露見する仔細と崩れる目論見
「『あえて』というか‥‥それでも、その話をするという事は余程の確証が?」
司祭が尋ねる。
「うむ‥‥何しろ、ここからが『ネロさんの話』なのだ」
司教が、ネロの方に向き直る。
「話をしてくれ給え」
「へ、へぇ」
ペコペコと頭を下げながら、ネロが語り始める。
「じ、実は6年前のことでさぁ。あっしの村に『ローゼ』ってぇ名前の少女が居やした。髪の長い可愛らしい娘さんでやした。
そんで、事件が起きたのは6年前なんで。『その日』、その娘が『暴れ馬に後ろ足で蹴られる』という事故が起きたんで」
「‥‥それは大変でしたね。馬の後ろ足で蹴られるのは、生命とて関わる事故ですから」
司祭が顔をしかめる。
「で、ですが『その時』はそれほどの怪我では無かったんで。確かに腹ぁ蹴られたんで『呼吸が苦しかっただろう』たぁ思いやすが、骨や腸がヤられるほどの外傷じゃぁ無かったですわ。ところが‥‥」
ネロは、一呼吸置いてから続けた。
「皆が駆けつけてすぐに、ローゼは『呆気なく死んでしまった』んで。だもんで、皆して『ショックが大きかったんだろうか?』と首ぃ捻ってたんですわ。ところが、それから『おかしな事』が起きた始めたんで!」
ネロの眼は、まるで救いを求めるかのように怯えていた。
「おかしな事‥‥ですか?」
司祭が尋ねる。
「へえ、ローゼが『死んだ』時に皆と一緒に居た『ヘーゼル』てぇ若い女が『変になった』って噂になって」
「変‥‥?とは」
「信じられねぇことに『自分の家を間違えて、ローゼの家に帰ってしまう』とか、自分の親の名前が言えないとか‥‥み、皆んな『気味が悪い』と言い出して‥‥」
司祭は、背中に冷たい物が走るのを覚えた。
「まさか‥‥」
「ま、『魔女は不死だ』と言いやすが、良く考えてもみなせぇ。誰だって歳ぃ取って容姿が衰え、そして最後は死んじまうもんでさぁ。そんな中で『一人だけ』が歳も取らず、死ぬ事もなかったら?そんなヤツぁ『目立って』仕方ねぇや!
けど、『乗り移る』んだとしたら?『死ぬ時に他人へ乗り移ってしまう』んだったら?そいつぁ永遠に『死なない』ことになるってモンで!」
先程までのオドオドした様子とは異なり、ネロは一気呵成に喋り続ける。
「け、けども『記憶だけぁ上手く引き継げない』ンだとすれば『辻褄が合う』ってもんでさぁね!」
まさか‥‥そんな事が‥‥
司祭が横を見ると、アクセル保安官も真っ青な顔をしている。
「つまり最初の娘の身体を乗っ取っていた『魔女』が、馬に蹴られた勢いで慌てて次の娘に乗り移ったってぇことになるんじゃねぇのか?と噂になって!」
俗に『人の口に戸は建てられない』という。
まして、それほどの『大きな話』となれば村人の間で『あっという間に広まった』としても不思議はあるまい。
「‥‥で、その『ヘーゼル』とか言う女性はどうなったのかね?」
慎重に、アクセルが聞く。
「そ、そんでもって皆んなで『本人に問いただそう』ってぇ事になりやした!最初の内こそ『ヘーゼル』も『知らぬ存ぜぬ』で誤魔化してやしたが、どうにも『本来のヘーゼル』の記憶が出てこないモンでやすからね?追求の手も厳しくなる一方で、ついに‥‥」
ゴクッと、ネロが唾を飲み込む。
「最後には『自分は魔女だ』と認めやした」
足が震える。
全身に鳥肌が立つのがわかる。
うまく言葉が口から出ない。
司祭は自分がどうして良いのか分からなくなり、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「し‥‥信じられません‥‥」
「それで‥‥、その女性はその後、どうなったんだね?」
アクセルが重ねて問いただす。
「それが‥‥言い難い話なんですが、皆んな『魔女を生かしておいたら、次はオレ達が乗っ取られて殺される番だ!』ってパニックになっちまって‥‥槍を持ち出して追い回しやした。その‥‥かなり手傷を負わせたと思いやす。そのまま『魔女』は山奥深くに逃げたんで」
気づけば、ネロはまたハンチング帽を両手で強く握りしめていた。
「それがつまり‥‥」
司祭が唸った。
「へぇ、恐らくその『白骨死体』ってのが、魔女なんじゃねぇかと。何しろ相当な深手を負ってた筈なんで」
いやしかし、だとするとだ。
そこには大きな問題が残る。
何しろ魔女は山小屋脇の地中深くに埋まっていたのだ。
では誰がヘーゼルを『埋めた』のだ?
そう、山小屋の主だった『ジュゼッペ爺さん』が『埋めた』と考えるのが自然だろう。
だがジュゼッペ爺さんは『その事』について何も語っていない。
であれば、『魔女』はヘーゼルからジュゼッペ爺さんの身体へ『乗り移った』と見てよかろう。『自分の正体』を隠すためには『喋る』訳にはいかないからだ。
だが、当のジュゼッペ爺さんはすでに病死して、この世にはいない。
‥‥では、ジュゼッペ爺さんに乗り移っていた『魔女』は何処へ行ったのだ?
ジュゼッペ爺さんが『死んだ時』に、その周りに居たのは‥‥?
「うぅっ‥‥!」
司祭が言葉を失う。
ジュゼッペ爺さんが死んだ時、その近くには自分の他には『エイラと2人の娘』が居たはずだ。
「う、迂闊な事は、い、言えませんが‥‥!」
司祭自身も声が上ずるのが分かる。
そんな司祭をジロリと睨むと、司教が口に人差し指を立てた。
「そう、拙速はならんぞ?だが上手くして、その『魔女』とやらを捕まえる事が出来たなら、我々は50年前の恥辱を濯ぐ事とて出来るかもしれん。何しろ教会の『正当性』を証明出来る訳だからな‥‥」
その時。
窓の外でひっそりと聞き耳を立てている人物が居る事を。
司祭は、気づくことが出来なかった。