クジラ亭
5
明るかった大通りも、すっかりと陽が落ち暗くなってきた。
この世界には電気のようなものは無いようで、このままではすぐに真っ暗になるだろう。
俺は足早にクジラ亭へと向かった。
入口にかかる看板、文字は見たことがないが、それが何故かクジラ亭だとわかるのは、基本的な能力か何かだろうか?
そう考えながら中に入ると、一人の男がカウンターで腕を組み立っていた。
「泊まりか? 夕食、朝食付きなら300、朝飯だけなら250だ」
「ミラの紹介で来た。夕食も頼む。この世界には風呂はあるのか?」
愛想が悪そうな雰囲気を出していた店員だったが、ミラの名前を出した瞬間、表情が少し緩んだ。
「うちにあるぞ。共用だがな。風呂も込みの料金だ」
俺はポイントを男に払い、代わりに部屋の鍵を受け取った。
「部屋は二階、食事と浴場は一階だ」
二階の奥にある部屋に入り、防具をはずし、机にならべる。そのあとすぐにベッドに身体を預けた。
病院のベッドと違い、とても気持ちいい。このまま寝てしまいたい。そんな気持ちと少し戦う。
とりあえず食事を摂って、風呂に入る。今日はそれで終わろう。
……よし。
俺は最後の気力でベッドから離れた。
食事は相変わらずよくわからない材料だが、美味い。風呂も共用だから狭いのを覚悟していたが、とても広かった。
おかげで1日の疲れが全て取れた感じだ。
……寝たい。だが、やっぱりこれだけは確認しなきゃダメだろう。
俺は剣を構えてみた。
剣の重さは意外と感じない。
切れ味は試していないが、刃の感じから切るというより叩き潰すのが近い感じだろう。
剣道は幼少期に少し。必死にその時の記憶を思い出しながら、色々構えを試してみる。
どんな魔物が出るんだろうか?
最初から強いのは出てこないだろうが、やはりそこが不安だ。
明日、塔に行ってみよう。
初戦闘だ。
こうしているうちにも時間は過ぎる。1年経てば税金まで取られてしまう。
ゆっくりはしてられないんだ。
覚悟が決まった。今日は休もう。
剣を鞘に納めると、ベッドに入った。
その日は何も考えずに寝る事が出来た。
翌日。
朝食を済ませ、装備を整え、カウンターへ向かう。鍵を返すためだ。
昨日の男が今日もそこに立っていた。
「ミラによろしくな。これを持っていけ」
男は黒くて丸いものを3つ、俺にくれた。
「回復薬だ。必ず役に立つ」
「ありがとう、またくるよ」
俺は軽く頭を下げてクジラ亭を出た。
陽は少し上がったぐらい。地球時間なら9時前ぐらいか。
さあ行こう。
俺は塔に向かって歩いて行った。
30分程歩いただろうか?
塔の入り口に着いた。
元々賑やかな街だが、一層ここは賑やかだ。
出店なようなものも出ている。売っているのは戦闘時の消耗品か何かだろう。クジラ亭で貰った回復薬も山積みに置かれている。
他にも取引をしている様子も見られるから、戦利品売却などはここでも出来そうだ。
とりあえずここに用事は無い。
俺は塔の中へと進んだ。
塔の中は意外にも明るい。窓の類は一切無い筈なのに不思議なものだ。
少し行くと右手に文字と、その下に四角くぼんやりと光を放つものが見えた。
文字は、
「階層転移装置、10ポイント消費」
とあった。
ふむ、何となくわかるが、不親切な説明だなあ。そう考えながら見ていると、後ろから声をかけられる。
「行かないの? ならどいてくれない?」
「これは失礼した。どうぞ」
俺は装置を譲る。
ローブを纏い、大きな杖を持つ女は、装置の前に立ち、
「12階」
と告げ、四角い光に手をかざした。
瞬間、女の姿は消えた。
なるほど、言った好きな階に行けるのかな?
試してみよう。
装置の前に立ち、
「5階」
と告げ、同じように手をかざした。
……何も起こらない?
何故だろう?
「どうした? 装置の故障か?」
唐突に後ろから声をかけられ、軽く驚いた。
「ああ、使い方がわからないのか?」
「いや、それはなんとなくわかったんだが、転移出来ないんだ」
「ちなみに、行った事の無い階層には飛べないぞ?」
なるほど、そういう訳か。
「そういう事か。初めてでわからなかった。ありがとう」
「良いよ。お互い頑張ろう」
男は手を差し出してきた。
俺はそれを握り返す。
装置に今の所は用はない。
なら先に進むしかないな。
俺は更に先へと進んだ。
道が開ける。
部屋、になるのか?
その割にすごく広いが。
その部屋に、明らかに人型じゃないモノが……蠢いている、という表現が正しいのか、確かにそこにいる。
「とりあえず、『鑑定』」
蠢くそれが何かわからないのは怖い。
遠目に『鑑定』しておくのが正しいだろう。
人型じゃないものは、スライム と表示された。
間違いない。魔物だ。
ありがとうございました。