その5
美緖達は再び地下に降り立った。
薄暗く、空気が淀んだ感じは先程の地下道と変わりなく、風景もほぼ同じだった。
美緖達は桜隊が北へ向かったのに対して、西へと向かった。
「これでは予備兵力が足りないのです」
美希は溜息交じりにそう言った。
11区の妖人出現回数は問題だが、撃退できているのでここまでリスクを負う必要があるのかという意見は旅団内部でも大勢を占めていた。
だが、外部圧力により作戦を進めなくてはならないという状況に陥っていた。
「そうなったら、私達でやっつけるしかないのだ」
美紅は意を決したように力強く言った。
それを見た他の3人は脱力感に襲われた。
確かにその通りなのだが、4人でも対応できない敵だったらどうするのよって思った。
しかし、言っても詮のない事なので他の3人は誰も何も言わなかった。
そんな3人を放っといて美紅はどんどん進んで行ってしまった。
それを3人が慌てて追った。
10分も経たないうちに、状況が変化した。
「104Aより連隊Hへ。
我、妖人と遭遇せり。
戦闘態勢に移行した」
初音からの入電だった。
「連隊H、了解した。
直ちに109Aを援軍として向かわせる」
連隊本部からの返信だった。
「これで完全に予備兵力がなくなったのです。
次に私達の所か、桜お姉様達の所に出てきたら、援軍なしで戦わなくてはならないのです」
美希は半ば諦めたような口調でそう言った。
西と北の旅団から協力を得られると言っていたが、現時点では両方からも援軍が到着していなかった。
また、よっぽどのことが無い限り、それは望めないことと美緖は思っていた。
「それもそうだけど、他の区で妖人が出たら目も当てられないね」
美緖はもう一つの懸念を口にした。
「でもぉ、それは北と西の部隊が予備待機している筈ですのでぇ、大丈夫かと思いますぅ」
美佳が美緖の懸念にそう言った。
「そうなのだ。
また、美緖ちゃんの心配性が始まったのだ」
美紅も美佳に同意した。
美緖もそう思いたかったが、同意しかねた。
「でも、私達が予備待機していて出撃しなかった事ってあった?」
美緖は思い出すようにしながら言葉を発した。
全く違うことが頭に浮かんでしまったようだ。
その言葉に美佳と美紅は思い出そうと首を傾げていた。
「確かになかったのです」
2人に反して美希はズバッと言い切った。
旅団本部には万が一に備えて他の隊がパトロール中でも必ず1隊以上は予備戦力として待機していた。
その戦力が必ずしも出撃に繋がる訳では無い。
しかし、美緖達の場合、運が悪いのか、予備待機を命じられて出撃しなかったことは全くなかった。
その事を思い出して、4人は暗澹たる思いになって立ち止まった。
それと同時に、ずっと感じている違和感の正体がはっきりとした気がして、美緖と美希が同時に言葉を発しようとした。
だが、違和感の正体を言う前に、
「みんな、妖人を見付けてしまったのだ」
と美紅が前方からゆっくりやってくる妖人を発見してしまった。
「101Aより連隊Hへ。
妖人と遭遇、これより戦闘を開始する」
桜からはそう言った入電が入った。
どうやら同時多発的に妖人に遭遇しているようだった。
「117Aより連隊Hへ。
こちらも妖人と遭遇、戦闘状態に移行する」
美緖は戦闘を開始する前に連隊長にそう報告した。
「じゃあ、突撃……」
美紅はそう言って、突撃しようとしたが、真後ろにいた美緖が慌てて止めた。
「ちょっと待ちなさい。
こんな最悪な環境で考えなしに突っ込まないでよ!」
美緖は突っ込むんだといった感じでバタバタしている美紅を押さえつけながらそう言った。
「そうなの……?」
美紅は美緖に完全に押さえ込まれているので、諦めてバタバタするのを止めた。
ただ、恨めしい表情で美緖を見詰めていた。
「117Hより117Aへ。
妖人の確認を終了。
コードTK323、ランクCの妖人と判明」
千香からそう情報提供があった。
「117A、了解」
美緖は千香にそう答えながら美紅を放した。
「さて、最悪のこの状況、どうするべきか……」
美緖は思っている事を口に出していた。
「最悪ではないですよぉ。
他の区が襲われた訳ではないですからぉ」
美佳は美緖の肩越しに耳元でそう言った。
美緖は美佳にそう言われて、まあその通りだという表情になった。
「では、行っくのだ!」
美紅は美紅で美緖が放したので、ゴーサインが出たとばかりに妖人に突っ込んでいった。
美緖は呆れながら美紅を見送ったが、もう止めはしなかった。
