表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/22

友情と恋愛の間

 車を走らせて1時間、美沙は免許を持っていないのでよくは分からないが、高速道路に乗ったらしい。

 トランプを切るような速さで道路脇の景色が変わっていく。

 先ほどまでビルやマンションが所狭しと立ち並んでいたのに、次第に視界が広く開けていく。

 それを見て、随分遠くまで来たのでは、と思い始める。


「奥村、もしかして私に気を使ってくれた? 私がこの前変なこと話したから……」


 雄吾はチラと美沙を一瞥し、すぐに正面に目線を戻す。


「いや、別に? 心配ではあるけど。で、それからどうなってんの? 特に何も変わってなさそうだけど」


「うん……特に何も変わってない」


「そっか」


雄吾はそれ以上何も言わず、しばらく黙り込む。

 車のエンジン音だけが響き、どことなく気まずい空気が2人を包む。

 美沙は居心地の悪さを感じたが、その空気をかき消す話題が見つからない。


「椎名と前山」


「え?」


 沈黙を破ったのは雄吾だった。


「あいつら付き合ってみるみたいだぞ」


「えっ!? 椎名君とアコ!? うそっ! いつから?」

 

 全く予期しなかった同期同士の恋愛の話に、美沙は思わず前のめりで雄吾の方を向く。


「付き合い始めたのは最近らしいけど、椎名は昔から前山のこと狙ってたからなぁ」


「そうなの? 全然知らなかった。アコって奥村みたいなタイプが好きなんだと思ってた」


 アコこと前山亜希子は、高校時代の高城由衣を彷彿とさせるほど、外見も性格も派手なタイプだ。

きっと若い頃は、由衣と同じような立ち位置に君臨していたのだと思う。

 そんなアコだから、雄吾のように男らしい見栄えのする男性が好みだと勝手に思っていた。

 しかし、彼女が恋人として選んだのは、いかにも堅実で誠実そうな同期の男性だった。


「ぴったりのカップルかなんて、見た目だけじゃ分かんないんだよ。あー見えて意外に前山の方がのめり込んでるのかもしれないしな」


「そっかぁ。そういうものなのかもね」


 雄吾の言葉に妙に納得してしまった。

 確かに、彼らがどんな性格でどんなところに惹かれたか、実際のところは外野の美沙には少しも分からないのだ。

 そんな話題で盛り上がっていた頃、車はやがて高速道路を降り、一般道へと進んでいった。

 頭上の道路看板を見上げれば、山梨県の文字が見える。

薄々分かってはいたが、やはり随分遠くまで来たようだ。

街の景色も、東京とは全く違う。店舗はどれも無駄に思えるほど広く、都内でよく見る鉛筆みたいな3階建の戸建も見当たらない。

そのままさらに車を走らせたところで、土地勘のない美沙にもようやく目的地が分かった。


「遊園地?」


「正解」


眼前に鎮座するジェットコースターがまるで怪物のようだ。


「何で遊園地? 奥村ってこういうの好きなの?」


「ん? まぁ普通。中野は嫌いだった? お前ストレス溜まってそうだから、今日は絶叫系がいいと思ってさ」


物騒なことを言う雄吾に、美沙は少したじろぐ。

 近くの有料駐車場に車を止めてエンジンを切ると、雄吾はにやりと笑った。


「さ、思う存分叫ぼうぜ」


 

 雄吾の宣言通り、着いて早々、美沙は絶叫マシーンに一通り乗せられ、散々に大声を出すはめになった。

 休日なので園も混みあってはいたが、それでも都内のテーマパークよりは随分回転は速く、ギネス認定までされたというジェットコースターには2回も挑戦した。声帯もいよいよガス欠状態だ。


「も…本当無理…休憩しようよ」


「あぁ、そだな。お前来て早々飛ばすんだもんなぁ」


「強引に引っ張ってったの奥村でしょ」


 軽口を叩きながら、近くのメリーゴーランドの側のベンチに腰をかける。

 やはり冬の山間部は冷えが強い。

 興奮状態の体にはひんやり心地よいくらいの空気と思ったが、すぐに末端部分からじんじんと冷気が包み込む。


「ほら」


 思わず両の手をグーの形に握っていると、雄吾から温かいペットボトルのお茶を差し出される。


「あ…ありがとう」


美沙の様子を見ていたかのような雄吾の行動に、少し気恥ずかしい思いがする。


「やっぱここまで来るとかなり寒いな」


 雄吾が美沙の隣に腰掛ける。


「うん、何か、骨まで冷気が染みこんでく感じ」


「悪いな。こんなとこまで連れてきて」


「いいよ。普段こんなところ滅多に来ないし、気分転換できて結構楽しい」


「だろ。中野、大声出すこととかなさそうだもんな。あ、でも思い出した。お前入社式の時の懇親会で足滑らせて掘りごたつの中に落ちただろ。あの時の声すごかったな」


 雄吾が腹を抱えて笑い出す。


「ちょ…いつの話よ、それ! 奥村って、何にも考えてなさそうに見えて結構周りのこと見てるよね」


「お前、頭脳派の俺に何も考えてなさそうなんてよく言えたなぁ」


 お互い顔を合わせて目が合うと、どちらともなく笑い出す。

 会社では当たり前のように会話をしていたが、こんなに至近距離で視線を合わせることは、そういえば初めてかもしれない。そう思うと、やはり何となく照れくささがある。

 しかし、美沙はこの時間が言葉に出せないほど楽しかった。

 自分を取り繕う必要も飾る必要もなく、雄吾とは肩の力を抜いて楽に話すことができる。共通の話題もある。

 

