彼女の友人
美沙は思いがけず手にいれてしまった宗太の連絡先にしばらく動揺したが、既読が付いてしまった以上、早めに返信することにした。
『彩乃、木村さん、今日はとても楽しかった!また明日から仕事頑張れそう。写真もどうもありがとう!』
たったこれだけのコメントを何度も消しては考え直し、10分後にやっとメッセージを送信した。
何か変なテンションになっていなかっただろうか?美沙のように人見知りな性格の人間は、顔の見えないSNS上では性格が変わってように明るくなりがちだ。
彩乃だけなら呼吸するように自然に行っていたやりとりが、宗太がいると思うだけで、こうも一つ一つの動作が気になってしまうとは。
無事メッセージは送信したものの、宗太からどんな返信が来るのか気になって仕方ない。美沙が緊張するような返信がくるはずもないのだが。
美沙のメッセージ送信後、すぐにまた通知音が鳴り、反射的に急いでスマホ画面を見れば、彩乃からの返信だった。メッセージの既読数は1と印字されている。宗太はまだこのやりとりを知らすいのだ。
そわそわと部屋の掃除をしてみたり、ストレッチをしてみたり。時間を持て余しながら合間合間に手元のスマートフォンを確認するものの、返信どころか、一向に既読数の増えない画面を見て、小さくため息をついた。
これ以上は深入りしないと決めたはずなのに、情けない――。
美沙は思い切ってスマートフォンの電源を切り、そのまま自身の煮え切らない頭もシャットダウンすべく、いつもよりかなり早めに就寝した。
◇◇◇◇
漠然と憧れていた都会は、いざ勤め始めると意外と馴染めない。
空気が汚れていると感じたこともないし、高層ビル群に辟易したこともない。むしろ自分は日本のビジネスの中心にいるのだと、妙なプライドで一回り大きくなった気分である。
馴染めない理由は、きっと『ごみごみ』としているからだ。
人口の多さは言わずもがな、建物も物も人の感情も、何もかもが所狭しとひしめいている。
田舎はシンプルでいい。人もいなければ、都会と違って自分の身長の高さで遠くまで見渡すことができる。常に何かを見上げなくていいし、追いかけてなくてもいい。
そんなことを日々考えている木村宗太の日課は、オフィスから歩いて5分程度の、比較的大きな公園でランチを取ることだった。
都会の庭園と呼ばれているその公園は、気休めではあるものの、宗太に東京の息苦しさを束の間忘れさせるくらいの役割は果たしていた。
結局人の多さからは逃れられないものの、宗太の視界の範囲内は、少なくともフラットな目線で物事を見ることができる。
木村宗太が務める外資系のコンサルティングファームは、一般的なイメージに違わず、結果が全ての社風である。
勤務時間は比較的自由度が高く、その一切に理由を問う上司もほとんどいない。
但し、結果を出していれば。
宗太は入社6年目になるが、業務に関しても社内政治に関しても経験不足感が否めず、ひたすら長時間働くことで結果を出しているのが現状だ。
それでも、同期トップの成績を収めているのだから、宗太は決して無能な人間ではない。
彩乃となかなか会う時間が作れないのは申し訳ないが、今の自分なりのベストを尽くしていると、宗太自身自負している。
酒井彩乃とは、友人に誘われた社会人スノボ大会の会場で出会った。
出身が雪国のため、スキーやスノボには馴染みがある。友人の会社のサークルでは出場者に一人欠員が出たということで、お呼びがかかったのだ。
サークル活動の類いはあまり得意ではない。
しかし、インドアすぎる自覚もあった宗太は、誘われれば極力断らないように心がけている。一見意味のなさそうな交友関係も、どこでビジネスチャンスになるかも分からない。
彩乃は、たくさんの人間がいる中でも一際目を引いた。
派手にしているわけではないのだが、とにかく彼女全体から何か眩しい光が漏れ出ているかと思うほど、その場の空気を明るく照らした。