どのみち、倒すのには正面攻撃しかなかったからだ。
美紅は妖人の目を目掛けて刀を突き立てていったが、妖人はそれを爪で薙ぎ払うようにかわした。
そして、もう一方の爪で美紅を引き裂こうとして、美紅の側面目掛けて、手を横殴りに振った。
美紅はそれを刀で弾き返した。
鈍い金属音が鳴り響き、美紅と妖人は本格的な戦闘に入ったが、容易に決着が付く気配がなかった。
他の3人は美紅の援護をしたかった。
しかし、狭い地下空間では1対1で戦うスペースがやっとだった。
下手に参戦するとこちらが不利になりかねかった。
まあ、隣に並ぶ程度の空間はあったのだ。
だが、そこに1人が布陣すると、美紅の行動の妨げにしかならなかった。
少なくとも現状では。
したがって、今は適切な距離を取りながら美紅が疲れた場合に交代できるように待機する他なかった。
しばらくは他の隊も含めて、状況に変化がなかった。
しかし、時間が進み、他の場所での変化によって旅団全体が窮地に陥る事となった。
「連隊Hより各特戦隊へ。
3区の大隊本部が妖人に占拠された模様。
どの隊でもいいが、大隊本部へ向かう事が出来るか?」
入電内容は思いもしなかった事だった。
美緖と美佳は先程まで最悪ではないと思っていたが、お互い顔を見合わせて最悪の事態に陥った事を確認した。
だが、口に出す気にはならなかった。
これは後で知った事なのだが、3区の2103大隊所属のB中隊が区内をパトロール中の定時報告が無かった。
その為、連絡を取ろうとしたが、連絡が全く取れない事で発覚した事だった。
つまり、この時点で連隊は完全に後手を踏んでいた。
「地下の敵を一カ所に集めて、1隊で事に当たるのです。
そうすれば、他の隊は3区へ向かう事が出来るのです」
美希は冷静に対処法を提案した。
「そうね、そうしましょう」
美緖は美希にそう言ったが、美希は急に後ろを振りかった。
「それはちょっと難しくなったのです。
向こうからも妖人がやって来たのです」
ピンチなのだが、美希はいつもの冷静な口調でそう言った。
「こちら、101A。
後方からも妖人出現。
現在、挟撃されているため、すぐには向かう事は不可能」
桜がそう返信してきた。
「こちら、104A。
状況は101Aと同じく、妖人の挟撃を受けている。
109Aと協力しているが、両隊とも動けない状態」
初音が桜に続いてそう返信した。
美希・桜・初音の報告を聞いて、美緖は愕然とすると同時に、ずうっと抱いていた違和感が解消された思いだった。
「こちら、117A。
こちらも挟撃されていて身動きが取れない」
美緖も2人に続いてそう報告する他なかった。
「こちら、連隊H。
状況は了解した。
何とか、突破されたし」
何とも無責任な話だが、連隊司令部もそう言う他ないのだろう。
「こちら、101A。
北と西からの援軍は?」
「現在、北と西でも各地で妖人が出現中の為、予備兵力がない状況」
連隊司令からの返信を聞いてやっぱりと思って美緖は頭を抱えた。
「東神奈川旅団、北千葉旅団、東埼玉旅団にも応援を要請しているが、現在の所、援軍の当てがない状況」
この報告は完全に妖人に嵌められたと言った状況に陥ったことを知らされた。
「101A、了解。
聞いての通りよ。
どの隊でもいいから突破して向かうわよ!」
桜は他の特戦隊にも檄を飛ばした。
「了解!」
この通信に美緖・初音・春菜はハモるように返信した。
元気よく返信したはいいが、美緖はさてどうしたものかと頭を悩ませていた。
「117Hより117Aへ。
妖人の確認を終了。
コードTK324、ランクCの妖人と確認」
千香がそう報告してきた。
「とりあえずぅ、私が行きますよぉ」
美佳は緊張感がない口調でそう言うと、後から来た妖人に突進していった。
口調と違って動きは機敏だった。
ただ、狭い空間なので攻撃の選択肢がほとんどなく、妖人に簡単に受け止められてしまった。
「117Hより117Aへ。
こちらで何か手伝う事ない?」
今度は和香が通信してきた。
心配になったのだろう。
「こちら、117A。
うーん、今のところ、ないです」
美緖は前後から聞こえてくる金属音を聞きながら考えたが、結論としては援護してもらいようがないと判断した。
「状況はどうなの?」
「状況はと言われましてもの……」
美緖は元気に戦っている美紅とホアホアとしているが激しく戦っている美佳を見て戸惑うようにそう言った。
まさか、元気に戦っていますとは言えないからだ。
