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異世界鳥獣人物戯画  作者: エンペツ
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C-8「母フェンリル」

太古の森

 いつからそこにあったのか、世界樹を真ん中に据えた、昔からその姿を変わらずに残す広大な森。

 大賢者が作ったとか、一日で出現したという大昔の文献も残っているが、森の全容と共に真偽のほどは誰にも分からないとされている。

貴重な薬草や植物が自生し、一時期それらを求め一攫千金を夢見た多くの者達が森へと向かったが、森の始まりから人にとっては強力な魔物や魔獣が跳梁跋扈し、強者でさへ森の浅い部分で命からがら逃げ帰って来たという。

 ある者は仲間を、ある者は体の一部を、ある者は正気を失い、森の奥へと入れた者は誰もおらず、森がどうなっているか詳しく知る者はいない。人々が畏怖の念をもってそう呼ぶ森。

 だが不思議と太古の森から、強力な魔物や魔獣達が出てくることはなかった。もしかしたら何かを守っているのかもしれない、ダンジョン化しているのかもしれない、そんな嘘か本当か憶測が流れた。

 ダンジョン化の噂を信じた大昔の国が森へと軍隊を派遣したが、誰一人帰ってこなかった。そのせいで兵力が激減したその国は他国に侵略され滅びたという話もあり、国によっては太古の森へ入る事を禁ずるなど、太古の森は触れてはならないものとして暗黙のルールが出来ていた。そんな世界樹を中心としたその周りの森。

 世界樹に近づく程に強力な、人の世界において伝説や神話として語られるような、そんな魔物や魔獣が日々生存競争に明け暮れている森。

そんな森の一角に一人と一匹はいた。色々自分の能力を実験しながら進む一人と一匹。いつもは色々な音であふれるこの森も、この人間が森に現れてからというもの静寂に包まれていた。あれだけいる魔獣や魔物も今は何処でどうしているのか。まるでこの人間の関心を買わないよう息をひそめているかの様だった。


太古の森には大雑把に分けた東西南北にそれぞれの地域を縄張りにするヌシがいる。東は猪、西は白虎、南はフェンリル、北はドラゴン。と大昔に大賢者が様々なモンスターを連れてきて、適当に配置してほったらかしていたら、生存競争に勝った者達がいつのまにか棲み分けをし、それぞれに勢力を築き鎬を削っていた。そんな森のヌシ達は森の中心から突然現れ、急に消え、また現れ消え、また現れたと思ったら消えて、消えたと思ったら現れた強力な気配にそれぞれの反応を表していた。東の猪は気配の方に鼻を向け鼻をヒクヒクさせ様子を伺っていた。西の白虎は毛を逆立て落ち着かない様にウロウロしていた。南のフェンリルは初めこそ狼狽たが死にかけていた自分の子供がその強力な気配の庇護下に置かれたことに少し落ち着きを取り戻した。北のドラゴンの中で若いドラゴン達は好戦的で今にも飛び出して行きそうなところを古いドラゴン達が押しとどめていた。


そんな状況を知ってか知らずか山田と金太郎は道を作りながら進んでいた。道を作るのになれた山田は、少し大きなサイズになってもらった金太郎の上で仰向けになり、頭の下に手を入れ枕がわりにし、左膝をたてそこに右足を組んだ4の字スタイルで寝転びながら、周りに丸くフヨフヨと浮かばせたコーヒーをストローで吸いながら物凄くリラックスした状態で、時々思いついた様にその辺の物を鑑定しながら進んでいた。


「ただの草かと思ったら、結構薬草なんだよな〜」


右足が機嫌よくチョンチョンとリズムを取る様に動いていたが、何かに気づき起き上がると、後ろや周りをキョロキョロと見回した。


「何かが着かず離れずについてきてる気がするけど、何だ?金太郎わかるか?」


金太郎へ問いかけると金太郎から、ここは自分の母親の縄張りで、それは部下の魔狼達だと伝わってきた。


「何だやっぱり魔獣的なのはいるんだな、あんまりにも静かだからちょっと拍子抜けしてたんだよな〜」


山田は何となくそっちに魔狼がいるんじゃないかと思う方へと顔を向けるが、実際そっちには何もいなかった。


「お前の母ちゃんが心配して様子を見させにきたか・・・・・」


腕を組んでうーんとうなると、閃いたとばかりにポンと手を打ち


「よし!じゃあいっちょ、おまえんちに行って挨拶するか」


金太郎はワン!と返事代わりにひと吠えすると、その場に止まり、顔を上に向けワオ〜ンと遠吠えを始めた。山田は突然の大きな声に耳を塞ぐ。暫くするとそれに呼応するかの様に離れた所から遠吠えが聞こえ、どんどんと増えて広がっていき、遠くの方からも聞こえてくる。


「おお〜なんか凄いな、そうやって連絡してんのか」


山田は、お、あっちから聞こえる、お、次はこっちから、と何が楽しいのか、遠吠えのする方へいちいち顔を動かし、合間合間に周りに浮かしているコーヒーを飲んだ。一度遠吠えが途切れたかと思ったらまるで返事をするかの様に遠吠えが帰ってきた。それを聞いた魔狼達は何処かへと去って行った。


「あ、狼だっけ?気配みたいなのがなくなったな」


遠吠えが聞こえなくなり狼達が立ち去ると、金太郎は右へと進路を変えて進む。


「お、そっちに家があるのか」


適当に道を作りつつ、しばらく進むと大きな岩が陣取る広場が出てきた。その岩に光が差し込み神々しさを放っていた。しめ縄でも巻いたらしっくりきそうだな〜なんて思いながら視線を移すと、その岩の前に、金太郎の元のサイズより一回りほど大きな、くすんだ黄金色の犬がお座りをしていた。その周りにいる10匹ほどの魔狼達もお座りをしてこちらの様子を伺っていた。


