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RAIN~レイン  作者: 潜水艦7号
2/12

安息の日々は束の間としても

「‥‥司祭様、芝生の手入れですか?お精が出ますね」

教会の庭の外から女性の声がする。


「ああ‥‥これはこれは、エイラさんでしたか。何しろ晴天に恵まれましたからね。これも神様のお恵みなのでしょう。‥‥ところで、今日はどちらまでお出かけでしたかな?」

司祭は立ち上がって軽く会釈をした。


「ええ、今日は皆で山の方に薪を取りに行ってましたの」

エイラが振り返ると、そこには二人の娘も立っていた。


「こんにちは、司祭様」

ニッコリと笑ったのは長女のエリザベートだ。


そして、母親であるエイラの足に隠れるようにして司祭を見ているのが、次女のハンナだった。


「こら、ハンナ!チャンと司祭様にご挨拶なさい?」

エリザベートがハンナを促すが、ハンナはエイラの引いてきた荷車の後ろに隠れてしまった。


「やぁ‥‥どうも相変わらず、嫌われてていけないね」

司祭が苦笑いをする。


理由はわからないがハンナは小さい頃から司祭が苦手らしく、こうして逃げてしまうのだった。


「すいません、司祭様」

エイラが済まなそうに言う。


「いえいえ。どうぞお気になさらず。それにしても薪を集めるのも、さぞかし大変でしょうに。何かあれば言ってください、私で力になれれば何なりと手助けしますよ?」


エイラは旦那を病気で無くしていて、女手ひとつで娘二人を育てているのだ。その苦労も一通りではあるまい。


「勿体無い事で‥‥ありがとうございます」

エイラが手を組んで頭を下げる。


「薪を取るのも大事でしょうけど、どうぞ気をつけてくださいね?最近は山も荒れ気味なので、土砂崩れの危険もありますし。猟師だったジュゼッペさんが生きててくれた時には、土留の補修にも気を配ってくれたのですが‥‥」


司祭が遠い眼をする。


「そうですね、あの方はそういう処で本当に細やかな方でしたから。‥‥ご病気で亡くなられて、もう1年になるかしら」

エイラがハンナの方を見やる。


「確か、この子の7歳の誕生日が近かったから。多分そうね」


「私も、あの時の事は覚えてるわよ?だって、ハンナを連れて山まで歩いたんだから」

エリザベートがエイラの腕を引っ張った。


彼女はハンナと5つ離れているので、今年で13歳になる。


「ああ、そうだったわね。あの時は三人共一緒に居たからねぇ。そう言えば、村まで司祭様を呼びに行ってくれたのも、エリザベートだったわね」

エイラが眼を細めた。



‥‥そうだった。

『私』の生命を救ってくれた『ジュゼッペの身体』も、結局そう長くは持たなかった。『あの時』から5年後には、死の病が『私の身体』を襲ったのだ。


だが、『今回』の乗り移りは前回の時を思えば遥かに『楽』だったと言える。

何しろ床に伏して動けない身であったものの、最期の瞬間に『この身体』が居てくれたのだから。


思えば、あれからもう1年になるのか。どうりで『ジュゼッペだった時の記憶』が怪しくなっているハズだ。

いつも通りなら、あと2年もすれば完全に『ジュゼッペ』の記憶は『私』から消えて無くなる事だろう。


何事もなく。

そう、何事もなく此のままで。このまま無事に過ごしたいものだ。


何しろ、もう『あんな思い』は二度と御免だ。

痛くて、辛くて、寒くて、怖くて、そして何よりも悲しくて。


そのためには徹底的に『隠す』のだ。何がなんでも。

『私』が『この身体』に隠れているのを、決して悟られてはらない。


例え何があったとしても、何を言われたとしても頑として口を割ってはならない。

何故ならジュゼッペの『前』は、それで失敗したのだから。


『前』の『前』だから細かい事情は覚えていないが。

鋭く絶え間ない追求を前にして、ついには『私』が『魔女』成るものであることを白状してしまった事だけは記憶している。


その結果が、あのザマなのだ。

もう二度とあんな失敗を繰り返してはならない。

絶対に、絶対にだ。


「‥‥ところで、エイラさん?」


「え?ああ、司祭様。はい、何でしょうか?」

エイラが慌てて返事をする。


「大丈夫ですか?少しボウっとしてらした様ですが?」

司祭がエイラの顔を伺う。


「いえいえ!大丈夫ですわ。『この子達も大きくなったな』と思ったら、少し気が抜けちゃって」

ははは、とエイラが頭を掻いた。


「もう!しっかりしてよ、お母さん」

エリザベートがエイラの腕を引っ張った。


なるほど、エリザベートの身長はエイラとほぼ変わらない迄になっている。

特にこの1年での成長は著しいと言える。『大きくなった』と言えば、その通りかも知れない。


‥‥思い返してみると。

『幸せ』という概念を、これまでの『私』は感じた経験が無かった。


『私』が誰に宿っているのかを明かすことは出来ないが、こうして『暖かい瞬間』に立ち会えると、本当に『嬉しい』と心から思う。


何時までも、この瞬間が何時までも続くと良いのに。

『私』は心からそう願って止まなかった。

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