「ピンチなの?」
「手詰まりですが、ピンチではないです、たぶん。
時間は掛かりますが、突破は出来るかと思います」
「そう」
和香は通信からも分かるようにホッとしていた。
そして、
「12.7mmを台座から外して、いつでも地下に突入できるように待機させているけど」
と続けて言った。
和香は和香でやる気満々みたいだった。
「あ、いや、それは止めて下さい。
危険なので」
美緖は確実に酷い事になりそうなので和香の申し出を断った。
「そう……」
和香は残念そうにそう言った。
もしかしたら、和香自身で乗り込んでくる気でいたのかもしれなかった。
いや、恐らくそうだろう。
「今、こちらの元気っ子が妖人を疲れさせますので、時間を下さい」
美緖は美紅の戦いぶりを見ながらそう言った。
「了解したわ」
和香はそう言うと、通信を終了した。
美紅の手数は8姉妹の中でもダントツだった。
他の姉妹の倍は手数を繰り出してくるのではないかと言うと大袈裟かもしれない。
更に、美紅の攻撃は衰え知らずなので時間が経てば経つほどそのままの勢いで、押し切られてしまうのが常だった。
妖人に対して美紅の手数が通用するかは分からないが、現在の所、戦いは五分五分の膠着状態だった。
「109Aより連隊Hへ。
104Aの協力もあり、妖人の突破に成功。
これより3区の大隊本部へ向かう」
膠着状態からいち早く脱したのは春菜達だった。
「連隊H、了解。
現在、3区大隊本部の状況が全くの不明。
現着次第、状況を報告せよ」
「109A、了解」
「連隊Hより104Aへ。
109Aの後を追う事は可能か?」
「こちら104A。
何とかするけど、すぐには無理!」
109A小隊は何とか戦線の離脱に成功したが、他の隊は美緖達同様、思うように行かないようだった。
再び、膠着状態が続いていた。
美佳の方は美希とスイッチした。
美佳の体力面が心配と言うより、あうんの呼吸でも無く、ただ何となく入れ替わっていた。
美紅の方は美緖と代わる気配は全くなく、攻撃の勢いも衰える気配も無かった。
美紅は積極的に攻撃を続け、美希は対照的に攻勢を自重するように防御に徹していた。
美緖と美佳は2人の戦いの様子をジッと見ていた。
「美紅、そいつの右手を押させて!
私は左手を押さえるわ」
美緖は妖人の動きが鈍ってきたと見るや否や、そう言うと、自身も妖人に向かって行った。
「え、あ、はい、なのだ……」
美紅は予想もしなかった事を言われたようで、一瞬戸惑っていた。
だが、美緖が突っ込んでくるのを感じたので言われた事をしようとした。
美紅は言われたとおりに右側を抑えようとして半身になろうとした所、美緖とぶつかった。
「何やっているのよ!
逆でしょ!」
美緖は美紅にぶつかった反動で押されながらも刀と両腕で左手を抑え付けた。
「え?右なのだ?」
美紅は美紅で訳分からないといった感じで反論していたが、刀と両腕で右手を抑え付けた。
「私は右じゃなくて、右手って言ったのよ!」
美緖は呆れていた。
「言い方がややっこしいのだ」
美紅は美紅で不満を漏らしていた。
「やああああぁぁ」
2人が変なやり取りをしている中、後ろから美佳が緊張感のないホワホワしたいつもの口調での叫び声で突っ込んできた。
ホワホワしているとは言え、やはり動きは機敏で一直線な突進だった。
混み合っている中を美佳は飛び越えていった。
そして、妖人の弱点である目が無防備だったので、美佳は刀を突き立てて、正確に妖人の目を貫いた。
妖人は短い断末魔を上げて、絶命した。
妖人の絶命を確認すると、美佳は刀を抜き、美緖と美紅は力一杯に押さえ込んでいた手を放した。
「全く美紅はいっつもそうなんだから」
美緖はブツブツと背中合わせになった美紅に文句を言った。
「美緖ちゃんが悪いのだ。
指示が分かりにくかったのだ!」
美紅も負けじと美緖に文句を言った。
美佳はそんな2人を宥めようとしたが、それより早く、
「アホなコントをやっていないでこっちを早く手伝うのです!
このすっとこどこいコンビが」
とまだ戦っている美希がいつもの冷静な口調で言ってきた。
冷静な口調とは言え、酷い言葉遣いなので怒っている事は確かだった。
その為、美緖と美紅はお互い更に文句を言い合おうとしていた口を噤む他なかった。
美佳はそんな2人を見て、微笑みながら踵を返して、美希の方へと向かった。
美緖と美紅はお互いばつの悪そうな表情を浮かべながら美佳の後を追った。




