Cー28「骨骨ロック」
きっかけは何であったろうか、誰からの情報だったろうか、自分が誰なのかも分からない、もはや朧げで断片的な記憶。深く思いだろうとすると、ガラスを引っ掻いたような音がして不快になる。
太古の森がダンジョンの可能性があるとの情報がもたらされ、王からの命令で調査に来たのだったか?何故我々が?思い出せない・・・ただ最後の瞬間辺りは微かに記憶が残っている。強烈に・・・
山田の衝撃は太古の森に眠る様々に蠢く物達を覚醒させた。
◇◇◇
太古の森の境目に立ち森の奥を見つめると体の奥から、心の底から恐怖で震える。知らず奥歯がカチカチと鳴る。膝が震える。それでも立ち続けられたのは訓練の賜物か騎士の意地からか。
誰も叫び出し恐慌状態に陥らないのは、それだけ修羅場を潜ってきたからだろうか。
森に根源的な恐怖を思い起こさせられる。自分達がいかに無力で弱者か思い知らされる。
魔獣ひしめく漆黒の闇に彷徨うかの様な、巨大な生物の住む深い深い海に身一つで漂うかの様な、怒り狂うドラゴンの前に裸のまま放り出されたかの様な、いやそれすらも生温いのではないか。
自分が何も出来ない赤子になったかの様に錯覚する。今すぐ逃げ出し母の胸元へ飛び込み泣き叫び甘えたい衝動に駆られる。
何十人もの人間から発せられるカチャカチャカチャと小刻みに鳴る五月蝿い鎧の音も仕方がないだろう。やけに大きく聞こえたその音は私からも発していた。
見れば分かる。ダンジョン化等とその様な前兆は全くなく、いやダンジョン化などするはずもない圧倒的な力としか形容しようがない何かが凝縮された様な・・・これは我々が知る力とは全く異質な別の何かだ。
何度か斥候を出したが一向に戻ってこない。もうそれで分かるようなものだ。
が、このまま帰る事は出来ない。命令は森の中まで入って調査しろとの事だ、さらにもしダンジョン化していたら、可能な限り攻略しろとも。唇を強く噛み締める。
命令とあらば入るしかない。それが騎士、それは自分の命よりも優先される。無駄死にだと分かっていても。
数人を森の境界と少し離れた場所に待機させ、鎧が擦れ音がなる箇所に布を詰めさせ音がならない様にさせる。待機を命じられた者達はあからさまにホッとしていたが、申し訳なさそうな顔をしていた。
何とか鼓舞しようとするが森の前であまり大きな声を出したくない。その代わり自分が先頭に立ち、覚悟を決めて命令をし森へと一歩踏み出す。
一瞬でそれは間違いだと分かった。森の外と中では全く違う。何がどうと問われると難しいが、大きな圧力が掛かり体が鉛で出来たかの様に重く息苦しい。
喉元に否全身に刃を当てられている様な、少しでも息をすればすぐにその刃に体を切り裂かれるような絶対的な死を感じた。他の者達も感じ方は違っても同じように思ったはずだ。
私は今まで生きてきて、呼吸をするのにこんなに気を使った事が合っただろうか、心臓の音も酷くうるさい。汗が垂れるのも目を動かすのも唾を飲み込む為喉を鳴らすのも怖い。
数十人が踏み出す足音もいつもより大きく聞こえる。うるさい、もっと静かに歩けと部下達に八つ当たりしそうになる。
一歩一歩踏み出す事に、微かに出てしまう音に、寿命が縮んでいく気がする。人と言うのはこんなにも音をだす生き物なのだと今更ながら痛感する。
調査など適当にやって森に入らず帰ればよかったのだ。部下の誰かがそう言ったのかもしれない。だが入ってしまった。自分の真面目さを誇りにしていたが仇となった。甘く見ていた部分も有ったのかもしれない。気弱になったせいか後ろを振り返ると、2列縦隊の先に森の境目の明かりが微か見える。