社会人になり、自分に近づく女性に計算のようなものを感じることが多くなってからは、宗太はあまり同年代の女性に近づかなかった。仕事以外で何かを期待されているのは、正直重たい。
しかし彩乃と話してみると、宗太はまるで宇宙人と話しているような気持ちになった。
ただその場を楽しみ、純粋に目の前の人間を受け入れる。彩
乃の人を疑うことのない無垢な人柄は、宗太にとっては未知との遭遇としか言いようがない。
そんな二人が付き合うようになったのは、ごく自然な流れだった。
運悪く、付き合い始めてすぐに仕事が忙しくなり、最初の一ヶ月はほとんど会えなかった。
しかし彩乃はそれを責めるどころか、宗太に労いの言葉をかけ、優しく微笑んだ。そんな彩乃がいじらしく、仕事が落ち着いた時にはその分彩乃との時間を取った。
映画を見に行き、テーマパークに出かけ、週末を使って旅行した。お互い積極的なタイプでもないが、時間が許せばセックスも重ねた。
最初の一ヶ月を埋めるように恋人らしいことを一通りしたあと、彩乃から親友を紹介したいと言われたのは、付き合って3ヵ月経った時のことだ。
「木村さんにお会いしたら、思ってた以上に素敵な人でびっくり。彩乃、本当によかったね!」
目の前でニコニコと笑う美沙を、宗太は不思議な気持ちで見つめた。
宗太にとっての中野美沙の第一印象は、"彩乃の友人のわりに地味" だ。
彩乃は一見、華やかで派手に見える。そういう人種は、得てして同じようなタイプの人間と徒党を組むものだと宗太は思っていたのだ。
そういった意味で、控えめで奥ゆかしい印象の中野美沙の登場は意外だった。
実際に話をしてみると、美沙は控えめながらも芯の強さがあり、仕事にもプライドを持つタイプのようだった。とりわけ宗太が感服したのは、美沙が彩乃を大事に思う気持ちが、そのまなざしから伝わってくることだった。
宗太が美沙なら、彩乃に対してはコンプレックスを持ってしまうだろう。彩乃には、美沙が欲しくても手に入らなそうな資質が揃っているように傍目で思う。
女は妬み嫉みの生き物だと、宗太は認識している。
しかし美沙は、そういった汚い感情なしに、彩乃を心から敬愛しているように見えた。それは宗太に新鮮な驚きを与えた。
二度目に会った時、彩乃が遅れてきたのでしばらく2人で会話をしたが、美沙は初対面の時よりもさらにぎこちなくなっているように見えた。
前回であまりいい印象を持たれなかったかと宗太は肝を冷やしたが、どうやらそうではなさそうだ。
ぎこちないながらも美沙から積極的に話題を振っていたし、笑顔も見えた。
宗太は、ふとした瞬間に美沙が見せる、何かを諦めたような悲し気な微笑みが気になった。
二度目にして気付く。
美沙は、地味なのではない。儚く見えるのだ。
前回会った時の印象は、控え目ながら強さを持つ女性だったはずだが、今日はまたその時とは違った危うさがある。
女性とはこうもコロコロと印象が変わるものか。宗太は、掴んだはずの美沙の性格がますます分からなくなった。
そんな中、さらに宗太を困惑させる出来事が起こった。
彩乃が、美沙と宗太のSNSのアカウントをお互いへ開示したのだ。
帰宅してしばらく仕事に没頭していた宗太は、それに気づくのが遅くなってしまったのだが――スマートフォンの画面を見た瞬間に、おいおい――と呟いた。
彩乃に何の他意もないのは理解している。実際、何か不都合があるわけでもない。
ただ、美沙はどう感じているか分からなかった。
彩乃の恋人して一言詫びを入れたかったが、それを個別で美沙に連絡すべきなのかどうかも分からない。
常識的に考えて、どんな内容であれ、彼女の親友と個別でメッセージを交わすのはルール違反だろう。
結局、どうアクションを取っていいのか分からないまま1日メッセージを放置してしまい、忘れかけた頃に一言、当たり障りのないコメントを入れてこのやりとりを終わらせた。
「彼女の友人っていうのも、何かと気を使うもんだな……」