受容と安らぎ
「奥村……? 今、何て?」
「中野が好きだ。付き合おう」
まるで不意打ちの雄吾の告白に、美沙の思考はしばらく停止した。
ドッキリでも仕掛けられているのではないかと本気で思った。
「えっと、何か賭けでもしてる? 私に告白してOKもらえるかみたいな……」
「ふざけんな、そんなんじゃない」
「だって……奥村変だよ。私たちそんなんじゃなかったじゃない……」
「そう思ってたのは中野だけだよ。お前はずっと俺のことははなから対象外だったもんな」
雄吾はそう言うと心底不機嫌そうににため息をついた。
その様子に美沙はますます動揺する。
「やっぱ長くなりそうだな。あっち、座ろうぜ」
雄吾があごで示したのは、最初に休憩をしたメリーゴーランド沿いのベンチだった。
再び同じ場所に腰掛け、数時間前にここに座っていた時間からやり直したい。美沙はそんな意味のないことをぐるぐると考えていた。
そのくらい、雄吾の放つ空気は重苦しく思えた。
「中野、本当に俺が告白したの意外だった? 俺、最近ちょこちょこ好意を見せてたつもりだったけど」
「……何か変だなぁって思うことはあった……けど、私が恋愛こじらせてるから、ただ気にかけてくれてるんだと思った」
「はぁ……こうしてデートに誘ったら、さすがに意識してくれるもんだと思ったんだけどなぁ」
「いや、さすがにちょっとそれは思ったよ? でも、奥村が私に対してそれはないだろうって思ってたから……」
そう言ってから、それを確認するように美沙は雄吾をチラリと盗み見る。
ダウンジャケットでは隠し切れない、鍛えた筋肉質な体格に日焼けした手の甲。まさに「雄」といった容姿だが、意外にもその横顔はすっと切れ長な線を描いた美しいものだった。
左の目尻に小さな泣きぼくろがある。
雄吾とは入社してから何年も近くにいたはずだが、初めての小さな発見に美沙は心が少し高揚するのを感じた。
「俺は中野のこと、3年目くらいからいいなと思ったよ。でもお前には全然その気がなさそうだったし、俺も敢えていい友達の関係崩すのが嫌だったから、このままでもいいかなと思ってた。でも、お前が拗れた恋愛してるの知ったら、黙ってられなくなった。お前には不幸になってほしくないし、俺だったら幸せにする自信があったから」
雄吾の真剣な告白に、美沙の心臓の鼓動が次第に大きく体全体に響く。
しかし、まだ全てを信じ切れずにはいた。
「……だけど、奥村この前言ってたよね? 恋愛感情は一時のもので、友情こそ本物だって」
美沙ははっきり覚えている。
男女の仲はいつまでも続かない。紛れもない雄吾こそが、この言葉を言ったのだ。
不審そうに隣の雄吾を見れば、バツが悪そうに鼻の頭をかいている。
「あぁ、言ったし、その言葉は本心。でも、そのあとに気付いたことがもう一つある。」
「何?」
「男と女として向き合わないと分からない感情がある」
そう言うと、雄吾はここに腰掛けて初めて美沙の瞳を真正面から見つめた。
いつもの自信に満ち溢れた精悍な顔立ちが切なげに歪められているように見え、美沙の心臓はさらに大きく跳ね上がった。
「俺は、友達じゃなくてお前と恋愛関係になりたい。そのためにはリスクは取るよ。商社マンらしくな」
雄吾は冗談めかしたいつもの笑みを浮かべたが、その双眸が緊張に揺れているのが美沙にも見て分かる。
ウソをついているとは思えない雄吾のこの表情を信じていいのだろうか。
これまで約6年間、同期、友達として共に過ごしてきた仲間。それが奥村雄吾という人間だ。
雄吾の逞しさや男らしさにときめいたことがなかったとは言わない。だが、それは恋愛というよりも雄吾の魅力に雌として本能的に惹かれたのだ。
美沙は、あらためて雄吾の顔を、友人関係では考えられない距離から覗き込む。
日焼けした顔も、硬そうな髪質も、笑い方も全て美沙が焦がれてやまない宗太とは違う。
美沙の恋しい人とは何一つ重ならない。
だが――
「中野に俺の気持ちが100%伝わったとは思えないけど、もう勘弁して。俺意外にメンタル強くないから、これだけ手応えない中で戦うのも限界」
雄吾は右手を自身の額に当てて苦し気に息を吐く。
こんなに素直に感情を出してしまうところも、宗太とはきっと違うのだろう。
宗太との類似点を探そうとすればするほど、逆に雄吾が彼とは全く違うのだと思い知らされるばかりだ。
それでも――
「……奥村。私、奥村の側にいれば幸せになれる?」
雄吾が息を飲む。
「……約束する。絶対幸せにする」
雄吾は人の道を外れようとしている美沙の最後の救世主だ。
これ以上宗太も彩乃も傷つけてはいけない。
「うん……よろしくお願いします」
美沙と2人でいる時の雄吾はひたすら優しかった。
基本的には雄吾の接し方は以前と変わらず気安い友達のようで、そこだけ見ればあの告白は錯覚だったかもしれないと思うほどだった。
しかし、あの日から決定的に違うのは、雄吾が美沙に触れるようになったことだ。
2人で会う時は手を繋ぐようになったし、ふとした時に腕や肩にそっと触れられることが増えた。
そんな時の雄吾の顔が何かを噛みしめるような表情になると、美沙はくすぐったくてどうしていいか分からなくなってしまう。しかし、それが何とも心地よいとも思う。
雄吾は休日の接待も多く、毎週会うことはできなかったが、それでも暇を見つけて美沙のことを誘った。美沙自身の気持ちはまだよくわからないままだが、言葉少なに確かな愛情を向けてくれる雄吾の隣にいることは、美沙にとって絶大なる安心感につながった。
そんな毎日に、美沙の心が充足感を覚える。
次第に宗太のことを考える時間は減り、昼休みに出かけることもなくなった。
ふとした時に彼のことが気になることもあるが、それよりも美沙を想ってくれる雄吾を大事にしようと思い始めていた。
「美沙、表情がすごく柔らかくなった気がする。何かいいことあった?」
お互い暇を持て余して食事に出かけたある休日の夜、彩乃が興味深々といった様子で美沙の顔を覗き込む。
「え……ううん、別に。何もないよ」
「そう?」
彩乃は鋭い。雄吾と付き合って自分が浮かれているとは思えないが、それでも顔に表れてしまうものなのだろうか。
やはり大切に想われるということが、女性にとって一番の幸せなのかもしれない。
「彩乃はどうなの? 木村さんとは順調?」
名前を出すとまだ少し胸が痛む気がする。
「うーん、相変わらずかなぁ。忙しくってなかなか会えてないね。会えば優しいのは変わらないんだけど……」
「そっか……お互いこうして休日の夜に暇してるなんて嫌ね」
「本当にね。美沙のいい報告待ってるよ。いい人できたらちゃんと紹介してね」
いつものように屈託のない明るい笑顔を見せる彩乃に、美沙は曖昧な笑みを返す。
隠すことはないはずだった。
それでも、なぜか雄吾と付き合っていることを報告できなかった。




