逃亡
15
食事を済ませていつものように塔へ向かう。
2日酔いも食べ過ぎの胃もたれも無い。
あるのは幸福感のみだ。
周りが全てハッピーになればいい、というか多分みんな幸せだ。とか思ってしまう。
にやけが止まらない。多分すげえ気持ち悪いだろう。
まだ低めの太陽にも挨拶をしたくなるほどだ。我ながら重症だな。
そんなもので早めに塔についた気がした。
塔にはいつものように沢山の人に溢れているが、なんか様子がおかしい。
よく見ると人だかりが出来ている。
気になって俺はそこに割って入った。
そこにはガタイのいい鎧を着た男が傷だらけで倒れている。
側には看護師風の女性が何やら呪文を唱えており、ひと通りの詠唱を終えると、ヨロヨロと男が起き上がった。
「……しくじった、ちくしょう……」
息も絶え絶え、男はそう言う。
「無理に話さないで、衰弱中ですから。ゆっくりでいいです」
「ああ……礼はあとでする……」
そういうと、男はまた目をつぶった。
次の瞬間、魔法使い風の女性、回復職のような男性、軽装な女性と、次々に何も無い空間から現れた。
皆、何というか、瀕死の状態だ。
そこにいた回復職らしき人々が駆け寄り、それぞれ呪文を唱えている。
「なんだ、これ?」
唖然として思わずそう呟くと隣の男が、
「パーティの全滅、だよ」
そういいながらその場を離れていった。
死亡状態でも金を失い、生き返る。とは聞いていたが、こんな形なのか。
塔から追い出され、金を失い、回復してもらってもまだ衰弱状態が続く、これが、死か。結構、精神的にも肉体的にもくるな……俺は無理をしないで先に進もう。
そう決意して、塔内部へと進んだ。
気持ちを何とか切り替えて、転移装置で2階へ。ララニー鳥は肉をドロップするし、比較的慣れてきたので戦いやすいだろう。
……べ、別にまた料理してもらいたいからじゃないんだからね!
俺は緑のニワトリを探して奥へ進んだ。
するとすぐの広場に奴がいた。
だがスライムの位置が近い。
スライムが手前、その右奥にララニー鳥だ。
俺はそっとスライムに近寄り剣を振り下ろす。一撃で倒せた。
だが、その一撃の勢いが強すぎた。床に当たって音を立ててしまったのだ。
しまった。
思った時にはすでに、ララニー鳥がこちらへ突進してきていた。
ララニー鳥は小さい魔物であるため、走って来られると逆に対処に困る。
下から掬い上げるように剣を振り上げたが、あっさりとかわされ、回り込まれて背中に反撃とばかりに嘴が刺さる。
「いってえ!」
防具の無いところを狙ってきやがった。
痛みを我慢して振り返ると、例の間合いでララニー鳥が光っていた。
逆にこれはチャンスだ。今日も打ち取ってやる!
俺は足元の滑りを確認してバッターボックスに立った。
3回目に飛び込んで来た時に、ララニー鳥を仕留めた。今回は棒球ストレートを打ち取った。
戦利品を拾い、先へ進む。
対ララニー鳥は、バッティングセンターと同じ。俺はかなりの強打者になりつつある。
そしてふと思ったが、棍棒みたいな奴の方が当てやすくないか?
今度、武器屋を見てみよう。行ったことないし。
力が付けば、ハンマーとか斧とかでも戦いやすそうだなあ。今は重さで振り回されるだけだろうが。
そう考えながら歩いていると、次の鳥とエンカウントした。
今日の戦果は鳥6、スライム4。
戦利品は肉4個、オイル1本、あとは各種水晶。
まずまずだな。
肉1個とオイルはミラに。残りの肉は屋台に売ろう。
さて、帰ろう。
そう思って来た道を戻った。
装置にもう少しで着く直前、ひとまわり大きなララニー鳥がいる。
あいつもやるか……そう考えて剣を抜き、背後から思いっきり剣を振り下ろす。
いつもならこれで2つに分かれて終わり。だが、コイツは違った。剣が弾かれる。
硬い。反動で軽く手が痺れたがなんとか剣を落とさなかった。
コイツは本能的にやばい、と思った。
どうするか、逃げるなら装置まで走れば何とか間に合う。
逆に勝機はあるか?
今朝の光景が頭をよぎる。
……ここは逃げよう。
俺は魔物に突進した。……そう見せかけて、脇をすり抜ける。
後ろを向くな、前を見て走れ!
一目散に駆ける。装置は目の前だ。
装置に手をかけた瞬間、強烈な痛みが俺を襲う。
背中に嘴が刺さるのが見えた。
俺はそのまま1階へと転移した。
背中の痛みは酷く、しばらくその場から動けずにいた。
俺は何とか『収納』から回復薬を取り出し口に入れる。
するとだんだんと痛みが引いていく。助かった、死なずに済んだ。
俺はこれをくれたクジラ亭の男に感謝しながら塔を出る。
今日はとりあえず帰ろう……戦利品は明日売ろう。
しかし何だったんだ、アレは。
きちんと『鑑定』しておくんだった。
ミラが何か知ってるかもしれない、あとで聞いてみよう。
なんか凄い疲れたな……
肉体もだが、精神も参った感じだ。
ああ、死にかけたからか。
そう考えると体の震えが止まらなくなり、膝から下の感覚がなくなる。
俺はその場に座り込んでしまった。