その1
「とにかく、現場に急ごう!」
小隊のリーダーである美緖がそう叫ぶと、走り出そうとした。
表情ももの凄く焦っていた。
「ちょっと待つのです」
走り出そうとした美緖の腕をグイッと掴んで止めた美希が抑揚のない冷静な口調で言った。
表情もどちらかというと乏しいといった感じだった。
「え?何でなのだ?
隊長さんはすぐに走って向かえって言ってたのだ」
美緖と一緒に走り出そうとしていた美紅が何故か屈託のない笑顔でそう言った。
「うん、まぁ、美希ちゃんは何か心配事があるようですねぇ」
美佳はホアホアした感じの口調でのんびりと言った。
美佳の笑顔は口調同様にのんびりした表情でどういう訳か安心感が漂っていた。
4人は昨日15歳になったばかりの同い歳の姉妹でだった。
フルフェイスヘルメットのバイザーの奥を見てすぐ分かるように、みんな同じ顔をしていた。
見た目の背格好も一緒だった。
4人はライダースーツみたいなつなぎの戦闘服を着ており、靴は編み上げの戦闘用ブーツだった。
ぴっちりした戦闘スーツの上から防具を着けており、何だか世紀末のような感じがした。
「心配事はたくさんあるのです。
まずは妖人の存在を確認したということですが、そのランクが不明なのです」
美希が問題点を挙げていこうとしていた。
4人は東京湾に面した今は使われなくなった空港へと向かっていた。
向かっていた理由は単純で、この空港に敵が現れたので、中隊の隊長代理の命令により出撃していた。
出現した敵はたった1体で、それは妖人と呼ばれていた。
その妖人は現在人類の存在価値を脅かす存在だった。
「でも、隊長さんは1体だからサクッとやっつけてこいって言ってたのだ」
美紅は脳天気にそう言って、美希の話を遮った。
「1体だからと言って、簡単に倒せるとは限らないのです。
データ照合して、妖人のランクを割り出してからでないと不味いのです」
美希は美紅に対してすぐにそう反論した。
妖人は二足歩行で、顔、足の裏、掌以外は全身体毛で覆われていた。
戦闘地域に出没する妖人はどれも体長2mを超えていた。
しかも、人類より遙かにがっしりした体格をした。
また、首が無いように見え、顔が肩に半分めり込んでいるように見えた。
体毛の色は、黒、茶色、褐色、灰色など何種類かはあるようだが、この日本では主に茶系妖人が多かった。
顔は能面より白さが目立つ白一色だった。
目は全て白目で、その下に顔面にめり込んだ鼻の穴、そして、顔の大きさに対してやや大きな口が付いていた。
妖人同士、似たような格好をしていたが、個体の識別は可能であった。
過去に確認された個体をデータベース化し、その戦闘能力をランク別に分類されていた。
「でも、命令無視は重罪よ!
下手したら、私達、処分されちゃうかもしれないし」
美緖は焦った表情で心配そうにそう言った。
「大丈夫ですよぉ、美緖ちゃん。
走ってはいませんがぁ、私達はちゃんと向かっていますからぁ」
美佳は微笑みながら焦る美緖にそう言った。
事実、4人は走ってはいないが、ゆっくり歩いて出現した妖人の下へと向かっていた。
美緖は美佳にそう言われたが、心配で仕方がないと言った様子だった。
処分という言葉から分かるように、彼女達4人は普通の人類ではなかった。
妖人に対抗するためにゲノム編集されて誕生した人類だった。
そのため、一般人から亜人という蔑称で呼ばれたりしていた。
公式には特戦隊員という呼ばれ方をしていた。
今回の作戦遂行を中隊の隊長代理新米中尉から厳命されていた。
そして、処分という言葉を使って脅されていた。
美緖達4人はこれが初の実戦になる。
処分という言葉に敏感になるのは、この1,2ヶ月の間、無謀とも思われる作戦で美緖達の先輩に当たる特戦隊員達が戦死、行方不明、負傷の為の長期離脱という惨状に置かれていたからだ。
それを美緖達は消耗品のように扱われていると感じていた。
「次に不味いことは支援部隊の支援が全くないことなのです]
美希は次の問題点を挙げた。
「でも、それは私達の部隊が編成中で戦力が少ないから仕方がないと隊長が言ってたし……」
美緖は美希にそう反論したが、途中から反論になっていないと自分でも思ったのか、声のトーンが最後は小さくなり、消えた。
妖人と直接渡り合えるのは、美緖達のような特戦隊員だけだった。
しかし、一般兵の支援は余程のことがない限り、受けられていた。
「そうなのです。
この中隊は編成中で、人員が足りないのに攻撃すること自体が問題なのです」
美希はまた問題点を挙げた。
尤もな指摘に美緖は何も言い返せなかった。
美緖達が所属しているこの東京117中隊は本日新設されたばかりの部隊だった。
それを駆り出さなくてはならないくらい今は戦力が不足していた。
「そうねぇ、美希ちゃんの言う通りかもしれないわねぇ。
連隊長からの命令も新たに出現した妖人の監視だったようですしねぇ」
美佳はニコニコしながら美希の意見を補足した。
そんな美佳を見て美緖はちょっと不満な顔をした。
ただ二人の言うことも尤もだとも思っていた。
「じゃあ、とっととやってしまうのだ!」
美紅はそう言うと、走り出そうとしたが、美緖が慌てて腕を掴んで止めた。
「ちょっと、美紅、話を聞いていなかったの?」
美緖はびっくりした表情をしていた。
美紅が暴走しかけるのはいつものことだったが、美緖はいつもびっくりしていた。
そして、その度に冷静になるのだった。
「どうしてなのだ?
