その3
美紅以外の3人の予想通り、117A小隊は3区本部の北側でTK34とTK334と対峙していた。
ただ幸いな事に他の妖人はいなく、他の部隊と戦闘をしていた。
「どう……」
2体の妖人に対して美佳が美緖に尋ねようとしたが、お約束通り美紅が2体の妖人に向かって突撃していった。
「とっりゃあああ、なのだ!」
美紅は叫び声を上げながら勢いよく突撃してTK34に向かって刀を振り下ろした。
それに対してTK334がTK34を庇うように美紅の前に立ちはだかり、爪で刀を受け止めた。
美紅は受け止められた刀をすぐに振りかぶり、二の太刀、三の太刀と次々と攻撃を加えていった。
「私達も行くわよ!」
美緖は美佳と美希にそう声を掛けると、妖人達に向かって突撃を開始した。
美佳と美希は美緖に言われるままにそれに続いた。
3人は一気に美紅とTK334が戦っている横を通り過ぎると、一斉にTK34に襲い掛かった。
「え?美緖ちゃん、何で助けてくれないのだ?」
美紅は自分の予想外に3人が通り過ぎていったのでびっくりして攻撃が止まってしまった。
「何言っているのよ!
美紅はそっちを引き受けてくれるんでしょ?」
美緖は美紅の方を振り返らずにTK34に執拗な攻撃を繰り返していた。
「え?え?」
美紅は美緖のあまりにもの態度に先程まで優勢だった戦いが一気に劣勢に追い込まれ、防御一辺倒になっていった。
ランクBの妖人に対して1人で対応するのは難しかった。
ランクAの妖人に対して3人で対応するのもまた難しかった。
したがって、美緖が立てようとした作戦はTK334に対して一番攻撃力が高い美紅を当たらせ、TK34に対して残りの3人が当たるというものだった。
それを説明する前になし崩し的に戦闘が始まってしまったが、思惑通りになっているので、とりあえずはこのまま進もうと美緖は考えていた。
「美緖ちゃん!美緖ちゃん!」
劣勢状態の美紅が美緖に助けを求めた。
「もうちょっと辛抱しなさい!」
美緖の方も余裕がなかったので、助けには行けなかった。
こちらも手を抜くと一気に劣勢に追い込まれそうな感じだったからだ。
そんな状況下、美緖達3人の攻撃が一瞬止んでしまい、TK34が反撃に出ようとしていた。
だが、その瞬間に、117BとCの各小隊からの支援射撃があり、TK34の動きを牽制した。
美緖はそれを逃さずに、TK334を背後から攻撃した。
背後からの攻撃にTK334は難なく対応したが、美紅への攻撃が一旦止んだ。
その攻撃の空白を狙って、117D小隊からの支援射撃がTK334を襲い、動きを鈍らせた。
「美緖ちゃん、ありがとう!」
美紅は美緖にそうお礼を言うと、動きが鈍ったTK334に斬り掛かった。
美緖は美紅が立ち直ったのを確認すると、急ぎTK34との戦闘に戻っていった。
こっちはこっちで、美希がTK34に危うく斬られる所を美緖が横から刀で爪を弾き返して何とか難を逃れた。
「美希、大丈夫?」
美緖は美希を気に掛けたが、しっかり目を見て確認するという余裕はなく、TK34に刀で切りつけながらそう聞いた。
「大丈夫なのです。
ありがとうなのです」
尻餅をついた美希はすぐに立ち上がりながら美緖にお礼を言った。
TK34との戦闘は3人掛かりながら明らかに劣勢だった。
最大戦力である美紅を欠いているのもあるが、明らかに人数が足りなく、攻め手が足りなかった。
タイミングよく支援射撃があるものの、5.56mm弾ではほとんどダメージを与える事ができなかった。
「みんな、無理して倒しに行かなくていいから!