「ここでじっとしてるのも寒いし、他のアトラクション乗ろうぜ。俺、あれ行きたい。お化け屋敷」


 そう言って雄吾が指をさしたのは、もはやアトラクションと思えないほど、広大な廃墟を模した建物だった。遠目から眺めているだけでも、既に異様な空気を放っている。


「や……ああいうの無理。お化け屋敷本当にダメ。行きたいなら奥村一人で行って。私ここで待ってるから」


「大丈夫だよ、中野! 俺が一緒に行くし、俺も一人じゃ怖いし! ここ来る機会だって滅多にないんだしさ、同期への話題のネタにしようぜ。ほら」


「やだよ! 私本当無理だから!ホラー映画は好きだけど、それとは全然違うんだから!!」


 美沙は、自身の腕を引っ張る雄吾を全力で阻止するが、男の腕力には勝てず、雄吾に引っ張られてしまう。最後まで抵抗しようとしたものの、アトラクションの中に一歩足を踏み入れてしまったところで、引き返すことを諦めた。


「奥村、前行って、前。絶対置いてかないでよ」


「分かってるよ…」


 美沙は恐怖心から、雄吾の背中にぴたりと張り付き、すぐ後ろを歩く。

 雄吾本人から誘ったわりには緊張のあまり背中を固くしているのを手のひらで感じ取り、美沙は少し呆れた。

一歩ずつ進むほど入り口から漏れる日の光は消え、無音の細い廊下を2人の足音だけが埋めていく。

 この廃墟での最初の怪奇現象は何か。

 音か、人形か、それとも幽霊に扮した人間が襲ってくるか。

 緊張するシーンなのだが、全方位をせわしなく警戒する雄吾に、美沙は笑いを押し殺す。

 すると、突然2人の左側から壁を殴るような無数の音がドンドンドンと大きく響いた。


「うわぁ!」


 雄吾は思わずと言った様子で前方に向かって走り出す。


「あっ奥村待ってよ!!」


 美沙もそれを見て慌てて付いていく。

 そこから先は怒涛の展開だった。

 順路に従って入った小さな小部屋で白い服の女に追いかけられ、進む先々で怪音やうめき声に襲われる。


「やべぇ……俺本当無理かも」


「何言ってんのよ、今更! 私だってもう出たいよ!! ていうか、ねぇ。この部屋。あそこの通路通らなきゃいけないけど、絶対何かいると思うんだけど……?」


 散々叫び周りながら辿り着いたのは、かつて女性が自室と使っていたような6畳ほどの部屋だった。

 アンティークな家具が整然と置かれているが、部屋全体が煤けており、カーテンも衣類もぼろぼろに朽ち果てている。

 ベッドの側にある扉から次の順路に進むようだが、そのベッドはあからさまに何かがいることを匂わすように盛り上がっている。


「マジかよ……絶対いるじゃん。……とにかく走ってドアを開けるしかないな」


「あーもうやだやだ怖い。足震えて走れないよ」


 美沙が恐ろしさのあまり涙声で呟くと、雄吾の右手が美沙の左手を強く握り、思い切り走り出した。

 そのままドア目掛けて進み、予想していた通りベッドからがばっと起き出した脅かし役に2人で声をあげながら、ドアを開けてそのまま細い廊下を一目散に駆け抜け、気が付けばその勢いで出口へ飛び出していた。

 突然の日の光に目の前が真っ白になり、思わず目をきつく瞑る。

 雄吾はまだ美沙の手を握ったまま、目の前で茫然と立ち尽くしているように見えた。

 

「やばい、俺腰抜かしたかも……。体が動かん」


 それを聞いた美沙は、思わず噴き出した。


「はいはい、とりあえずどこか座って休憩ね」


 雄吾の背中を押し、近くのフードコートに誘導した。

 教えている間、しばらくは足の動きが重かった雄吾だが、そのうち平常心を取り戻したようだ。

 フードコートの中に入ると、バツが悪かったのか、自ら飲み物調達を買って出た。

 広いフードコードはそれほど人もおらず、雄吾はすぐに戻ってきた。


「奥村、大丈夫?」


「あー……わりぃ。俺、全然平気だって自信があったんだけど、そういえばお化け屋敷とか初めてだってことに今更気付いたわ」


 雄吾から受け取ったコーラを飲みながら、美沙は思い出したように笑う。


「奥村、本当にかっこ悪かったよ。奥村があんまり怖がってるから、私の方が意外に平気だったもん」


「だよな。俺も、この姿は会社の人に見せられないわ」


「出口に着いたら強引に連れてきたことの文句を絶対に言おうって思ってたんだけど、奥村が面白すぎてどうでもよくなっちゃった」


 美沙は、おかしくてたまらないといった様子で雄吾の目の前で口元を押さえる。

今日はとにかく笑っている気がする。それも、相手を意識することのない自然体な笑いだ。

宗太と話すのも楽しいが、それはどちらかと言うと「幸せ」の感情から来るものだ。雄吾との時間は、ひたすら美沙がありのままでいることを許してくれる。

その様子を見たじっと見つめていた雄吾は、そのうち「出るか」とだけ言い、席を立ち上がった。

 当てがあるのか、そのままふらふらと園内をゆっくりと歩いて行く。

 

「奥村、どこ向かってるの? 次何か乗りたいものあるの?」


 美沙が後ろから呼びかけるが、聞こえているのかいないのか、雄吾はただ歩いているだけだ。

 雄吾の向かっている先が従業員のバックヤードと思われるところに近づき、人気がなくなったところで美沙がいよいよ声をかけようとした時、雄吾がおもむろに振り向いて美沙の瞳を真っすぐに射貫く。


「奥村?」


「中野、俺と付き合わない? 」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