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その1

 定期検診が前倒しになると言う事はその後にろくな事がない事が控えているのが容易に想像できていた。


 美緖達特戦隊は3区戦の前に行っていた地下探索へと駆り出されていた。


 ただし、今回は前回の反省を生かした作戦になっており、地下に投入されるのは1個中隊のみとなった。


 前回は作戦内容に議会の介入を許していた。

 

 介入により、3区の大隊本部を占拠されるに至った事から民衆から議会への不信が募っていた。

 

 それにより、議会への風当たりが強くなり、今回は完全に旅団本部が主導する形になっていた。


「しかし、私達が地下に入ると、全く妖人に会わないのはどういう事なのだ?」

 美紅は嘆いていた。


 定期検診から2週間、中隊がそれぞれ入れ替わって地下探索をしていた。


 他の隊は妖人との遭遇や痕跡を発見していたが、117A小隊は遭遇はおろか、痕跡も見つけられないでいた。


 今回で4回目の探索になっていた。


「美紅、変な事言わないの!

 ろくでもない事が起きちゃうでしょ!」

 美緖は美紅の言葉に嫌か予感を覚えていた。


「美紅ちゃんが言うとぉ、何かぁ、とんでもない事が起きそうよねぇ」

 美佳は笑いながらそう言った。


「とんでもない事って何なのだ?」

 いつもながら先頭を歩いている美紅が後ろを振り向いてそう聞いてきた。


 とても興味深そうな顔をしていた。


「え?まぁ、大物と遭遇する事じゃぁ、ないかしらねぇ」

 美佳は美佳でニコニコととんでもない事を言った。


「美佳もそういう事を言わないの!

 本当にそうなかも知れないじゃないの!」

 美緖は2人と違って焦った反応をしていた。


 心配性の側面が強く出ていた。


「はいはい、分かっていますよぉ」

 美佳は相変わらずニコニコしながらそう言った。


「何だかよく分からないのだ」

 美紅は不満そうな顔で前を向き直った。


 美緖に何故か怒られたという感じがしたからだ。


 4人はしばらく無言で進むと、突き当たりのやや変形したT字路に出た。


 美緖・美佳・美紅が予定通り南側に進んだ。


「待つのです」

 地下に降りてからずっと黙っていた美希が急に言葉を発した。


 その言葉にびっくりして他の3人は立ち止まり、一斉に一番後ろにいる美希の方を振り返った。


「そっちじゃなく、こっちが怪しいのです」

 美希は3人の進行方向とは逆の方向を指差しながらきっぱりとした口調でそう言った。


 美緖は美希に対して訳分からないといった表情になり、事態がよく飲み込めないでいた。


「こっちなのです」

 美希は指を差しながらいつになく強行に自分の意見を通すような口調でそう言った。


 美希の態度に戸惑った美佳と美紅がお互いの顔を見合わせた。


「どういうことなの?

 作戦ではこちらに行く事になっているけど」

 美緖はいつになく強行な美希に折れるような形で真意を確かめようとした。


「こっちに奴らがいそうなのです」

 美希はそう答えただけだった。


 美緖はますます訳が分からないと言った感じになっていった。


 しかし、美希が容易に自分の主張を引っ込めようとする気配は微塵も感じられなかった。


「どうしてそう思ったの?」

 美緖は更に質問した。


「分析の結果なのです」

 美希は美希でまどろっこしいといった感じだった。


 そんな美希を見て美緖は溜息をついた。


 美希は理詰めで考えるのだが、その考えた事を必ずしも適切な言葉で表現する訳ではなかった。


 とは言え、その考えを無視する訳には行かないと美緖は感じた。


 それはこれまでの実績が示していた。


「117Aより117Hへ。

 探索地点の変更を求む。

 現地点より南ではなく、北へ進みたい」

 美緖は中隊本部へと連絡した。


「こちら、117H。

 変更の理由は?」

 千香から返信があった。


「北側に妖人の存在を推定したためです」


「痕跡を発見したと言う事か?」


「いえ、分析の結果です」


「分析!?」

 千香の声が裏返っていた。


 その声を聞いて美緖はその反応に納得した。


 ただ、美希が旅団本部で何やらやっていた事を思い出したので、何を言われても美希の意見を通す覚悟でいた。


「117Hより117Aへ。

 経路の変更を了解。

 他の小隊も支援位置を変更させる。

 慎重に行動せよ」

 美緖の覚悟とは裏腹に和香が作戦変更をあっさりと認めてきた。


 現場の判断を優先する和香のやり方にはいつも美緖を驚かせていた。


「117A、了解。

 北へ転進する」

 美緖は些か拍子抜けしながらもそう答えた。

 

