c–25「体力測定4」
クリップボードをペンでタンタンと軽快に叩いてお腹の道具袋へ仕舞った山田は、琥珀と碧2人から水の入ったボールを右手と左手でそれぞれ受け取る。
ボールを覗き込み自分の顔と青空が映っている少し波打つ水面を見つめながら、捨てるのは勿体ないかなと1つを金太郎の前の地面に置く。
金太郎は匂いを嗅ぐとビシャビシャと勢いよく舌を出し入れして水を飲み出した。
「結構な勢いで飲むな、喉乾いてたのか。琥珀と碧も何か飲むか?」
「いえ大丈夫です」
「大丈夫です」
「そっか、いつでも言えよ、じゃあちょっと座って待っててくれ」
「「はい」」
「あたしは?」
「お前は何時でも遠慮なく言うだろ」
「そうね」
そんなアリーとのやりとりの間に、琥珀と碧はマットの上に体育座りで座り、山田の様子を見ている。
山田はヤマブキ達の方を見やり、もう一つのボールを<作画>スキルでヤマブキの前に置くと、ヤマブキも立ち上がりジャブジャブと水を飲み始めた。魔狼達へも水を入れた水入れを出してそれぞれの前に置くとこちらもジャブジャブと飲み始めた。
満足した金太郎が下がると少し残ったボールの水を周りに撒き、道具袋へと仕舞う。ヤマブキ達も飲み終わったので手ファンネルにとって来させ道具袋へとしまう。
山田は琥珀と碧の前に進み、ゴホンと仕切り直す様に1度咳をしてから口を開く。
「じゃあ次は垂直跳びでもやるか。やり方は」
山田はテレビを点けず、自分で説明しようとする
「あの、今回はテレビをつけないんですか?」
琥珀がすかさず手を上げ聞く。
「ん〜分かりやすいかと思ってやってたけど、今まで見た感じだとやり方を説明してもあんまり意味がなさそうだからな〜、そもそも俺の知識とかが共有されてる時点でそうだよな、今回は上に飛ぶだけだし」
「そうですか」
楽しみにしていた様でなんとなく残念そうな顔をする琥珀と碧。
「何よケチくさいわね〜。ウンコくさいわね〜」
アリーは左手で鼻をつまみ、右手を顔の前でヒラヒラと振っている。
「いや、ウンコを踏んだのは不可抗力だったし、修正で消したから臭わないし。人間だろうが何だろうが誰しもウンコくらい踏むだろ。なあ琥珀」
「はい。私たちは体に塗ってました」
「え?」
「強い魔獣や魔物の糞や尿を灰や土、泥と混ぜて体に塗ると敵に襲われにくいので」
「そ、そうなんだ。あ、あれだな、何かフェロモンとか分泌物的なやつかな、生きるための知恵ってやつだな、でももう塗るのはやめようね」
「はい、分かりました」
「強い魔獣の糞とか良く判別出来るな」
「こう、何と言えば良いんでしょうか。そう、凄い強烈なんです」
「・・・そ、そうなんだ。また一つ賢くなったよ。ありがとな」
「はい」
満面の笑顔の琥珀から、アリーへと視線を移す山田。
「てか何でうんこ踏んだ事知ってんだよ」
「いや、知らないわよ。適当に言っただけだし。あんたうんこ踏んだのね」
「虫にびっくりして下がったところに、ってそんな可哀想な人を見るような目で見るなよ。でももう大丈夫〜スキルで浮いてるから〜」
そんな山田を見ながらアリーは腕を組み、いやらしそうにニヤリと笑い口を開く。
「あんたみたいなやつを日本語で何て言うか教えてあげるわ。ま・ぬ・けって言うのよ。覚えとけまぬけ」
「うわあああん。今回は物理的じゃなくて精神を抉ってくるよ〜金太郎〜。あ、金太郎ちょっと大きくなってくれる?今だとちょっと小さいからさ。そうそうそれ位で、ありがとう。うわあああん金太郎〜」
山田は辛辣なアリーの言葉に崩れるように金太郎に抱きつこうとするが、抱きつくより抱き上げる位の大きさだったためか金太郎に大型犬位の大きさになってもらう。
丁度いい大きさになった所で胸元へ抱きついて顔を埋め撫で回し精神の安定を計る山田。
「で、どんなタイプのうんこを踏んだのよ、大きさは?色は?しっとり?カサカサ?カチカチ?ふにゃふにゃ?え?まさかビシャビシャ?」
口に手を当て驚きの表情のアリー。