「あれがお前の母ちゃんか?でっかいな〜」


ワンとひと吠えする金太郎、山田はもしかしてこの状況は不味いのではないかと考える。自分の息子の上に、どこの誰とも知れないちっさな人間が、まるで主人かの様に偉そうに座っているのを見たら、その息子の体が小さくなっていて首輪までしているのを見たら、母親はどう思うだろうかと。


「そういえば眷族とかいうのになってるんだったっけか」


山田は争いごとになるのを覚悟しグッと握った拳を見つめながら気合を入れる。ドスンっと大きな音と振動がしたのでそちらに視線を移すと、何故か母フェンリルと狼達が一斉に腹を見せていた。山田が軽く気合を入れた事で圧力が増したフェンリルが腹を見せるくらいには。


「これって犬と同じなら服従のポーズだよな?急に何でだ?」


山田は不思議に思いながら、まあそういうもんなんだろうと、金太郎の背中に立ち上がり、とう!っと金太郎から飛び空中でぐるぐると何回転かして母フェンリルの前に着地する。ピッと足元からなった音に少しビクッとする母フェンリルと魔狼達


「やっぱでっかいな〜。ちょっとサイズちっちゃくしていいか?」


腹を見せて寝転がっているとはいえ、見上げるほどデカイ母フェンリルに一応は聞くが、返事を聞かず<拡大・縮小>スキルを使いちょうどいいサイズにする。自分の体が小さくなった驚きと混乱でフリーズしている母フェンリルに構わず、撫でやすい位置になった腹をわしゃわしゃと撫でる。


「よーしよしよし」


しばらく撫でて満足した山田が手を離すと、なんとか自分を納得させた母フェンリルが起き上がりおすわりをする。周りの魔狼達もそれに合わせて起き上がりお座りをする。そんな母フェンリルに山田は


「お前達臭いし汚い。洗ってない犬の匂いがするぞ。毛先とかになんか土みたいな塊がぶら下がってるし」


左手で鼻をつまみ右手を顔の前でヒラヒラと降る。キョトンとする母フェンリルと魔狼達。それでも何か嫌な予感がしたのか耳がぺたんと垂れ下がり後ずさりしようと腰を上げようとするが山田は<作画>スキルを使い、母フェンリル達をその場から動けなくする。自分達が動けなくなったことに混乱し逃げ出そうとするが全く体が動かず声も出せずどうしようもなかった。


「今から君達を綺麗に洗おうと思います。異論も反抗も受け付けません。というか出来ません」


そう言うと山田は<デザイン>スキルを使い、自分の周りに右手左手をワンセットで10組20手ほど出し、空中に浮かばせていた。

何も持ってない手が4組8手。手を握ったり開いたり、指をワキワキさせている。シャンプーを片手に持ちノズル部分に手を置かせているのが2組4手。ブラシを両手に持ちナイフの様に振り回しているのが3組6手。ドライヤーを両手に持たせ銃を構える様にしたり、指にかけてクルクルと回したりしているのが2組4手と、男性の様なゴツゴツした手や、女性の様な細い手。マニキュアをしている手なんてのもあって少しこだわりを感じさせた。

その光景に母フェンリル達はギョッとするが身動きが取れない状態にどうしようもなかった。

そんな葛藤など知らねーよとばかりに、<作画>スキルでおすわりの姿勢から四足で立っている状態に動かして、しみない様に目を閉じて、<デザイン>スキルで温かいお湯の水球を作り、息ができる様に鼻先だけ出し母フェンリルを包み、少し空中に浮かせる。その水球の中で軽くお湯洗いするように水流を生み出すと、たちまちにお湯が汚れて真っ黒になった。そのお湯を<修正>スキルで綺麗にして、またお湯洗いしてというのを数回繰り返すとお湯はある程度汚れなくなっていた。

不安そうにしていた母フェンリルだったが、案外包まれたお湯が丁度いい温度で気持ち良いのか、はたまた諦めたのか、抵抗しようとする気持ちも力も抜けていた。


「まあ、スキルで簡単に綺麗に出来るんだけど、それじゃあつまらないしな、じゃあ始めよう」


山田はニンマリと笑いながらそう言い、母フェンリルを濡れたままに水球だけを<修正>スキルで消す。


「ちっさ!ほっそ!」


濡れた母フェンリルは別の犬かよってくらい、細く小さくなっていた。


「まあ犬とか猫みたいな毛で覆われてるのって、濡れるとびっくりするくらいちっさくなるよな〜」


なんて独言ると、一斉に手が動き出し母フェンリルへ向かって行く。シャンプーを持った手が母フェンリルの体を左右から挟むように、頭から尻尾へ移動しながらビュッビュッとシャンプーを飛ばし、何も持たない手がシャンプーの付いたところをゴシゴシと泡だてると、母フェンリルはたちまちに顔だけ残し泡まみれとなり、泡に包まれた新しい魔獣が誕生した。人差し指にふんわりとした泡を付けた手がその泡魔獣の鼻先に泡をピッと付けた。

ブラシを持った手がその泡魔獣の上をグルグルゆっくり回り、ドライヤーを持った手が逃がさないぞとばかりに四方を陣取る。

体のあちこちをマッサージするかのように優しく、ときに激しくと洗って行く手達。

不安と少し怖かった母フェンリルは思いのほかの気持ちよさ、ジェットコースターばりの状況の変化と、フリーフォールばりの感情の落差にどうしていいのかわからず、完全に茫然自失だった。




 


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