Cー2「異世界の大地に立つ」
男は満足したのか杖を降ろし、何も無かったかの様にまた語り始める。
「でね、そのせいで魔法の元のマナが枯渇しかけててね~、僕がこの足元の樹を植えたんだよ。この樹はマナを生み出せる樹でね。いや~よくここまで育ったよ。ちっさい種だったのに」
感慨深いのか昔を思い出しているのか腕を組みうんうんと頷いている。
「あの~、すみません。説明してくれてありがたいんですが」
「何?何?何か分からない事あった?」
そういいながら、ぐいぐい迫ってくる。
「しょうがないな~。今回は特別に質問に答えてあげるよ。今回はっていっても説明なんてするの、初めてなんだけどね」
そんな大賢者に、山田は引きながら何とか勇気を出して言葉を絞り出す。
「説明下手すぎて良く分からないってのもあるんですが・・・」
「君、人が気にしてることはっきりいってくれるね~、ショック受けすぎて寝込みそうだよ。それこそ数千年くらいね!」
大賢者は、わざとらしくよろめいた後に、最後はドヤ顔を決めてくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・説明下手なの気にしてたんですね。すみません。でも、これは、あれですか?夢ですか?そうなんですよね」
「あ、渾身の大賢者ギャグはスルーね」
「あ・・・・・・・はい。すみません」
「・・・・・・・・・あ~なるほどね。そうかそうかそういう事か。だよね~夢ってそう思っちゃうよね~。それこそ数千年くらいね!」
「・・・・・あ、はい、大賢者ギャグですよね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ゴホンッ!でもこれ現実なのよね~。と言っても信じられないかもしれないから、よし!外に出てみようか。君の体の調整も終わってるし」
言うが早いか、山田が『ちょっと待ってもう少し説明を』という言葉を発する前に、頭上に穴が空き吸い込まれる。暗闇の中をジェットコースターしているような感覚が襲い、思わず声が出る。
「あああああああああああああ」
「何してんの?君」
山田は地面の上にうつ伏せで倒れ、目をぎゅっとつむり、手足をバタバタさせている。声に反応して恐る恐る目を開けると、呆れた表情の大賢者の顔があった。
「え?だって、え?があああごおおおおってジェットコースターに乗ったみた・・・・・って!え?」
自分の声と視界に映った自分の手を見て驚く。明らかに幼い子供の声と小さくてまん丸い手。思わず起き上がり立ち上がると、今までより目線がかなり低い。足元からピッと言う音がした。足元を見ると子供が履く、歩くとピーピー鳴る靴を履いている。思わず大賢者に顔を向ける。
「あ、その靴と服はサービスだから」
大賢者は、君には特別サービスだよという感じで、ウィンクする。
「え?服?」
視線を大賢者から足元へ、ズボンへと移し、体を触ってみる。ピンク色で柔らかくてモコモコして手触りが良い。同じような素材の服とズボン。頭も被り物をしている感じがあるので触って見ると耳の様なものが付いている。お尻の方には白くて丸っこい尻尾みたいなものが付いている。どうやらケモ耳付きのフードみたいだ。
「どうだい?可愛いでしょ、君の今の体型にはバッチリだと思うよ」
大賢者のファッションセンスにも疑問が湧くが、一旦棚上げにして大きな疑問を聞いてみる。
「えーっと、あのこれってどういう事なんでしょうか?さっきまで大人だったと思うんですが・・・・・何が何だか・・・・・」
普通はパニックになりそうなもんだけどなーと、自分が案外冷静でいる事に軽く驚きつつも、手を開いたり閉じたり、腕を回してみたり、自分の体を確認しながら大賢者を見上げる。