「いや、そこ気になる?やめて思い出すし想像しちゃうし凹むから」
山田はそんなやりとりから逃げるかのようにテレビの所へ向かう。琥珀と碧の表情は期待の目で山田を追う。金太郎とアリーもテレビの正面に陣取る。
「では、気を取り直して」
山田は何の焦らしもなく素直にスイッチを入れる。するとすでにキャラクター達がスタンバイしていた。
「「わー」」
と体力測定が始まってから何度目かの拍手と歓声が起こる。金太郎の尻尾が大きく振られ、アリーはこれよこれーと首を縦に振っている。
「それじゃあ気を取り直して次は垂直跳びな」
山田が言うとキャラクター達はお〜っと片手を突き上げてから一斉にテレビ画面から飛び出して綺麗な着地を決める。キャラアリーだけは羽をパタパタと羽ばたかせ飛んだままだ。
「「わー」」
さっきより大きめな歓声と拍手が起こる。と言っても2人だけだが。
キャラ琥珀の頭上には、縦にした長方形の黒板の様な物に、線が横に何本も引かれその端には数字が書かれたいわゆる垂直跳びの測定器が、地面と垂直に空中で止まっているかの様に浮かんでいる。
キャラ琥珀は腕を上げ指先でガラガラと測定器を上げて調整していく。がアニメのキャラクターの様に頭がデカく腕が短い為そこまでは上がらない
ピンと上に伸ばした腕がこれ以上は上がらない所まで黒板をあげるとそこで止まる。
1度腕を下ろし地面に置かれた器に入った白い粉を指につけて、腕を振るとグッと膝を曲げその反動で上へ垂直に飛び、頂点で板にタッチするとタンッと可愛い音がする。
それを見ていたキャラアリーがパタパタと飛んで1番高い場所にタッチする
「いやそれはずるだろ」
「何でよ良いじゃない」
「これはジャンプ力を測るんだぞ、多分。なのに飛んでるじゃないか」
「何よケチね」
「いやケチとかじゃないだろ。てかお前ケチって何回言うんだよ。まあ見本だし良いけど」
そんな2人のやりとりは知らんとばかりに、琥珀と碧はキャラクター達へとさらに歓声と拍手を送る。
キャラクター達がテレビに戻ると山田はスイッチを切り、皆んなで反復横跳びをしていた場所へ向かうと、スキルで地面から幅約1メートル、厚さ50センチ、高さ333メートル程の1番上に顔と上半身、腕にギターを持った黒板を垂直に立てる。
「まあ、今までの感じから言って、高めに設定しておいた方がいいからな。東京タワーと同じくらいでいいだろ」
垂直に聳り立つそれを琥珀と碧は、口を開けほえーっと見上げている。
雲がゆっくりだが動いている為測定器が動いてる様に見えるが、上空の風の煽りを受けてもピクリともせずとどまっている。
「タッチした所の高さを教えてくる、東京タワー君だ」
「1度軽く飛んでみて貰えばいいのに何故か変な測定器を出したわね。ネーミングセンスのかけらも無いし。これ倒れてこないでしょうね」
山田はそんなアリーの呟きに反応せず、軽く浮いて板にタッチする。
「1メートル53センチメートルグラフィティーだぜ〜」
ボロロンとギターの音を響かせた声が上空からヤマビコの様に響く。
「結構大きい声ね。なんかあれね役所とかがやる防災用の放送みたいね。しかしもっと良い伝え方あるでしょうよ。しょもない事言ってるし」
アリーは見上げながらまたぽつりと呟く。
「そもそももっと良い測り方があるでしょうに」
アリーは見上げていた状態から山田の方を向く。そんな発言に山田はアリーへ顔を向ける。
「おいおい何だ何だ?さっきからごちゃごちゃと。君は確かアリーとか言ったかな?」
「何よ急に」
「俺もね分かってる、分かってますよ。一度軽く飛んでみてもらってからとか、もっと良い測定方法があるんじゃないかとかそれ位は、思いつかないけど。だけど、だけどね、おい、聞いてるのか?聞いてるって?それだったら良いんだけど、むしろありがとうと言わせていただきたい」
「何か変なスイッチ入って面倒くさいわね」
