回の根っこにあるのは差別的意識やもしれんな」
大崎大佐はそう話しながら1人で納得してしまったようだ。
そんな大佐を美緖達4人はどうしたらいいのかという顔で見る他なかった。
「ああ、すまんね。
1人で納得してしまったようだ」
大崎大佐は美緖達の視線に気付いてそう言って、一旦咳払いをしてから、
「貴官ら特戦隊員が処分される事はまずあり得ない。
貴官らを処分してしまったら誰が妖人と戦うのだ?
戦える人間などいやしない。
したがって、安心して職務に精励してもらいたい」
と最後は宣言するように言った。
美緖達4人の表情が驚きに変わった。
「大佐殿。
東京師団内では、特戦隊員達はこれまで12名死亡、4名行方不明、そして、16名が現在加療療養中です。
彼女達はこれを気にしているのではないでしょうか?」
林中佐がタブレットを見ながらそう言った。
美緖達は林中佐の言ったことにドキッとした。
核心を突いていたからだ。
「現場の隊員達が不安に思うのも無理もないことかもしれんな」
大崎大佐は美緖達の表情を見て納得したようだ。
「今回、形骸化している軍管区が乗り出してきたのは特戦隊員に被害が広がっていることを憂慮した結果でもある」
と続けて素直に大崎大佐は白状した。
両隣の二人の中佐は形骸化という部分で苦笑いを浮かべていた。
「これまで特戦隊員は順調に戦果を上げてきましたから、安易に使いすぎているのが原因なんでしょうね」
森中佐が神妙な面持ちでそう言った。
「そうですな。
やはり、無茶な作戦は厳禁なのではないでしょうか?
そうでないと、特戦隊員を全員失いかねないと思います」
林中佐がそう同意した。
「確かにその通りだな。
軍管区としても引き続き、特戦隊員の待遇改善と差別意識の撤廃を徹底するように通知するとしよう」
大崎大佐は美緖達にそう約束した。
意外な展開に美緖達はそれぞれ顔を見合わせながら微笑んだ。
「それで、この娘達の見方は変わるのでしょうか?」
洋子先生は冷静にそう聞いた。
先生の前にいる3人はすぐに答える代わりに視線を落とした。
「すぐには無理だろうな、残念ながら。
とは言え、これは繰り返し言い続けなくてはならない事だ。
そのために我々も努力する事にしよう」
大崎大佐は神妙にそう言った。
「ありがとうございます。
そう思って頂ける人がいると思うだけで心強いです」
美緖はそう感謝を述べた。
ただ、美緖もこれで差別がなくなるとは思ってはいなかった。
「うむ」
大崎大佐はちょっとばつの悪そうな表情を浮かべた。
大佐も美緖に感謝されたが、当然のことながら額面通りには受け取れなかった。
むしろプレッシャーを感じていた。
「他に何かあるかな?」
大崎大佐は切り替えるように美緖達を見渡した。
美緖達からは何の声も上がらなかったので、大崎大佐以下2名はゆっくりと立ち上がった。
「では、聴取はこれまでとする」
大崎大佐がそう宣言すると、美緖達五人は立ち上がり、敬礼した。
大崎大佐達3人が答礼すると、部屋を出て行こうとした時、
「大佐さんはとってもいい人なのだ」
とずっと黙っていた美紅がとびっきりの笑顔でそう言った。
第一印象では神経質な感じでじっとしていなくてはいけないと緊張していた美紅が、話が進むにつれて自分達の事をきちんと考えてくれている事を知り、うれしくなってつい緊張の糸が切れてしまったという感じだった。
大崎大佐はびっくりした顔で振り向いた。
そんな大佐を見て、隣にいた美希が慌てて美紅の口を塞いで引きつった笑顔を浮かべた。
今更口を塞いでも遅すぎた。
美紅は鼻まで塞がれていたのでモガモガしていた。
大崎大佐はそんな2人を見たが、何事もなかったように部屋を出て行った。
そんな大佐を見て、2人の中佐は笑いを堪えながら後を付いていった。
大佐達を見送りながら、これで少しは状況が改善されるといいのだけどと美緖は思わずにはいられなかった。