「まあ、樹の中にいた時は精神体だったからねー、君の認識によってどうちゃらこうちゃらってやつよ。でもそんな状態じゃ外へ出られないし、この世界の環境や、魔法を使えるようにする為に体を作っちゃったのよ。かなりの高スペックよそれ。っても今の僕の力じゃその位の年齢、3~5歳?位が限界なんだよね。ごめんね。まあ、こっちでいうホムンクルスやゴーレム、あっちでいうロボット的なものじゃないから安心してくれたまえ。ん〜・・・・一応、多分・・・・・人?かな」
小説や映画、ラノベや漫画やアニメでは、見たこと聞いたことある単語が出てきて現実味が無かった。
「は、はあー、なんで自信無さそうなんですか・・・あの・・・・元の体は・・・・・」
流石に精神的には35歳のおっさんに、今さら子供に戻るのも、このピンク色のケモ耳フード付きの服もなかなかに厳しいと思い、僅かな望みにかけて聞いてみる。
「あ、多分こっち来る時に耐えられなくて消えちゃった」
大賢者は軽く答える、山田は少しめまいがした気がした。35年一緒にというか頑張ってきた身体が消えたという事に喪失感に襲われる。
「こう、バッというか、ボワッというか、サッササッサというか、シュワーというかパカっというか」
「いや、消え方とかどうでもいいですから、あと伝え方下手かよ」
身振り手振りで伝えようとする大賢者に、山田は、まだ心が追いつかない状況なのに、何冷静に突っ込んでいるんだと、若干自分にも呆れる。
「あとその体は、基本的に成長しないからね」
大賢者が軽い感じで続けた言葉に、山田は今日何度目かのショックを受け少し後ろへよろめいた。が、なんとか踏ん張ると、足元からピッと音がする。やっぱりこれは夢なんじゃないか、そんな考えが頭をかすめるが、足元から聞こえた可愛い音に、なぜかとても現実的な響きを受けた。
「あ、あのもう色々あり過ぎて、大概の事は受け入れつつあるんですけど、成長しないってのは、それって人なんですか?」
「それは君の、気持次第だよ」
大賢者は両手の拳を握り体の前に出し、ガンバッ!のポーズをとる
「そんな精神論的な・・・・」
気持ちの切り替えのためか不安になったからか、ふと辺りを見回して見ると、自分のいるこの辺りは芝生のようだ。視線を移すと、視線の先には所々に青、黄、白など、色とりどりの大小様々な花が咲く草原に、陽の光が優しく降り注いでいる。草原の方に陽の光と影の境目があり、自分が立っている辺りが暗くなっていた事に気付く。
見上げると、圧倒的な存在感を持ったとてつもなくデカい樹が、こちらを覗き込むように葉を揺らしながら聳え立っている。
「でっか!!!」
可愛い声で、そんなバカみたいな感想が反射的に口から飛び出す。
「この樹がさっきまでいた樹だよ。デカいだろ」
大賢者は自慢気に得意気に語る。
「・・・・これがさっきの部屋で見ていた樹か~・・・・・実際に下から見るとさらにでかく見えるな〜まあ体が小さくなってるってのもあるんだろうけど」
日差しから守ってくれているような枝葉の木陰から、その大きさに口をあんぐりと開けて見上げていると、枝葉の隙間から漏れる日差しが、まるで見られている事を恥じらうかのように優し気にキラキラ輝く。
少しまぶしくて、遮るように手をかざし目を細めた。陰になったその丸くて小さい手に驚くが、手に当たる日差しの暖かさ、指からこぼれる光に、何とも言えない気持ちになる。誤魔化すようにグーパーグーパーと手を握ったり開いたりするが、それがよけいにこれからこれが自分の手なんだなーと実感させた。
なんだかもうどうでも良くなってきたのと、色々キャパを超える状況に疲れたので、ゴロンっと大の字に仰向けになった。
「お疲れかい?まあ色々盛り沢山だったし、体にも慣れてないだろうから、しょうがないさ。まだ少し時間はあるし、まあゆっくりしなよ」
そう言って大賢者はどこからともなく机と椅子を出して座った。これまたどこからともなくティーセットを机に置き、紅茶を淹れミルクと砂糖をどばっと入れ飲み出した。
