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始まりの日

初投稿です。

恋って時々、理性や倫理観を以てしても、どうにもならなかったりするよなぁなんて思いながら書きました。


 朝からしとしとと降り続いていた雨は、夕方のうちに、薄暗い色の雲と共にどこかに去ってしまったらしい。

 オフィスを出て慌てて傘をさそうとした美沙は、乾き始めているアスファルトの地面を見て小さくよしっと呟いた。ベージュピンクのパンプスはおろしたてだったが、水撥ねで汚さぬよう、細心の注意を払いながら小走りで駅へと向かう。

 19時の待ち合わせだったが、予想外に仕事が立て込んでしまい、会社を出るのがギリギリになってしまった。高校時代からの親友との食事の約束だが、今日だけは遅れるわけにはいかない。

 今日は親友が彼氏を連れてくるのだ。

 美沙は、ちょうど到着した目的地方面の地下鉄電車に飛び乗った。

 ドア際にポジションを取って背を預けると、ドアに映り込む自分の姿を見て、乱れたセミロングの髪の毛をさりげなく整える。

 お互いに彼氏ができたら紹介しあうというルールを決めたのは親友だ。彼女は、自分の好きなものは何でも好きな人と共有したがる。

 正直なところ、美沙はそれほど社交的なタイプではなく、初対面の人間といきなり顔を突き合わせて会話をするのは苦手だ。自分の趣味も自分ひとりで楽しめればいいし、恋人を友人に紹介するなんてことも、親友から提案されるまでは考えたこともなかった。

 しかし、彼女の言うことはどんなに美沙の価値観と異なっていても、自然と受け入れることができた。理由はない。ただ心からの親友だからだ。

 だから知り合って十数年の間、美沙は付き合うことになった男性を何度となく親友に合わせたし、モテる親友はそれ以上の頻度でこうした食事会を設けることになったのである。


「美沙、こっち!」


 落ち着いた店構えの和風居酒屋に足を踏み入れたところで、すぐ手前の半個室から親友の顔が覗いていた。

 美沙は小さく舌打ちした。やはり遅刻してしまったか――。

 

「彩乃、ごめんね遅れて」


 美沙は慌てて半個室の暖簾をくぐる。

 目に飛び込んできたのは、そんな美沙を立って出迎える男性の姿だった。

 背がすらっと高く、すっきりした顔立ちに整髪料を使っていないサラサラとした黒髪。石鹸の香りでもしそうな清潔感のある男性だ。控え目で柔和な笑顔に好感が持てた。

 

(うわ、イケメン――――)


 美沙は息を飲む。男性の向かいにいた彩乃が声を掛ける。


「お疲れ様! 座って。私たちも今着いたばっかりなの。」


「あ、うん」


 美沙は返事をしながらパンプスを揃えて脱ぐ。見たところ、どうやら目立った汚れはついていないようでホッとした。


「美沙、ビールでいいよね? すみませーん、生ビール3つでお願いします!」


 彩乃は美沙に形ばかりの確認を取ると、店員を呼んで注文をする。そのまま彼氏と思われる男性の隣へ移動したので、4人掛けの席に、美沙と対峙するように男性と彩乃が座る形となった。


「あの、本当に遅れてごめんなさい。私、彩乃の高校時代からの友人の中野美沙です。えっと……」


「木村宗太です。中野さんのことは彩乃から毎日のように聞いているから、何だか初めて会った気がしませんね」


 目の前の木村宗太が、最初に見せた柔和な笑みをさらに深める。


「確かに。私も木村さんのことは色々前情報仕入れてるので、前からの知り合いみたいです」


 美沙も笑みを返す。宗太のように綺麗な笑顔だったかは自信がないが。

 

「ふふ、じゃあ私の作戦は成功だね。人見知りの美沙が緊張しないように、そうちゃんの話題は事前に美沙にたくさん提供してきたんだから」


「げっ……彩乃、お前一体なんの話したの……?」


 目の前の恋人達の仲睦まじい様子を、美沙は目を細めながら見つめた。

 親友である酒井彩乃は、高校時代から少しも変わらない。

 見た目通りフワフワと愛らしく、それでいて自分の容姿に驕るような態度は一切取らない。……というより、周りの人間から自分がどのように見られているか、今も昔もあまり意識したことがないようだ。

 可愛らしい容姿に天然培養の純粋な性格は、ともすれば同年代の女性からはあざとく見られ、高校時代はよく苛められたものだ。

 しかし、酒井彩乃という人間と真剣に向き合えば分かる。彼女は人間関係において、損得勘定や打算で動くことなどない。

 木村宗太も、表面的な彩乃ではなく、そんな彼女の内面を深く理解して付き合っているように見えた。


(美人は性格悪いっていうのが世の理っていうのに……彩乃ったらずるい)


 性格も良く、こんなに素敵な彼氏まで手に入れるとは――。

 美沙は目の前で幸せそうに会話を交わす恋人達を見ながら、軽い嫉妬心を覚えた。美沙はもう2年以上恋愛に恵まれていない。

 しかし、同時に彩乃の幸せを強く願ってしまうのは、彼女という人間の魅力が成せる業なのだと思う。

 やっぱりずるい――美沙はあらためてそう思った。


「彩乃からは色々聞いてます。取引先と言った新宿二丁目のゲイバーで大人気だとか、犬が苦手なのになぜか散歩中のワンちゃん達に懐かれちゃうこととか」


「彩乃、何で中野さんに俺の変な話ばっかりしてるの…」


「美沙は私の親友だもん。彼氏のかわいいところは美沙にも知っていてもらいたいの」


 彩乃は悪びれない様子でニコニコと話し、それを見て宗太も諦めた様子で苦笑する。


「ごめんなさい、木村さんのカッコいいところもちゃんと聞いてますよ。とっても優秀な営業マンで、優しくて料理も上手なんだって、耳にタコができるほど」


「えっ……いやそんな……。って俺、せっかく褒められたのに謙遜しちゃダメか。中野さんは仕事も頑張ってて、しっかり者で優しいんだって彩乃は言ってますよ」


「3人姉妹の長女なので、何となく自分がしっかりしなきゃっていうところはありますね。彩乃のふにゃふにゃしたところなんて、私の妹を見てるみたい。……そんな彩乃の彼氏だから、どんな人なんだろうって思ってましたけど、実際木村さんにお会いしたら思ってた以上に素敵な人でびっくり。彩乃、本当に良かったね!」


「ありがとう、美沙!」


 美沙に認められたのがよっぽど嬉しいか、彩乃が満面の笑みで答える。

 そうするうちに、店員がやっと注文していた生ビールをテーブルに置き、皆がグラスを取ったところで彩乃が乾杯の挨拶を買ってでる。


「それでは、美沙とそうちゃんの出会いに、それから3人の友情に~~、乾杯!」


 ――この時はまだ、この言葉が後に冗談では済まなくなることなど、言った張本人の彩乃をはじめ、美沙も宗太も、誰も想像してはいなかった。

 それほどに、ただひたすら楽しく穏やかな時間だった。

 

 

 


 


 




 


 

 


 





 

 


 


 


 

 




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