 そして、

「と言う事で、逆側に進むわよ」

と他の3人にそう言った。


 美佳は意外そうな顔をして、美紅は訳が分からないと言った顔でそれぞれ引き返した。


 そして、2人が美希の前を通り過ぎようとした時に、

「全く美希ちゃんはワガママなのだ」

と美紅が軽口を叩いた。


「静かに慎重に行動するのです。

 敵がすぐそこにいるかもしれないのです」

 美希は極めて真剣な顔付きで目の前を通り過ぎた美紅を叱りつけた。


 叱られたので、美紅は不満そうな顔で振り返ったが、美希に睨まれたので慌てて視線を逸らして前を向いた。


 こういう時の美希はとても怖く、そして、危機に敏感だった。


 そんなやり取りを見ていた美緒は呆れながらも緊張感を持っているという複雑な思いで2人の後に付いていった。


 最後に、緊張した面で美希が続いた。


 そのような状況下、美紅を先頭に4人は再び進んでいった。


 ただ今までの場所より臭いがきつく、我慢できなくなった美紅は鼻をつまんだ。


 そして、その時、ちょうどT字路に差し掛かった。


「えっ!?」

 美紅は驚きの声を上げると共に、慌てて刀を抜いた。


 そこにちょうど妖人の爪が振り下ろされた。


 美紅は何とかそれを受け止めた。


「びっくりしたのだ!