後ろを振り返った時に目が合った部下の顔は血の気が失せ真っ白で異常に汗を掻き瞳が恐怖で震えていた。逃げ出す部下がいてもしょうがないと割り切っていたが見たところ全員がついて来ている様だった。
戻ろうか、浅いとはいえここまで入ったんだもう十分じゃないか、これ以上部下達を無駄死にさせる必要はないじゃないか。そんな考えが頭をもたげるが頭を振って振り払う。
もう少し、もう少しだけだ・・・ん?もう少しだけ?何故?なんだ?何時もならもうとっくに撤退の合図をしているはずだ、いや、そもそも森に入らなかったはずだ、おかしい、変だ、駄目だ。
撤退の合図をしようと立ち止まった瞬間。
恐怖はすぐに訪れた。始まりは森を切り裂く様な部下の悲鳴だったか。
それは我々全員が森に入るまで待っていた。それが何かは結局捉えられなかった。
二足歩行なのか四足歩行なのか多足なのか、植物系なのかもっと違う何かなのか、一匹なのか二頭なのか3羽なのか沢山なのかも分からなかった。
最後尾の部下から悲鳴が上がり順番に血飛沫や体の一部が弾けゆっくりと舞いながら近づいてくる様子に恐怖は勿論、花が咲いたかの様な美しさを感じ見とれてしまった。
一瞬が凝縮されると長く感じるものだなと良くわからない事を考えていた。その時の私はとんだ間抜け面を晒していただろう。
そして私も死ぬのだと確信した、死ぬ間際に死を回避しようと走馬灯というものが見えるらしいが、私には見えなかった。死を確信するとそうなのかもしれない。
周りが急に静かになり、引き延ばされていた感覚が戻り我に返った私は後ろに気配を感じて振り返ると、視界が黒く覆われすぐに鈍い音と鉄の匂いがし、それが自分に起こった事だと分かる間に、残した部下が国へ報告してくれるだろうと馬鹿な事を考えていた。家族や友人達の事を考える事もなく。
そう、訳も分からずに私は死んだ。あっけなく。
「そして今、リッチ?いやこれはノーライフキングとして蘇ったという事か、うーむ、何がきっかけなのか」
何故か自分が強者でありノーライフキングだと感覚で分かるが、考えようと顎に手を置こうとした自分の手を見て確信する。
何度見つめても変わらない。骨だ。正真正銘骨だ。
これを骨じゃないという奴がいたら、そいつの皮を剥ぎ肉を削ぎ骨とは何かを見させてもらおう。
だが黒い。真っ黒い骨だ。そういう意味では私の知っている骨ではない。では皮を剥ぎ肉を削ぐのはやめておいてやろう、一気に燃やして骨だけにしてやろう。
自分の体を確認する様に見回し触ってみる。自分の体が骨だけだというのに、恐怖も混乱も無い。何とも思わない。人間だった朧げな記憶はあるが、まるで今までこの姿だったかの様な自然さがある。
「ん?森の浅い位置で死んだかと思っていたが随分奥の様だな。森の境目が微かに見えていたと思うが。奥まで引きずられてきたのか?まあ良い」
周りを見渡してみるが生前と言って良いのか、その時の記憶と齟齬が生じている。
「部下達はいないか、いや、感覚で分かる何がどうなってかまでは分からんが、私を復活させるための贄になったか、されてしまったか。いや、あの人数程度では無理があるな、うーむあの後、軍団でも送り込んだのか?・・・・・もう名前も出てこないが部下達よ。すまない」
空を仰ぐと木々の隙間から青空がチラチラと見える。
この森への怨みはない、と思う。だが数十人いた部下達を犬死させてしまったという後悔と罪悪感。
「お前達の死は決して無駄にはせんぞ」