面倒だからやってしまうのだ」
美紅はどうしてそういう結論に達したか分からない言葉を発していた。
「いやいや、そうじゃないから」
美緖は尚も走り出そうとする美紅の腕をしっかりと掴んで暴走させないようにしていた。
「117Aへ通達。
出現妖人のランクはAです。
識別コードTK21です」
突然、美緖達に中隊のオペレーターがインカムを通じてそう報告を入れてきた。
落ち着いたうら若き乙女の声だった。
妖人のランクは以下のように設定されていた。
ランクAAA:対処不能?目撃例は3件で実在も疑われている。
ランクAA:複数小隊の特戦隊員で対応。5年以上目撃例なし。
ランクA:1小隊の特戦隊員で対処。
ランクB:数名の特戦隊員で対処。
ランクC:1名の特戦隊員で対処。最も数が多く主力。
ランクD以下:公式認定はしないが、普通科小隊で対処。
美緖達が所属する特戦隊は普通科小隊と違って4人で1小隊扱いだった。
また、対処とは必ずしも倒す事が可能という事ではなかった。
「やはり用心するに越したことがなかったのです」
自分の意見が正しかったことを示す美希の言葉だった。
抑揚がないため、偉ぶっては聞こえなかった。
しかし、その分、正しさが増しているといった感じがした。
ランクAの妖人は1小隊で対処するものだったが、新兵である美緖達には手に余るものだった。
美緖達が全力で出現ポイントに向かっていた場合、5kmの道のりだったので10分と掛からないで辿り着くことができた。
その場合はランクも知らずに戦っていたので全滅させられる可能性も皆無ではなかった。
「何をしている!
さっさと殺してこい!」
インカムから今度は怒鳴り散らす偉そうな男の声が聞こえてきた。
この男こそ、中隊の隊長代理新米中尉だった。
「了解、直ちに向かいます」
美緖はそう返答して、
「みんな、行くわよ]
と走り出そうとした。
「美緖ちゃんは真面目さんだからぁ」
美佳はニコニコしながら走り出そうとした美緖の腕を掴んでそれを止めた。
その隣では、同じく走り出そうとしていた美紅の腕を美希が掴んでいた。
「何度言ったら分かるのですか?
慎重に行かないといけないのです」
美希の言葉の様子からは怒っているのだが、相変わらず抑揚がないので怒っている感じではなかった。
「でも、新米さんがすぐやっつけろと言ってたのだ」
美紅は腕を掴まれている状況が不思議で堪らなかった。
「しんまいではなくて、にいめよ、美紅。
そんなことを言っているとまた睨まれるよ」
美緖は美紅に隊長代理の呼び方を注意した。
勿論、すでにその事で睨まれていたからだ。
美緖の言葉を聞いて、美佳と美希はそっちを注意するんだと思うと、ちょっとどんよりした気分になった。
「この際、呼び方なんてどっちでもいいのです」
美希は抑揚のない口調で呆れた。
「良くはないよ。
だって、あの人、すぐに昇進して正式の隊長になるのだから」
美緖は大真面目な顔をしてそう言った。
「それは本人が言っているだけなのです。
新米の中尉がすぐに大尉に昇進することはないのです」
美希はそう断定した。
「え?そうなの?」
美緖は美希に断定されてびっくりして美佳の方を見た。
「そうねぇ」
美緖に助けを求められた美佳はちょっと困った顔でそう言うと、
「美希ちゃんが断定していると言うことはぁ、正しいことだと思いますよぉ」
とニッコリと笑いながらあっさりと美希の味方をした。
「でも、本人は自分は優秀だと言ってたし……」
美緖は口籠もってしまった。
「優秀な人間がこんな間抜けすぎる命令を出す訳ないのです」
美希はとどめを刺すようにそう言ったが、無論口調に抑揚がなかった。
ただ、そこまで言われたので、美緖は認識を改めた。
「みんな、慎重に行動しよ」
美緖はそう言うと、みんなの先頭に立って慎重に歩き始めた。