 本当にいたのだ!」

 美紅はそう言うと、刀で爪を押し戻すと、後ろに下がって距離を取った。


 その様子を見て、他の3人も慌てて刀を抜いた。


 すると、遭遇した妖人がゆっくりと4人の前に現れた。


「TK34!?」

 美緖は妖人を見て直感的にそう言った。


「違うよ、美緖ちゃん、これは弱い方だよ」

 美紅はそう言いながら刀を横に振りかぶって突撃していた。


 美紅の攻撃に対して妖人も応戦し、狭い地下空間に金属音が連続で鳴り響いた。


「弱い方?」

 美緖は美紅が何を言っているのか分からなかった。


「たぶん、TK334だと言っているのだと思うのです」

 美希は冷静に美紅の言葉を解説した。


「そうなの……」

 美緖は納得したようにそう言ったが、よくよく考えてから、

「ランクBの妖人じゃない!」

と叫ぶように言った。


 確かにランクAに比べれば弱いが、普通に強い妖人である。


「117Hより117Aへ。

 状況を報告せよ」

 千香からそう入電が入った。


 あまりの事に美緖は報告するのを忘れていたことすら忘れていた。


「117Aより117Hへ。

 現在、妖人1体と接触、交戦中」

 美緖は我に返ってそう報告した。


「117H、了解。

 データの照合結果、接触した妖人はTK334、ランクBと判明」

 千香からはそう返答があった。


 特徴があれば別だが、妖人は特戦隊員でも見分けが付きにくいものだった。


 しかし、美紅にはすぐに区別が付いた事に他の3人は不思議そうな表情を浮かべて戦いに様子を見ていた。


「手伝ってほしいのだ」

 美紅はいつまで経っても一人で戦っていた。


 弱い方と言っても戦況は明らかに押され気味だった。


 しかし、地下空間は狭く人が2人並ぶのが精一杯だった。


 並んで戦う事になると互いが邪魔になる可能性が高く、2対1でも有利になるとは思えなかった。


「困りましたねぇ……」

「うん、困ったね」

「確かに困ったのです」

 美紅以外の3人は口々にそう言ったが、解決法が見出される訳ではなかった。


「何とかしてほしいのだ!」

 いつもの美紅らしくなく、泣き言を言っていた。


 地下空間ではなく、もう少し広ければ、包囲もできたし、美紅も機動力を使って対処できたのだろう。


 しかし、生憎そんなスペースはなく、互いに同一方向からの攻撃なので単純に力が強い方が勝つようで、美紅はジリジリと押されていた。


 美紅が押し込まれているので、他の3人もずるずると後退する他なかった。


 美紅はTK334に何とか対抗する為に狭いスペースを一杯に使っていた。


 その為、すぐ後ろのいる美佳は参戦する機会がないまま、ずるずると後退していた。


 中途半端に狭い空間だと、不利な状況に陥るようだ。


「このままだとまずいよね」

「はい、まずいですねぇ」

「とってもまずいのです」

 美紅以外の3人がまた口々にそう言ったが、参戦する様子は微塵もなかった。


「そんな事は分かっているのだ!」

 美紅はTK334の右手の爪を刀で弾き返しながら叫んだ。


そして、

「だから、早く何とかして欲しいのだ!」

と助けを求めながら左手の爪を半身になってかわした。


 再三の参戦要請に美紅のすぐ後ろにいる美佳が一歩前に出た。


 しかし、その直後にTK334の攻撃をかわした美紅がすぐ目の前に来てしまった。


 美佳は美紅とぶつかるのを避ける為に後ろに引いた。


「これでは無理ですねぇ」

「ええ、無理なのです」

「無理よね」

 中々参戦できない3人は段々と他人事のようになってきた。


 そして、美紅がずるずると退のに合わせて、3人もずるずると後退した。


 しばらく美紅とTK334の攻防は続いていたが、流石に美紅の劣勢は覆い隠せなくなってきた。


 一瞬、美紅の動きが止まってしまった所に、TK334の猛攻撃が始まり、美紅は一気に防戦一方になってしまった。


 爪と刀がぶつかり合う金属音が鳴り響いている中、美紅は何とか凌いでいた。


 しかし、大きく振りかぶり、一際大きな力で打ち付けられた攻撃に、受け止めはしたが、美紅は膝を突いてしまった。


 そして、次の攻撃が横から美紅の胴体目掛けて薙ぎ払おうとしているのが美紅には見えた。


 美紅はその攻撃も刀で防ごうとしたが、すぐに間に合わない事を悟った。


 次の攻撃が分かっているのに、防げないもどかしさと絶望感が脳裏を駆け巡った。


「やぁぁぁ」

 緊張感のない叫び声を上げて、美佳がTK334目掛けて突進した。


 その突進により、美佳の刀が美紅を攻撃しようとしていたTK334の爪を防いだ。


 そして、美佳は隙ありとばかりにそのままTK334に斬り掛かった。


 TK334は急に攻撃してきた美佳に対応できずに、後退した。


 一気に形勢逆転と思われたが、TK334はすぐに態勢を立て直した。


 そして、立て直すだけではなく、反撃に転じた。


 だが、反撃に転じようとしただけだった。


 美佳の横から美希が音も立てずに突っ込んできたからだ。


 TK334は危うく心臓を一突きにされる所を再び後退して難を逃れた。


 美希はすぐに追撃し、刀で激しく攻撃した。


 地下空間に無数の金属音が響き渡る中、TK334は美希の攻勢を何とか受け止めた。


 そして、受け止めるだけではなく、徐々に態勢を立て直すと、美希へ反撃を開始した。


 しかし、今度は美希の横から美佳が攻勢を掛けてきた。


 美佳と美希の交互の攻勢にTK334は最初は戸惑っていた。


 だが、攻撃してくる方向がほぼ一定なので徐々に慣れてきたようだ。


 その証拠に美佳と美希が攻め切れていなかった。


 ただTK334の方も状況は有利とは言えないようだった。


 攻撃に慣れてきたとは言え、攻勢に転じる事ができないでいた。


 数的不利が災いしているのだろうが、スペースが限られている事で何とか対抗できている状態だった。


「よし、これなら行けるのだ!」

 戦況を後ろで見守っていた美紅がそう言うと、嬉々として突撃しようとした。


「待った、待った」

 美緖はそう言って美紅の両肩を両手でがしっと掴んで止めた。


 表情は驚いたようなやっぱりというような呆れたというような複雑だった。


「何でなのだ?」

 美紅は不満そうに美緖を振り返ってみた。


「何でも何も、スペースがないでしょ。

 混乱させるつもり」

 美緖はそう言うと美紅を思いっ切り睨み付けた。


 美紅は美緖に威嚇されてオドオドしながら前を向いた。


「はい、分かりましたのだ……」

 美紅はいつになく丁寧に美緖にそう答えた。


 こういう時の美緖には逆らってはいけないと言う事が本能で分かっている感じだった。


 美紅の介入という危機が去ったが、戦況の方は完全に膠着状態に陥っていた。


 ホワホワしたかけ声に似合わない美佳の激しい攻撃と無言で刀を振り回す美希の攻撃を受け止めるTK334。


 地下空間には更に激しく金属音が連続で鳴り響いていた。


 しばらく、そのような状況が続いた後、美緖は美紅の肩にそっと手を置いた。


「いい、2人と入れ替わるよ」

 美緖は視線を戦闘している2人に向けたまま美紅に言った。


「分かったのだ」

 美紅は頷いてそう答えた。


 美紅の視線も戦闘している2人に向けられていた。


「よし、今よ!」

 美緖がそう言って動き出すと、

「行くのだ!」

と美紅が同時に動き出した。


 それらの言葉を聞いた美佳と美希は美緖と美紅と入れ替わった。


 そして、美緖と美紅は並んで攻撃を開始しようとしたが、先程までそこにいたTK334はすでにいなかった。


「あいつ、逃げたのだ!」

 美紅は予想外の事に驚きの声を上げると共に、

「すぐに追うのだ!」

と言って追撃を開始した。


 美緖も美紅と共に並んで追撃を開始した。


 TK334は後ろを振り向かずに全力疾走していた。


 そして、美緖達と遭遇したT字路を曲がった。


「待つのだ!」

 美紅はそう言いながら美緖と一緒にTK334の後を追った。


 そして、2人はTK334の後を追ってT字路を曲がった。


 TK334の姿は遙か前方にあり、脇目も振らずに相変わらず全力疾走していた。


 尚も美紅は追おうとしたが、美緖は無駄だと思い、美紅の肩を掴んで追撃を諦めさせた。


「美緖ちゃん……」

 美紅は不満そうに美緖を見た。


「深追いは禁物よ」

 美緖は諭すようにそう言った。


「分かったのだ」

 美紅はまだ不満そうだったが、諦めた。


「117Aより117Hへ。

 TK334は逃走、この後の指示を請う」

 美緖は中隊本部へ連絡した。


「こちら117H、了解。

 連隊司令部から撤退命令が出ている。

 近くのマンホールから地上に上がれ」

 千香からそう返信があった。

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