ミラ、再び
8
「まさかシロウだと思わなかったよ! あ、すみませーん! コーヒー1つください」
ミラはウェイターを呼び、注文をした。
「依頼主はミラ、でいいんだよな?」
「そうだよー。合成で使うスライムオイルが切れちゃって。そのくせ塔に行くのが面倒くさくてさ? あいつ弱いから経験値入らないし、ドロップも渋いしさー。でも中々受注無いから、行こうかと思ってたんだよ」
「そか、ちょうど良かったかな?」
「うん。あ、シロウだから『プロミス』は使わなくていいや」
にしし、と歯を見せてミラは笑った。
この顔可愛いなあ。
「んじゃ、はいよ、オイル。一本しか無くてすまないな」
「ありがとう。一本でもすごい助かるんだよ? んじゃ、これ」
そう言って、1枚の紙をミラは俺に寄越した。それには依頼達成書、と書かれていた。
「これを受付に渡せば、ポイントが支払われるよー」
注文していたコーヒーが届く。
ミラは大量の砂糖をコーヒーに入れ、幸せそうな顔で飲んだ。
「今度拾ってきたら店に直接持ってきて。御礼もするよ」
ミラはそっと耳打ちして、またあの笑顔で笑う。
女のこういう所に男は弱いんだよな。
「ところで1つ聞きたいんだが」
「ん? いいよ」
「どうやって受付から連絡が来たんだ?」
「ああ、『コール』ね。シロウの世界だと『念話』だったかな。相手を思い浮かべて唱えると、離れていても声が届くようになるんだ。便利だよ」
「携帯より便利だな」
「ケイタイ?何それ?」
興味津々でミラが顔を近づけてくる。近いって。
「あ、いや、こっちの話だ」
この世界にあるわけないよな。
そう言われてみると……
「今更ながら、会話が成立してるけど、ミラは日本語で話してないよな?」
「うん。私はハニバルカミア語。勝手に頭で翻訳されてるみたいだよ? ついでに文字もね。シロウの字は読めるよ、多分」
そういえば、依頼達成書や掲示板の文字は全て読めた。バラバラな言葉が並んでいたはずなのに。
ほんとに便利な世界だな。
「それじゃ、店に戻らないと」
ミラはコーヒーを飲み干し、立ち上がる。
「俺ももうひと頑張りするかな」
俺も立ち上がった。
「あ、シロウ、クジラ亭に泊まっているのよね?」
「ああ、今日もそうしようかと思うよ」
「そっか、わかった。またね!」
ミラはそう言うと組合を出て行った。
とりあえずの収入源になりそうかな?
ミラの為にももう少し頑張ろう。
クエスト報酬を受け取り、組合を出る。
日は真上ぐらいか。
もう少し塔に行ってみよう。
そう考えて、俺は塔に向かった。
塔に入り、既に3体目のスライムを倒した。戦利品は3体とも水の水晶だけだ。
だいぶ慣れてきたのは倒すスピードでわかる。
慣れだけじゃ無く、体の軽さを感じるのは何故だろう?
そういえばレベルは上がったのか?
「『状態』」
自分の状態が映し出される。
初級者がレベル3に上がっていた。
このままなら、かなり早目に次の職業につけるかもしれないな。
そういえば職業変更場にも行かないと。
しかしまあ、レベル10だから慌てなくても平気か。
よし、今日は後2体狩ってから帰ろう。
難なくノルマを達成し、クジラ亭へ向かう。
途中、美味そうな匂いがする店はあったが、料理名の関係で諦めた。
頼まなくても出てくるクジラ亭で食事を摂ることにした。
クジラ亭の入口を抜けると、やっぱりあのちょっと愛想の悪いあいつが腕を組んで立っている。
「おかえり。回復薬は使えたかい?」
「いや、そこまで大きなダメージは食らわなかったよ。初級者だから無理はしてない」
「そうか、それがいい。飯はどうする?」
「頼む」
「わかった。昨日の部屋だ」
男は鍵を渡してきた。
受け取り部屋へと向かう。
風呂と飯を済ませて、空き時間だ。
外に出て何か無いかと街を回ってもいいが、真っ暗なので正直怖い。
何か悪い事に巻き込まれる可能性はほぼ無い事はわかってはいるんだが。
防衛本能ってやつだろうか。
まあ、それもしばらくしたら慣れるんだろう。
俺は『一覧』の呪文を唱え、面白そうなものを探していた。が、今までに大体教えてもらったものが並んでいる。
多分職業に就けばこれらが増えていくんだろう。
早く色々使えるようにならないと、不便な事も出てくるだろうか?
まあ、またその時になって覚えればいいか……
俺は襲ってくる睡魔にそのまま身を任せた。
トントン、とノックがなる。
その音で目が覚めた。窓の外はまだ夜中のようだ。
それより誰だろう?
「はい、どちら様?」
ドアを開けるとミラが立っていた。
「入っても、いいかな?」
「ああ、どうした? とりあえず、どうぞ」
ミラがおずおずと部屋に入ってくる。
何の用だろうか?
「あー、そのー、んー……」
何か言いくそうなミラ。少し顔が赤い?
「シロウ、僕を抱いてくれないか?」
「はぁ?」
思わぬセリフに素っ頓狂な声が出てしまった。