C-5「ペット?」
気を取り直し改めて森へ入ろうと足を上げた瞬間、もしかして創作物によくある魔物、魔獣といったモンスターとかいるんじゃないか?と、今更ながらふと頭をよぎる。
「いや、いないわけ無いよな、剣と魔法の世界ってくらいなんだから」
そう思って森を見ると、森の奥の影になっている場所が、獲物を待ち構えているモンスターのように見えてくる。ブルッと体を震わせる。
「いや、大賢者がこの体は高スペックって言ってたしな」
襲ってくるモンスターの1匹や2匹、ちょちょいのちょいとやっつけられるんじゃないかと、試しに近くの木へと向かう。成人男性が抱きかかえられないほどの太さの木肌を、ペチペチ叩く。
「悪いな、君には申し訳ないけど、俺の実験の為に犠牲になってくれ、決して君の死は無駄にしない」
そう言うと、拳を握り腰を落とし目を瞑る。ふう~っと長い息を吐く。全ての音が意識の彼方へ消える。カッと目を見開き、腰を捻り、握り込んだ拳を突き出す。
ペシ!
「いぎゃああああああああ」
気の抜けた音と痛みに山田は転げ回った。木は全く変わらずそこに佇み、山田の間抜けな姿を笑っている様だった。<修正>スキルを使いすぐに治す。
「なんだよ、どこが高スペックだよ、年相応じゃないか。あの時はあれだけ吹っ飛ばされても大丈夫だったのになんだよ。でも良かったよあんまりパンチ力なくて」
酷い怪我にならなくて良かったと、フーフーと拳に息をかけ、痛みの記憶を振り払う様に手を振りながら独言る。
自分の浅はかさを嘆き、やっぱり世界樹まで戻ろうかな、そこで絵でも描いて静かに暮らそうかな。何て考えるが、まあ、スキルの確認を行った今なら大丈夫だろうと、また浅はかに考え直す。
周りを警戒しながら森を進む。陽の光があまり届かず薄暗いが、取り合えず<作画>スキルを使って、邪魔な木を寄せたり、無理な場合は引っこ抜いて後で使えるかもと、木材にして脇に置いたり、道を作りながら暫くまっすぐ進む。するとむせかえる鉄の様な匂いが漂ってきた。
「うっわ~、来たよ来た来た来ましたよ。血の匂いだろこれ。やっぱりいるんじゃないの?モンスター的なの、これ何かやられちゃってるでしょ。まあ、ワンチャン鉄の体臭がするモンスターだな」
鉄臭さに鼻を抑えて、モンスターとかって血の匂いによって来るよなと思いつつ
「あ、鉄の体臭って冗談で言ったけど、そうやっておびき寄せたりする魔物とかいたりして・・・ん~どうしよう」
匂いのする方へ向かおうか戻ろうか考えるが、結局好奇心が勝り血の匂いの方へ向かう、スキルが使えるというのが山田の行動を大胆にしていた。
ゆっくりこっそり目の前の木の茂みを<作画>スキルで移動させながら中腰で向かう。茂みには根っこがあるので通った場所の土が盛り上がりそうだが、まるで水の中を進んでいる様に抵抗も無くスーッと進んでいく。茂みが通った場所も何も無かったかのように元のままだ。
「やっぱりスキルは大体のイメージで使えるのか、こいつは素晴らしいな~」
なんて能天気に考えながらどんどん近づいていく。流石に音のする靴は脱ぎ、それを手にはめている。が、ピンクの服は凄く目立っていた。靴も服も<修正>スキルで直そうとしたが、大賢者が何かしたのか発動はするが修正されなかった。服も靴も<デザイン>スキルで作ればいいのに、その考えに至らないのは余裕がなかったか、案外気に入っているのかもしれない。
大きな岩から生えたように木の根っこが岩から飛び出し、まるで岩を飲み込もうとしている様な、あっちの世界ではしめ縄を巻かれ奉られそうな、そんな大きな木のその下にそれはいた。目を閉じ、口を開け、ハッハッハッハと荒く早い呼吸をしている、路線バス位の大きさの犬のような生き物が、腹から血をだし血だらけで血の海の中に横たわっていた。
「でっけ~犬だな~」