ここに足止めが目的よ!」
美緖は劣勢な戦闘に何とか希望を持たせようとしてそう言った。
「わかっているのです」
「わかってますよぉ」
美希と美佳は状況が分かっているようだった。
「え?そうなの?」
やっぱり美紅の方は状況が分かっていないようだった。
美緖は美紅の言葉を聞いて力が抜けるようだった。
一番に全力で飛び込んでいった事を見れば、美緖は明らかに倒しに行っていたことを思い出した。
とは言え、美紅にそんな器用な真似ができるとも思えなかった。
「美紅は気にしないで、そのまま攻撃を続けて!」
美緖はみんなを励ます為に言った事を取り下げざるを得なかった。
「よくわからないのだ。けど、分かったのだ!」
美紅はそう言いながら攻撃を続けた。
劣勢ながら美緖達はよく戦っていた。
攻撃は跳ね返され続け、窮地に陥る事は何度もあったが、それでも粘り強く持ち堪えていた。
そんな中、戦況に一つの変化が現れた。
117中隊の指揮車両搭載の12.7mmを下ろし、近くのビルから狙撃を開始した為であった。
戦闘が膠着していた為に時間稼ぎができた為、砲手である山本兵長と、和香、麻衣、悦子が協力してビルの屋上へと重機関銃を運んでいた。
指揮車には運転手の鈴木兵長と通信士の千香のみが残った。
山本兵長の狙撃は正確で、TK334が嫌がる箇所に向けて正確に銃弾を浴びせていた。
狙撃により、追い詰められていくTK334。
これが戦況の転換点になった。
美紅はこの機を逃さずに一気に攻勢に出てた。
「これがランクBの実力ってヤツですか!」
山本兵長が狙撃を続けながら忌々しそうに吐き捨てた。
最初の銃撃では一気に倒せそうな予感を覚えていたが、撃てば撃つほど、TK334はうまく対応してきた。
ただ、狙撃のお陰で美紅の劣勢状態から何とか互角状態へと盛り返す事ができた。
「山本兵長、このまま狙撃を続けて」
和香はビルの屋上から戦況を見ながらそう命令した。
「了解です。
ですが、これ以上、状況はよくならないと思いますよ」
山本兵長は撃ちながらそう言った。
「それでいいのよ。
こっちが不利にさえならなければ、問題ないわ」
和香は山本兵長にそう指示しすると、
「117Hより117Dへ。
攻撃対象をTK334からTK34に変更」
とインカムで別の命令を出した。
「117D、了解」
D小隊隊長の裕美から返信があると、D小隊は早速動き出した。
美緖達3人の方はそれぞれ疲労を感じ始めていた。
攻撃しても跳ね返され、少しでも気を抜けば、一気につけ込まれていた。
支援隊が2個小隊から3個小隊へと強化されたが、少し戦力が強化された程度では現在の不利な状況を覆すだけの力にはならなかった。
美緖達の基本戦略は時間を稼ぎをして他の隊の来援を待つ事だった。
だが、体力が尽きるのが先か、来援が先かという状況になっていた。
そんな中、一瞬、互いの戦闘が停止した。
その時、TK34がTK334に何やら合図を送ったように見えた。
何?と美緖が訝しがった時、TK34とTK334は一斉に美緖に向けて突進してきた。
どうやらあの合図は示し合わせて美緖を同時攻撃する為のものだったようだ。
美緖は思わぬ事で反応が一歩遅れた。
その為、目の前にTK34の爪が自分の喉元へ迫ってきたが、ほぼ無防備の状態だった。
それでも何とか後ろに飛び退いて、それをかわそうとしたが、そのまま後ろに倒れ込んでしまい、同時に刀が手からこぼれ落ちた。
爪は幸い美緖の鼻先を掠る様に空を切ったので大事には至らなかった。
しかし、今度は倒れている美緖目掛けてTK334が腕を振りかぶっていて、正に振り下ろそうとしていた。
美緖は慌てて刀を拾おうとしたが、既に時遅しだった。
「美緖ちゃん!立つのだ!」
やられたと思った瞬間、美緖の前にはTK334の爪を刀で受けている美紅がいた。
美紅は何とか回り込んで美緖の危機を救っていた。
ただ、美紅が叫んだ通り、まだ危機が去った訳ではなかった。
今度はTK34が両腕を振りかぶって、美緖を正に攻撃しようとしていた。
美緖は剣を拾う事に成功したが、立って態勢を整える時間はなかった。
美緖は自分では最高のスピードで態勢を整えようとしていたが、スローモーションのように見えるTK34の腕の振り下ろしには全く対応できていなかった。
目をカッと見開いたまま、今度こそやられたと思った。
だが、再び仲間達の奮戦により、難を逃れた。
美佳と美希は美緖の前に飛び込んで、TK34の両手の爪をそれぞれ剣で受け止めた。
2人はTK34の渾身の一撃により地面に叩き付けられそうになったが、膝を折りながらも何とか耐えた。
そして、この瞬間に絶好の機会が与えられた。
少なくとも美緖にはそう思えた。
「こいつ!」
美緖はそう叫び声を上げながら美佳と美希によってできた隙を突く様にTK34に刀を突き刺そうとした。
TK34の方は美佳と美希の間から突っ込んでくる美緖に対して、大きく後ろにジャンプして刀の圏外へと逃れた。
絶好の機会と思われたが、いとも簡単にTK34はその状況を逃れてしまった。
すると、TK334も同時に美紅から大きく離れた。
2体の妖人が横に並ぶ形になった。
また、美緖達とは少し距離を取った格好になった。
仕切り直しと言った感じだった。
次はどんな攻撃と美緖達が身構えると、2体の妖人は踵を返すと一気にその場を離脱した。
「待つのだ!」
すかさず美紅は追い掛けようとしたが、
「美紅、待って!」
と美緖が美紅を止めた。
美緖と美紅はすぐに追えたが、美佳と美希が膝を突いたまますぐには動けそうになかったからだ。
美紅もそれに気が付いて、諦めた顔をして美緖の指示に従った。
「117Hより連帯Hへ。
TK34とTK334の撤退を確認」
和香が連隊司令部にそう報告した。
美緖達には妖人達の行方は分からなかったが、和香はビルの上にいたので妖人達の動きが見えていた。
2体の妖人は地下へと消えていった。
「連隊Hより全隊員へ。
妖人の撤退を確認。
擬態の可能性のあるので、しばらくは警戒せよ」
連隊司令部からはそう指示があったが、どうやら妖人の撃退に成功し、3区の大隊本部の奪還に成功した様だった。
勝利の雄叫びをあげたい所だったが、作戦に参加した隊員は疲労困憊でほとんどの者がその場にへたり込んでしまった。