逡巡する心と『私』の正体
「うぅ‥‥あんたが‥‥」
村人達が言葉を失った。
「そうよっ!私が『魔女』よっ!これでハッキリしたでしょっ?!だから『殺す』のなら、私を殺せばいい!そして‥‥っ!早く私の子供を降ろしなさい!」
エイラが声を張り上げる。
「な‥‥お母さん‥‥?」
隣で十字架に縛り付けられている長女のエリザベートが、呆然とエイラを見つめる。
エイラは『それ』に気づくと視線を愛娘の方に向け、ふっ‥‥と悲しそうに、だが優しく微笑んだ。
そうか‥‥何という事を‥‥!
『私』は、そのエイラが見せた一瞬の表情に隠された『意図』に気付いた。
エイラは、自分を犠牲にすることで『二人の娘』を助けるつもりなのだ‥‥と。
だが、『その告白』は真実ではなかった。
そう、『私』が宿っているのはエイラではない。
全くの別人なのだ。
違う。
違う‥
そうじゃ無い!
『魔女』はエイラじゃぁ無い!
魔女は‥‥魔女の正体は‥‥っ!!
身体がガタガタと震えるのが分かる。
『私』は自分に問いかけた。
いいのか?このままで良いのか?本当に良いのか?
此のままエイラが『魔女』として殺されれば、確かにそれで場は収まって『私』は死なずに済むかも知れない。
だが、それで本当に良いのか!?
『私』はそれを善しするのか?
『私』は真実を告白すべきではないのか?!そう、『あの時』逡巡したようにっ!
けど‥‥けど‥‥真実は尚も恐ろしい。
村人が真実を知れば、『私』は間違いなく殺されるだろう。それでいいのか?死んでしまうんだぞ?
このまま『黙って』さえいれば、『私』は助かるのだぞ?死なずに済むではないのか?
ああ、分かっているとも!
それでも、『私』は真実を告白するべきなのだ!
しかし‥‥
『私』に‥‥その覚悟と勇気はあるのか‥‥
涙が。止めどもなく涙が溢れ出てくる。
ポツリ‥‥ポツリ‥‥
雨が降り始めた。
この世に『神』なる者が居るかどうか、『私』は知らない。
しかし。
嗚呼、全能にして敬愛する我が『神』よ。今だけはアナタの御名に頼らせてください。
この『私』に‥‥!
この無力で、卑怯で、意気地の無い、ただ震えて泣く事しか出来ずに立ち尽くす『私』に、どうか勇気をお与えください!
おお、そして『私』よ。
嘆くがよい、この卑怯者めが!
見るがいい、そのエイラの気高さを!
無実の身でありながら、我が娘を救わんとして己の生命を捨てる覚悟の、何と尊くも神々しい姿であることかっ!
『私』よ、自分自身に問うが良い!お前にあのエイラの半分も『生きる値打ち』のあろうものかと!
その時だった。
昂る感情の内に突如として『天啓』が降りてきた。
或いは、それは『悟り』と称すべきかもしれないが。
そうだ‥‥生きる者は何時か必ず死ぬものだ。
そして。死ぬべき時に死ねない命に、『生きる価値』なぞ有りはしない。
エイラが、『それ』を教えてくれた。
‥‥ああ、そうなのだ。きっとそうなのだ。
まさに『今日』が『私の死ぬべき日』なのだろう。
不意に、ふっ‥‥と肩の力が抜ける気がした。
「き‥‥聞いたか、村の衆!つ、ついに白状したぞ!エ、エイラだ!エイラが魔女だ!」
村人たちが再び叫びだす。
「だったら!」
何処かで大声が聞こえる。
「さっさとヤっちまえ!生かしておいたら、また誰かが『犠牲』になるぞ!そうなる前に早くっ!」
‥‥天国から見ているかい?『あの時』の娘達よ。
済まなかった。
本当に済まなかった。如何にして謝罪しようと、もはや救う事の出来ない生命よ。それでも『私』は今、心から詫びよう。
きっと『これ』は『罰』なのだろう。
保身のために、あなた達を見殺しにした『罰』なのだ。
ならば、その『罰』を甘んじて受けるのが『私』の責務であろう。
いや‥‥責務ではない。
これは‥‥『権利』なのだ。
『私』が、この世の理不尽や不条理と戦うために手にした『権利』なのだ!
ジャリ‥‥
自然と、足が一歩前に出た。
ああそうか。
『勇気』とは、こんなにも簡単なものだったのか。
何で気づかなかったのだろう。
こんな事なら、もっと早くに『この一歩』を踏み出せば良かった。
「殺せぇぇぇ!」
その絶叫に後押しされるように、槍を構えた村人がエイラを襲おうとしている。
エイラは十字架に磔られたまま、静かに眼を閉じていた。
「やめろぉぉぉぉ!」
『私』は思わず、今にも槍を突き刺さんとする村人を突き飛ばした。
「な‥‥何をするんです‥‥」
村人が呆気にとられて『私』を見ている。
「何をって‥‥?決まってるだろう!彼女達を守るためだ!」
「何故ですか!何故『あなた』がそんな真似を!彼女は『魔女』なんですぞ!」
『私』は三人の前へ仁王立ちになり、大きく両手を広げた。
「関係ないっ!例え私が『司祭』であろうとも!何故なら‥‥私が本物の『魔女』だからだ!」