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追憶

 まただ――。

 美沙はそれを目にする度に人知れずため息をつく。

 酒井彩乃が次の授業の教室移動に置いていかれ、一人でしょんぼりと教科書の用意をしていた。

 高校に入学して3ヵ月が過ぎようとしているが、彩乃のこうした姿を見るのは既に日常茶飯事だ。

 酒井彩乃は、高城由衣率いる、クラスでも派手な女子のグループに属していた。

 学生、特に女子は自分と似たタイプと自然に近づくが、彩乃の場合はそういった女子達に強引に仲間に引き入れられたように見えた。

 何しろ、彩乃の容姿は目立つ。

 ふわふわとした砂糖菓子のような見た目だが、数メートル先の廊下から歩いてくる彼女のオーラは、まるで芸能人の放つ、神々しいようなそれだった。

 由衣達にとって、彩乃は一種のステータスだった。

 自分はこんなにかわいい子と友達で、一緒にいることで、自分もワンランク上のステージに上がった気分になるといったところか。

 しかし、その目論見も次第に外れていった。

 彩乃はどんなクラスメイトとも親しく付き合った。

 およそ彩乃とは縁がないであろうオタク系男子とも、コミュニケーションが苦手なのであろう、目を合わせられずにおどおどする地味系女子とも、分け隔てなく接した。

 とどのつまり、グループでべったり動くことがそれほどなかったのである。

 一応同じグループにいるはずのメンバーからすると面白くない。

 一緒にいることで甘い汁を吸えるはずが、少しもおこぼれにあずかることがない。

 そうなれば、彩乃はただうっとおしい存在でしかない。

 由衣たちは彩乃を苛めにかかった。

 今日のように教室移動の時に彩乃を置いていったり、意図的に一人になる状況を作り出したり、まるで小学生がやるようなことだ。

 彩乃は彼女達にそれほど依存していたわけではなかったが、それでも突然このような仕打ちを受ける理由が分からず、見て分かるほど落ち込んでいた。


「酒井さん、早く行かないと遅刻だよ」


思わず美沙は声をかけた。


「あ……うん。ありがとう中野さん」


 美沙に話しかけられた彩乃は、とっさにパッと取り繕ったような笑顔を浮かべた。

 そんなことをしても、傷ついた心を全然隠せていない。

 美沙はまた小さくため息をついた。


「私もさっきまで保健室に行ってたから出遅れちゃったの。一緒に行こう」


「え……う、うん! 一緒に行こう!」


 当時を思い出してみれば、美沙と彩乃が仲良くなるきっかけはこの出来事だった。

 美沙は、その雰囲気から分かる通り、女子の中でも「フツー」の位置にいる生徒だった。

 由衣から言わせれば「最下層」と呼ばれる、所謂自分の外見よりも趣味に時間とお金をかけるタイプとも違うし、かといって彩乃達と同じ位置にいられるほど目を引く何かを持っているわけではない。

 美沙はそれでもよかった。

 そういったキラキラした女子達への憧れは特になく、ただただ高校生活を穏やかに楽しく過ごせればよかったのだから。

 しかし、酒井彩乃だけは気になった。

 誰にでも分け隔てなく――もちろん美沙にも――コミュニケーションを取っていく彼女が、グループの中で居心地悪く浮いた存在に見えたからだ。

 そして、一向にグループに馴染まないはみ出し者だと認定されて嫌がらせをされ始めてからは、どうにも彼女のことを放っておけなかった。

 外見だけでなく、ガラス細工のように輝き透き通った心の持ち主はこれまでに見たことがなかった。

 最初から彩乃に惹かれていたのかもしれない。 

 美沙は彩乃が独りぼっちになる度にさりげなく話しかけ、そのうち彩乃を悩みの種である由衣達のグループから脱退させることに成功した。

 そこでも何か嫌がらせをされるかと思いきや、彩乃が格下のグループに入ったことに留飲を下げた由衣が手を引いたことから、その後1年は平和な生活を送ることができた。

 2年生に進級した時、美沙と彩乃はまた同じクラスになった。

 今度は常に2人でいるようになって多少目立つようになったからか、たまに陰口を聞くようになった。


 彩乃が隣にいても地味顔が変わるわけでもないのに――

  

 善人のフリして彩乃に近づいて、誰か目当ての男でもいるんじゃない――


 そのほとんどが美沙に向けてである。

 もちろんこんなことを言われれば不快な気持ちにはなる。

 しかし、美沙は気にしていなかった。

 地味なのは自分が一番よく分かっていたし、言われてやましいことなど一つもない。

 それに、その頃には彩乃が本当の親友になっていた。


「彩乃、何でそんなに落ち込んでるの?」


「だって……。美沙が変な風に言われるのは嫌だよ。それに……それ全部私のせいだし」


「何でそう思うの? 彩乃はただ私と一緒にいるだけでしょ」


「私だってそう思ってた。でも私がいくら友達だと思って付き合っても、最終的にその人が周りから悪く言われちゃう。そんなの辛いよ。だったら私は一人でいた方がいい……」


「私は気にしてないんだから、彩乃が気にする必要はないんじゃない? これは私の問題よ」


「美沙……」


「それでも彩乃と一緒にいるのが楽しくてそうしてるんだから、彩乃は堂々としてて。これまで通り友達でいてよ」


 彩乃の無垢で純粋な性格に心が洗われた。そして羨ましかった。

 そういう理由で近づいた美沙に、由衣達を糾弾する資格はないが、少なくとも美沙は彩乃のことを大切に思っている。自分が何を言われても動じないほどに。

 そうした2人の姿が校内で当たり前に見られるようになると、遠巻きに見ていた同級生が少しずつ話しかけにくるようになった。皆、本当は2人のことを気にしていたようだ。

 それからは、些細なやっかみはあれど、楽しい高校生活を送ることができた。


 高校卒業後は、別々の大学へ進学した。

 お互い学内で友人はできたが、美沙と彩乃は高校時代と変わらぬ頻度でしばしば会った。

 もうやっかみを受けることはなかった。

 大学に入り、私服を着て薄化粧も施した美沙は、高校時代には地味の一言で片づけられた、彼女のたおやかな雰囲気をより開花させ、もはや彩乃に見劣りするようなことはなかった。

 制服というのは、学生達の個性を重たい色で押し込める、何と残酷な鎧だったことか。

 そして、まもなくお互いに恋人ができた。

 ちょっとした悩みや近況はお互い報告していたが、ある時彩乃が、お互いの恋人を紹介しあおうというルールを提案した。

 何となく抵抗があった美沙だが、彩乃にそう言われては断ることなどできない。

 ほどなく、それは2人の間で恒例行事となり、新しい恋人ができたら食事会をセッティングするのがルーティンとなったのである。


「お互い結婚したら、今度は定期的にホームパーティーしよう! 家族ぐるみだよ。素敵じゃない?」


「ホームパーティ! じゃあ私、結婚相手には彩乃夫妻と毎年交流ができる人っていうのを条件にしなくちゃね」


「そうよ。それで、年を取ってもずっと仲良く楽しく生きていくの。私は美沙とそんな風に生きていきたいな」



 ずっとそんな風に。

 願わくば、命が尽きるその時まで。

 

 

 

  


 

 

 

 


 



 


 

  

 

 


 

 

 


 

 






 

 

 

 

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