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RAIN~レイン  作者: 潜水艦7号
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迫りくる死の恐怖とその勇気

『私』は酷く動揺していた。


何が起こったのか、全く理解出来ていなかった。

いったい、どうしたと言うのだ!


昨日まで。

そう、ほんの昨日まで『私』は無事平穏に暮らしていたではないか!それがどうして突然、こんな事態になってしまったのだ‥‥


広場は大騒ぎになっている。


「こ‥‥これは何の騒ぎですか!」

司祭が大声で叫ぶ。


「危ねぇ!」

背後から何者かが司祭を羽交い締めにする。


「司祭様、それ以上アイツらに近寄っちゃぁなんねぇ!」


うっ‥‥と、司祭が背後を見やる。

「待ってくれっ!せめて何があったのか教えてくれ!」


「『魔女』ですよ、『魔女』っ!『あの三人の誰か』が魔女なンすよ!『あの』、山向うの村に出たって噂のっ!あの魔女なんで!」


「うぅ‥‥」

思わぬ剣幕に、司祭が怯む。


赤く燃える松明に照らされた村人たちの顔は、恐怖と怒りに支配されていた。


「き‥‥君たちは何の話をしているんだ!」

司祭が背後の男を振りほどこうとすると。


「芝居は止めてくださいっ、司祭様!」

眼の前に現れたのは、アクセル保安官だった。


「な‥‥アクセルさん‥‥」


「わ、私は『保安官』だっ!この村を守る使命があるっ!だが、あなた達『教会』はどうだ?!50年前も今も、自分たちの体面を守る事しか考えていないではないか!だがら、私はシルバに頼んで『伝達』して貰ったんだ!」


震える声で、アクセルが司祭を睨みつける。

「‥‥村長は日和見主義で『詰問には反対だ』とか言ってたんでな。上手く言いくるめて司教様とネロさん共々、家から出てこないように見張りが立ててある‥‥これで邪魔は入らないぞ!」


「あなた達は!自分が何をしているのか分かっているのか!魔女の話は、まだ『仮定』でしか無いんだぞ!? その3人をどうするつもりなんだ!さぁ早く降ろすんだ!」


必死に叫ぶ司祭の声は。だが、もはや村人に届くことは無かった。


「グズグズするな!さっさと魔女を始末しろ!」

人だかりの後ろから怒声がする。


「いや待て!いいか、皆の衆っ!『山向うの村人の話』によると、魔女は離れた相手には『乗り移れない』らしいぞ!絶対に近寄っちゃぁならん!遠間から『槍』で刺し殺すんだ!」



‥‥なんて事だ‥‥『そんなこと』まで知られていたのか‥‥

『私』は驚愕した。

いつの間にか、その秘密すら理解されていたとは。

‥‥なるほど、だから『あの時』も槍で追い回されたのか‥‥これはマズイぞ‥‥


焦る。

どうしようもなく焦る。

演技でも何でも無く、手足が震える。


こ‥‥この状況は‥‥何処かで『覚え』がある‥‥?


基本的に『私』は以前の宿主の記憶を失っていく。

だが、あまりに強烈な『経験』は自身の魂に深く刻み込まれるらしく、頭の片隅から滲み出るように思い出す事があるのだ。

『この光景』も、きっと『それ』だ。何か強烈な『想い』が魂に残っている。


「誰だっ!?誰が『魔女』なんだ!」

誰かが大きな声で問いただしている。


「エイラじゃねぇのか!エイラは昔からジュゼッペ爺さんの事を『自分の親のようだ』って言ってたぞ!」


「いや待て、『残り寿命』を考えるとハンナが一番怪しいぞ!何しろハンナは昔から司祭様を怖がって居た!もしかしたら以前に殺されかけたせいで、反射的に教会を恐れてるんじゃねーのか?!」


「待て待て、エリザベートも怪しいぞ!エリザベートはこの一年で急激に成長した!もしかしたら魔女が早くに力をつけるために、そうしたんじゃねぇのか?!」


疑心暗鬼。

一度(ひとたび)心に宿った『鬼』は、人を容易に凶悪な悪魔へと変貌させる。


「くそっ‥‥面倒くせぇ!どうせ白状なんかしねぇんだろ!?だったら‥‥全員『ブッ殺す』で、いいじゃねぇかぁ!」


おぉぉぉ!と一斉に雄叫びが上がる。

「殺せぇぇぇ!殺せぇぇぇ!ヤっちまぇ!」




‥‥ああ、そうだ‥‥この『感覚』だ。

あの、凄惨な光景を『私』は思い出してしまった。



どれほど前の事か定かではないが、もう何代も前の事だ。

『あの時』も、パニックになった村人たちが娘達を次々に磔にし、そして『火炙り』にしたのだった。


不幸な。何と不幸な事だったか。


『私』はあの時、磔を逃れていた!

つまり、無残にも磔にされ、焼き殺されてしまった『彼女たち』は全員が『無実』だったのだ。


‥‥なのに、当事者たる『私』はそれを知っていながらも『真実』を名乗り出る事をしなかった。


分かっている。

『私』は真実を語るべきだった事を。

『違うっ!彼女達じゃないっ!魔女は私なのだ』と、名乗り出るべきだった事を。


そこで『無言』を貫いた事が、軽蔑にも値しないほど卑劣な行為で有ることは『私』も重々承知している。


‥‥だが、『私』の身代わりとして泣き叫びながら火焔に焼かれゆく、その恐ろしい姿に『私』は心の底から恐怖し、『魔女』を名乗り出る事が出来なかった。


何という‥‥何という愚かで身勝手な話だろうか‥‥


そのせいで無関係で善良な多くの娘達が、非業の死を遂げたではないか!

『私』は‥‥『私』はまたアレを繰り返すのか?無関係な人間を巻き込むのか?


‥‥もう二度と、あんな悲劇を繰り返してはしてはならないのではないのか?


『私』は‥‥



「何をしている!早よぉ殺せ!魔女が逃げるぞっ!」

怒声があちこちから飛び交っている。


その時だった。


「‥‥私よっ!私が『魔女』よっ!そうよ、私が『魔女』なの!だから‥‥だから、他の二人を解放してあげてっ!」


村人たちが一斉に静まり返り、声のする方を向いた。


「私が魔女である」そう名乗ったのは、


エイラだった。

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