問題あり
9
目が覚めた。
窓の外はもう明るい。朝だ。
昨夜は確か……いかん、思い出してはいけない、恥ずかしくなる。
ミラはもういなかった。朝早く出て行ったようだ。
ふと机の上に書き置きがあるのを見つける。
『ありがとう。昨日はごめんね。とりあえず御礼のポイントは受け取って!』
は?
俺はすぐに『残高』を確認した。
昨日の夜より3000ポイント増えている。
……あの馬鹿野郎。
すぐに着替えて追いかけないとな。
支度を済ませて鍵を返し、クジラ亭を出る。
ミラの防具屋は比較的近い。
俺はダッシュで店に向かった。
「いらっしゃ……あ!」
ミラは俺を見るなり、カウンターの裏に隠れた。バレバレだっての。
「ミラ、聞かせてもらおうか?」
「あー……はい」
ミラは叱られる前の子供のように肩を落としてカウンターから出てきた。耳まで伏せている。
申し訳なさそうにミラは口を開いた。
「あのう……発情期、でして……」
ああ、獣人にもそういうのあるんだ。
「それは、うん、俺もミラは嫌いじゃないし、全然構わないよ、問題はそこじゃ……」
「じゃあ問題なかったね!」
「大ありだわい!」
笑顔に戻るミラに釘をさす。
「俺みたいなおっさん、そんな大事な相手に決めるな!」
顔が赤いのが自分でもわかる。
そういうとミラはきょとんとした顔で、
「若いじゃん。死んだ歳でいうなら、あたし130歳超えてたのよ? 何よりシロウ、あなたが好みだったからね」
俺の顔が限界になりそうだ。
「それにこんな事にポイントを使うな!」
何より問題はそこだった。
「むしろ俺が払うべきじゃないのか、こういう時は」
「それは違う。僕が誘った訳だし」
真顔でそう言われて面食らう。
「そこは無理にしてもらったんだから、対価は払うべきだよ」
ミラは少し寂しそうな笑顔でそう言った。
「ダメだ。それはいけない。俺も……嬉しかった。だからこれは返す」
半ば無理矢理気味にポイントを返した。
「でも……」
「だったら今度、返してくれ。ポイントじゃなくて、気持ちで。『約束』だ」
「優しいね、シロウ。『プロミス』」
ミラは少し涙目になっていた。
2人を青い光が包んだ。
「じゃあ俺は行くよ」
ミラにそういうと防具屋を後にした。
「本当にありがとう、シロウ!」
ミラはいつまでもさっきとは違う、とても嬉しそうな笑顔で手を振っていた。
ありがとう、はこっちのセリフなのにな。
さて。
なんか調子が狂ったが、今日も塔の探索がメインだ。
とりあえず目指すのは初級者レベル10。出来れば2階にも行ってみたい。
今日のノルマはスライム12匹以上だ!
そう自分に言い聞かせて塔へと向かって歩いた。
何とかかんとか、4匹目のスライムを真っ二つに切り裂いたところで、呼吸調整で座り込む。
……へたり込むの方が正しいかもしれない。
まだ戦闘時の息遣いがよくわかっていない。
間合いは何となく読めてきたが、不規則なスライムの動きに対応できない時がある。
課題はまだ多いが、どうやらレベルは1つまた上がったようだ。
……よし、次だ。
深く息を吐き、立ち上がる。
あと8匹、まだ先は長い。
塔から出ると、まだ外は明るかった。
ノルマ達成の充実感はたまらない。
真上には太陽が無いことから、昼を過ぎたところだろうか?
今回の戦利品はスライムオイル1個と水の水晶12個。
俺は例の焼き鳥をまた買って、それをほうばりながら、次の行動について考える。
職業変更場に行っても転職にはまだ早いし、組合に行ってクエスト見てみるか。
組合は相変わらず人で賑わっている。
掲示板に目を移す。
特に目立ったクエストは無いな。
他にやる事もないし、軽く飲んで行こうか?
テーブルに着きウェイターを呼ぶ。
「注文ですか?」
ウェイターはトカゲのような獣人だ。ゲームとかのイメージではリザードマンだな。
「ビールのようなものはあるか?」
「エールなら」
「それを頼む。あと簡単なツマミを」
「わかりました」
しばらくすると小さい樽のような木でできたジョッキに入ったエールと、何か野菜の漬物、ソーセージのようなものが来た。
エールを一口飲む。
口の中を独特の苦味と炭酸が襲いかかる。
美味い。久しぶりのこの味だ。
しかもここのはとてもフルーティで、生前飲んでいた発泡酒とは比べ物にならない。
その勢いで漬物をつまむ。
浅漬けだな、塩がよく効いてサッパリとしている。キュウリのような味だ。
エールで流し込む。これはクセになる。
続けてソーセージ。こちらは皮がパリッと焼き上がっていて美味い。脂が口の中にひろがる。贅沢を言えばケチャップとマスタードが欲しいな。
3杯目のエールを開けたあたりで、組合から出た。
軽く視界がぼやけるぐらいの酔い加減。とても良い気分だ。
このまま今日は風呂を済ませて寝よう。
俺はクジラ亭に向かい歩き始めた。
いつものように宿を取り、いつもの部屋で気を休める。
なんか長い1日だった……振り返るだけでかなり濃いな……
特にミラがあんな感じだったとは思わなかったな……
さあ、明日も早い、さっさと休もう。
俺はベッドに潜り込む。
記憶が無くなるまでの時間はそんなに長くはなかった。