そして素晴らしい主人に仕え支えたいと言う思い。それが骨だけになった胸をチリチリと焦がす様に残っている。胸に手を当てるが骨だ。
「さてどうするか・・・しかし随分と森の雰囲気が変わったな」
骸骨の真っ黒な穴の様な目の奥に赤い炎の様な光が灯る。何処から現れたか漆黒の布が骨のみの体を覆う。
と、その時とてつもない圧力がノーライフキングを襲う。寸前で地面を転がる様にかわして素早く起き上がり顔を上げると、白に黒の縦縞模様の大型魔獣が牙を剥き毛を逆立てて威嚇していた。
生前の記憶か、まるで剣を抜くかの様な体制で構えるノーライフキング。
「ここの主か?縄張りを荒らされて怒っておるのか」
自分がいた位置をチラリと見ると地面を抉る様に4本の長く深い線が走っていた。
強襲の相手は逆立った毛とピンと立った尻尾、血走った目と鼻筋に皺を作り牙を剥く事でそれに応える。
「ふむ、この様な圧倒的な強敵と向かい合っているというのに、自分の事ながらこの落ち着き。妙なものだな」
「グルルルルル」
「おっと、お前はもうちょっと落ち着いたほうがいいぞ、あまりにも臆病であるぞ」
魔獣は言葉がわかったのか、五月蝿いと言わんばかりに咆哮を上げ、ノーライフキングに飛びかかった。
「ふははは全く図星か」
太古の森の南西のあたりで、それから長くは続かない戦いはこうして幕を開けた。
◇◇◇
「え?料理がきた瞬間消えてるんだけど」
フードファイターも裸足で逃げ出す程のすごい勢いで料理を平らげていく琥珀と碧。皿が天井近くまで積み重ねられて、倒れそうでフラフラしている。それが幾つも塔のようにそびえている。琥珀と碧のお腹は何故か膨らみもせず食事前と変わらない状態だった。
いつの間にか琥珀と碧が何も言わなくても手ファンネルが適当に料理を運ぶ様になった。
そんな皿の塔を気にするでもなくアリーはケーキを食べながら優雅に紅茶を飲んでいた。
山田は皿の塔を見上げ倒れないか心配しながら、カレーを一匙口に入れ咀嚼する。
大きく息を吸い、また某味皇様の真似をしようと、うの口にした瞬間、アリーにギロリと睨まれる。
「うそうそ、冗談冗談マイケル冗談。やりませんよ」
そんなやりとりをしながら和気藹々と食事を楽しんでいたら急に山田が叫び出した。
「ちくしょおおお」
手にナイフとフォークを強く握り、ナイフとフォークの尻で机を叩く山田。アリーや琥珀、碧達は驚いて山田に目を向ける
「何よ急に」
「もうお腹いっぱいだああああ」
悔しそうに叫ぶ山田。呆れ顔のアリー、心配そうな琥珀と碧とヤマブキ達。金太郎は食事に夢中。
「全然食べてないじゃない」
山田のトレーを見てさらに呆れるアリー、どの料理も綺麗に半分ほど残っていた。
「胃袋も子供サイズか〜、ここまでの食事で分かってはいたさ」
山田はそう言うとこっそり金太郎の皿へ残った料理を移す。
と、突然闘技場の方から雷が落ちたような、何か大きな物が落ちてきたかのような、爆発音のような大きな音がした。同時に部屋が 、テーブルや椅子が、金太郎の涎が震え、皿の塔が大きく揺れ倒れそうで倒れない、そして大きな力を2つ感じた。
「なになになになに?」
倒れそうな皿の塔を気にしつつ、急いで闘技場へと続く扉へ向かう一行。
ヤマブキに首元を子犬のように噛まれ引っ張られている金太郎は名残惜しそうに残っている料理を見ている。
闘技場にはモクモクと煙が立ち込め山田が<作画>スキルで煙を晴らすと
そこには向かい合いお互い敵意剥き出しのでかくて黒い骸骨とそれよりさらにでかい白い虎がいた。




