その3
待機時間はそれほど長くはなかった。
だが、出撃を命じられたのは意外な方向だった。
千葉県で出現した妖人の一部が渡河して、23区に侵入したとの報を受け、東京117中隊は直ちに出撃した。
別に縄張り意識からの出撃という訳ではなかった。
ここを担当している北千葉旅団の手が足りず、渡河した妖人まで手が回らないので応援を頼むと言う事だった。
「侵入した妖人は4体、いずれもランクCとの事です」
指揮車内の千香は北千葉旅団から得た情報を伝えてきた。
「そう、分かったわ」
隣にいた和香は千香の報告に対してそう答えた。
ただ、自分のタブレット端末で確認しながら険しい表情だった。
「こいつら、4体ともバラバラに好き勝手に動いているみたいね……」
和香が言ったとおり、妖人は単独行動をしていた。
「私達が1人1体ずつに対処します」
和香の後ろにいた美緖がそう進言した。
「それだと、支援隊が一つ足りなくなるわね」
和香は考え込むように言った。
支援小隊は3つしかないので1つ足りなかった。
「2個分隊編成に切り替えて、対応するしかないわね」
和香は自分の考えを述べた。
「支援隊を下手に分散すると、混乱を招きかねると思います。
1個小隊でもかなりの負担ですから」
美緖は和香の意見に反対した。
「でもそれでは、あなた方特戦隊員の負担が大きすぎるわよ」
今度は和香が美緖の意見に反対した。
「短時間なら大丈夫です。
足止めしている内に、他の3人が妖人を誘導して合流できれば、問題なくなります」
美緖は尚も自分の意見を主張した。
「いいえ、ここはこの地区担当の普通科大隊に応援を頼みましょう」
和香は美緖の意見を採用しようとしなかった。
「中隊長殿、東京2123大隊に支援要請をしましたが、避難地域拡大中のため、対応不可能だとの事です」
千香は和香にそう報告した。
「仕方が無いわね。
我々の指揮車が援護する他なさそうね」
和香は溜息交じりにそう言った。
「現場指揮官が参戦したら指揮系統の混乱を招きかねます。
ここは私達を信じて任せて頂けないでしょうか」
美緖は尚も自分の意見を主張した。
「私も美緖隊員の意見に賛成です。
確かに最高の策ではありませんが、最良の策だと思われます」
こう意見を具申したのは麻衣だった。
和香はしばらく考えたが、間もなく現着しそうなので決断した。
「各妖人の呼称をそれぞれα、β、γ、δとする。
順に、美緖、美佳、美希、美紅の各隊員がそれぞれ対応。
それで、1人で対応するのは誰?」
和香は後ろを振り向いた。
「わ……」
美緖が名乗り出ようとしたのを美紅が思いっ切り遮って、
「それはあたしがやるのだ!」
と堂々と宣言した。
他の3人はえっという驚いた顔をした。
「美紅、あなたねぇ……」
美緖が文句を言おうとしたのを再び美紅が、
「8人の中で、一番強いのはあたしなのだ」
と言って、とびっきりの笑顔で遮った。
美紅が言うと信憑性がないように感じられるが、実際、1対1の個人戦では美紅は他の7人の姉妹に負けた事が一度も無かった。
他の者同士の対戦成績はほぼ互角だったでの、強さが際立っていた。
「まあ、美紅の言うとおりなのです」
美希は溜息交じりにそう言った。
「そうねぇ、確かにそのとおりですねぇ」
美佳は納得の声を上げた。
どうやら美佳と美希は美緖の味方をしてくれそうになかった。
「そう、それじゃあ、決まりね。
美緖隊員にはB小隊が、美佳隊員にはC小隊が、美希隊員にはD小隊がそれぞれ支援。
そして、美紅隊員は他の隊との合流まで妖人の足止めを命令します」
和香はそう命令を下した。
「分かりました」
美緖は渋々命令に従った。
「いい、美紅。
いつものように突っ込むのではなくて、足止めするのよ、分かった?」
美緖は美紅に向かってきつく言った。
「分かってるのだ。
美緖ちゃんは心配性なのだ」
美紅の緊張感のない口調に、美緖は心配と鬱屈が堪る一方だった。