もう色々ショックなことがあり過ぎて、大賢者がどこからともなく机や椅子やティーセットを出そうと、そういうものなんだろうと慣れ始めていた。それよりもデータなのに飲めるのか?そんなにミルクと砂糖を入れたら紅茶台無しだろ。何て事を考えながらぼんやりと視線を移す。
時折吹く優しく包み込まれるような風に、草や木の枝葉がカサカサと揺れる。空は晴れ、鯨の形をした雲がゆっくりと流れていく。その先には鬱蒼とした森が見える。
かすかに鼻孔をくすぐる花の香り、柔らかな草と土の匂い、暖かな日差し、優しく吹く風に、さわさわと囁く葉の音、聞こえてくる鳥の鳴き声に、眠気を誘われる。頬を優しくなでる風を感じながら、思いっきり欠伸と伸びをした。
「ふあああああ」
何故こんな事になっているのか、どうして自分なのか、これからどうしたらいいのか、あっちの家族や友人達の事、これが所謂異世界転移物ってやつなのか?色々分からない事だらけで、整理がつかないが、考えても答えは出ない。
答えを教えてくれそうな人に視線を向ける。
「あの、それで俺は何をすればいいんですかね?」
失礼なのだろうが、寝転がったまま顔だけ大賢者に向け、やけくそ気味に聞く山田。
「え?好きにしなよ」
何の関心もなさそうに大賢者は答える。
「え?」
「え?」
お互い鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見つめ合う。
「・・・・・いや、何かあるからこっちの世界に呼ばれたんじゃないんですか?」
山田は流石に上半身を起こしながら聞く
「え?いや全然、だって呼んでないし」
大賢者はそんな料理頼んでませんけど?みたいな顔で答える。
「え?じゃあ何で魔法陣が光って・・・・」
「さあ?もしかしたら生前のわしが何か仕込んだのかもしれんが、劣化で色々と失われておるから、今のデータすぎんわしには、説明できんのじゃ」
「何で、急にそんな喋り方何ですか」
「雰囲気が出るかと思って。っと、そろそろだと思ったけど、ほら見てごらんよ」
「ま、まあ雰囲気は大事ですからね」
と答えながら、大賢者が指さす方へ視線を向ける。
樹が発光したり消えたりを繰り返している。それがどんどん早くなっていき、やがてまぶしい位の光りに包まれる。山田は思わず目を逸らし手で光を遮るようにして、痛いくらいに目をギュッと閉じる。
目を閉じても感じていた強い光が収まり、恐る恐る目を開けるとそこには、さっきまで大きいだけの樹だったはずなのに、見て確認できる部分だけでも、桜、梅、椿、藤、松、紅葉、銀杏、杉、檜等、日本で見たことが有ったり無かったりする様々な花や木が、リンゴ、梨、ブドウ、柿、桃等といった様々な果物が、そのどでかい木の幹や根、枝から生え、咲き、実っていた。
その木の周りの地面にも菊や百合、桔梗等や見た事もない様々な草花が咲き乱れ、そして麦や稲穂が一面に生えている。
「なんじゃあ~こりゃあああああ!」
某刑事ドラマの殉職シーンばりに声をあげながら、バッ!と立ち上がる。ピッピッと靴が鳴る。目をぱちくりしながらじっと見つめる。季節も植生地もバラバラな植物や果物が、どでかい木から生える姿は、何とも不思議で幻想的な景色になっている。
「君がこの樹と魂の深い部分で繋がっちゃったから、影響受けちゃって、向こうの世界の植物やらが縦横無尽に生えちゃってるね〜」
ウンウンと頷きながら一人で納得している大賢者に反応せず、今日何度目かの口をあんぐりと開けた、間抜け面で、樹を見上げる山田。
「魂消た〜」
ポツリと絞り出すように漏れた言葉は、風に攫われ空へと消えた
「あ、そうそう君この樹と魂の深いところで繋がってるからこの樹が枯れたりすると君も死んじゃうから気をつけてね~」
「え?」