濃密な血と死の匂いの中、この世界へきて初めて魔物や魔獣といった、しかもおそらくは死にかけほやほやに出会ったのに、そんな馬鹿みたいな感想を漏らしゆっくり近づく。すると犬は目を開け、鼻がヒクヒクと動いた。山田の方へとガバッと顔を向け、鼻にしわを作りウウウウウと牙を向き威嚇する。その動きの為か腹から血がドバっと出た。
山田はいきなり立ち上がるとダッシュで近づく。犬はびっくりした表情をしたあと動こうとするが、痛みで動けないのか、何か諦めたように顔をもとの位置にもどし、横たわり目を閉じた。
山田は血の海を気にせず、犬へ近づくと<観察眼>スキルにより状態を確認する。腹の辺りが大きくえぐられ、骨や筋肉や内臓が見え腸が飛び出している。大きな傷はそれくらいだが、<耐性>が働いたのか、ぐろい状況なのに不思議と気持ち悪くならない。一瞬で犬の体が元々どういう構造だったのかを<理解>する。犬のステータスが飛び込んで来そうになるが、それどころじゃないと振り払い<修正>スキルを使って犬の傷を治していく。
光の粒子が、傷口に残っていた異物を取り除き、飛び出ていた腸を戻し、失われた内臓、血管、血液、神経、筋肉や皮膚、体毛といった様々な物を作っていく。ついでに細かい傷も修復していく。光が収まると犬の腹は何事もなかったかのように元に戻っていた。
突然回復した体に驚いた犬は何度も自分の体の状態を確認し、山田をじっと見つめ、クンクンと匂いを嗅いでいる。
「へ〜、賢いんだな、誰が助けたか分かってやがる、良し!特別サービスに血だらけの体も綺麗にしてやるよ」
そう言うと尻尾の先から光の粒子が犬の体を徐々に上がっていき光に包まれる。眩しさに目を閉じた犬が目を開けると、血だらけのだった体は綺麗になり、それは見事な美しい毛並みをした黄金の犬がいた。
「なんだ、お前そんな色だったのか、血だらけで薄汚れてたけど、綺麗なもんじゃないか」
山田がにっこり笑う、犬が尻尾をブンブン振ると風が起き落ち葉や砂埃が舞う。岩に生えた木が揺れている。
「ちょっ、やめ、しっぽを振るのをやめなさい!」
目を薄めにして手でかばう様にして舞い上がるゴミをよける。犬はそんな山田をおかまいなしに口を開け舌を出し舐めようとする。
「ちょ、それはやめてくれ」
薄目で腕の下から確認する山田には、でかくてピンク色のヌルヌルした生暖かい壁がスローでせまってくる様だった。舌の圧力に踏ん張って耐え、ひと舐め、ふた舐めされた後の山田は頭から足までよだれでヌメヌメのビショビショになっていた。
「ぐえー、これはなかなか厳しいな」
手に付けていた靴を履き、山田はよだれを拭いビシャリビシャリと地面へ叩きつける様に払う、<修正>スキルで元に戻す。犬はよく分かってないのか嬉しそうにそれを見ていた。
「んー、そうだなー、でかすぎるから、小さくして良いか?」
そう問いかけるが、犬は首を傾げる。ちょっとイラッとしていた為か、犬の意思は無視とばかりに<拡大・縮小>スキルを発動する。犬が光りどんどん縮んで行き、光が収まると、大型犬くらいの大きさの犬がいた。
「ふー、まあ、あんまり小さいと頼りないし、何より上に乗れないからな」
犬は自分の体が小さくなった事に驚いて何度も体を確認していたが、山田が自分を見ていることに気づくと近くに寄り、山田の顔を舐め出した。山田が体や頭をよーしよーしと撫でていると、腹を見せ服従のポーズを見せた。山田は腹をなでながら考える
「そうかお前オスだったな。良し!お前の名前は今日から、金太郎だ!」
お座りをして、ワン!っと元気よく答える金太郎。
「お手!」
山田は金太郎の前に元気よく右手を出す。金太郎は不思議そうにしてから、その手をペロペロと舐める。
「まあ、いきなりはやっぱり無理だよな」
山田はそういうと<デザイン>スキルで、目立つ様にと色々と設定をつけた赤色の首輪とリードを作り、金太郎にの首に嵌める。金太郎は嫌がるそぶりも見せずそれを受け入れた。首輪には名札があり金太郎と漢字で書いてあった。
「今日からお前は俺のペットだな」
ワン!と金太郎は嬉しそうに答えた。
一匹の犬?がペットになった。