その4
翌日、ちょっとしたハプニングが起きた。
藤田先生、洋子、ゆりかが診察室で少女達8人を待っていると、診察室に入ってきたのは7人だけだった。
「あれ?1人足りない?」
洋子は少女達を見渡しながらそう言うと、
「えっと、桜さんはどうしました?」
と7人の少女に聞いた。
この言葉に7人の少女だけではなく、藤田先生とゆりかが驚いていた。
「あのぉ、桜は訓練中に足を挫いたみたいで、後から担架で運ばれてきます」
少女達の内の1人が心配そうな表情で洋子の問いに答えた。
他の6人も同じような顔をしていた。
「それは大変ですね」
藤田先生はそう言ってすっと椅子から立ち上がると、自分の端末を取り出した。
「藤田です。
生徒が1人怪我したと聞きました。
すぐに診察室に連れてきて下さい。
それと、すぐにその旨の連絡を下さい。
これは軍務規律違反ですので、あとで報告書を提出して下さい」
藤田先生はいつものにこやかさとは全く別人のように毅然とした態度で一気にそう端末に話し掛けた。
その態度に洋子とゆりかはびっくりしていたが、藤田先生は2人の方を見ると、いつものにこやかな人に戻っていた。
「あの、洋子先生」
先程桜の怪我の事を報告した少女が洋子に呼び掛けた。
「はい、なんでしょうか?椿さん」
洋子先生は藤田先生から少女達の方へ視線を移しながらそう言った。
「あ、やっぱり」
少女達7人はハモるようにそう反応した。
「洋子先生は私達の区別が付くのでしょうか?」
椿は驚いた表情で洋子に聞いた。
「私は人の名前と顔を覚えるは超得意なので、皆さんの事も既に覚えています」
洋子はエッヘンとばかりに胸を張った。
洋子のこの言葉は部屋にいる全員をざわつかせた。
普通なら「へぇ、凄いね」で終わる事なのだが、少女達の容姿は区別が付かないくらい同じだった。
しばらく沈黙が流れた後、少女達は一斉に手を上げ始め、自分の名前を洋子に聞き始めた。
洋子は難なく全員の名前を当ててしまった。
少女達は洋子にバレないように巧みに立ち位置を入れ替えながら無作為に手を上げながら30回以上はその行為が繰り返されたのだが。
名前当てが終わると、少女達は円陣を組み、ヒソヒソと話し合った。
正直、嬉しい事なのか、変態だからできるヤバい事なのか、判別が難しかった。
学校に通って今年で3年目になるが、藤田先生はおろか、他の学校の先生方も少女達の区別が付きがたかったからだ。
それをたった1日で区別が付く人物が現れた事が、彼女達にとっては初めての事だった。
そんな中、怪我した桜が担架で運ばれてきた。
「では、桜さんの治療から始めます。
他の皆さんは、診療着に着替えて下さい」
藤田先生がそう言うと、入り口に固まっていた少女達は一斉に動きがした。
こんな調子で、洋子とゆりかの研修は3年生が卒業するまで続いた。
流石に主席と次席だけあって、2人は藤田先生からの教えの吸収速度は早かった。
洋子は最後まで変態扱いだったが、生徒達を完全に識別できる事から一応一目置かれていた。
ゆりかの方は、何事も冷静に物事をこなしていた。
それ故に、洋子に比べると、遙かに信頼されていた。
しかし、本人は洋子のように生徒達を最後まで全く識別できなかったので、内心悔しい思いをしていた。
生徒達は卒業後、東京初の特戦隊として新設された東京101、102中隊にそれぞれ配属された。
洋子は研修後、そのまま訓練学校に残り、変態軍医の名声を高めていった。
ゆりかは東京101中隊が所属する南東京旅団に配属された。
藤田先生は東京102中隊が所属する北東京旅団に転属となった。
3人の軍医は特戦隊員達もしくはその卵達の健康管理を行う事となった。
ただ、気がかりなのは、特戦隊発足以前からある世間の根強い偏見だった。
そして、その偏見は軍も例外ではなかった。
3人の軍医はその偏見をなくそうと奔走する事となるが、10年経った今でも完全に偏見はなくなっていなかった。