「何だ面倒くさいって、人がせっかく、え?良いから先を話せって?分かってますよ。何だよ全く。ああ、何だ、それだとなんかあれじゃないか、こう俺の矜恃というかね、それが許さね〜。これは俺とあいつらとの勝負でもあるんだ。チリチリと胸を焦がす熱い勝負だぜ」
「我慢して聞いてたけど大して中身もないし、世界一どうでも良いしょうもない矜恃ね。じゃあ負けたら、ケーキね」
「よく分からん賭けだけど。よっしゃーやったらー!」
◇◇◇
ドンッ!という音と共に衝撃波が起こり山田やアリー碧の髪や服が、山田の持つクリップボードに挟まった紙が、金太郎の毛が、草や木が揺れ、土煙を巻き上げる。
さっきまで琥珀がいた地面は円状に少し陥没し、可愛らしくちょこんと並ぶ小さな靴の形に抉れた跡を中心に、蜘蛛の巣状にヒビが走ったり所々土がめくれたりしている。
時々ベイパーコーンを起こし青い空へと向かう一筋の帯。あっという間に琥珀の姿はゴマ粒より小さくなり、測定器の天辺を軽々超えどんどん上がっていき、やがて見えなくなる。
その様子を馬鹿みたいに口をあんぐりと開け見上げる山田と、琥珀が目の前を凄い速さで通り過ぎるのを唖然と見送りながらギターをジャランと鳴らす測定器の東京タワー君。
「嘘ーん」
そのまま暫く間抜け面をぶら下げて見上げていると琥珀の姿がだんだん大きくなってくる。これだけ高い測定器を出したくせに急速に落下して来る琥珀が潰れたトマトみたいになるんじゃないかと怖い想像をして血の気が引く山田。最悪スキルで何とかしようと覚悟するが、どうやって衝撃を殺しているのか何の衝撃もない様にスタリと着地し、フワリと少し風が起こる。
「スタリと!あの高さからスタリと!」
「はいケーキね」
驚く山田に、間髪入れずにケーキを要求するアリー
「いや、もうちょっと驚きの余韻というかさ、間をくれよ〜。まあ、分かってたさ、こうなるって。もしかしたらもみたらしも無いくらい分かってたさ」
「じゃあもっと高く作ればよかったじゃ無い」
「仰る通り!」
そんな山田の元へ駆け寄ってくる琥珀。
「凄いな、めっちゃ飛んでたぞ。体は大丈夫か?」
「はい。全然大丈夫です」
その場でトントンと数度軽くジャンプする琥珀。その様子に山田はほっと息を吐く。
「そっか。しかしスカイツリー位は行ってたんじゃないかな」
「自分でもびっくりです」
自分でも信じられないのか体を見回し答える琥珀
「あれだけ飛んだらいい景色だったろ。天を突くようなすんごくでっけ〜樹が見えなかったか?」
青々とした葉を茂らせた背の高い様々な形の木が立ち並ぶ鬱蒼とした森に無理矢理作った広場だが、その木々の枝や葉の間からも世界樹のその威容を伺い知る事はできなかった。山田の背が低い事もあるが。
「いえ、見えませんでした。所々大きな木は見えましたが」
「結界が張られているから認識できないわよ。あんたとあたし以外は、許可しないと」
「あ、そう言う感じなんだ」
「え、じゃあ、結界が張られてるそこだけポッカリ穴が開いてるっていうか、広場になってる様に見えるのか?」
「いえ、そう言った場所は有りませんでした」
琥珀が首を傾げながら答えるとアリーがすかさず訂正する。
「そりゃそうよ、ちゃんと森に見える様になってるし、誰も近づけない様になってるわよ」
「そりゃそうか」
◇◇◇◇◇
山田は測定器の元まで行き、すまないと謝りながら測定器を消す。
何の用途も成せずキラキラと消えて行く測定器の表情は気にするなと行っている様な笑顔だったが、遥か彼方についている顔は高すぎて山田には見えていなかった。
ジャランとギターを鳴らす音だけが響いた。
山田は何か色々諦めたのか次は碧だと普通に垂直跳びをやらせようとする。
「測定器消しちゃうと、何かもう良く分からない感じになったわね。って今更か」
金太郎の頭の上に、手ファンネルに持って来させたテーブルと椅子を置き、リクエストしたチーズケーキの三角形の先をスプーンで愛おしげにすくいながらアリーが喋る。
「はい。じゃあお願いします」
碧は山田の方を見ながらこくりと1度頷くと腕を勢いよく振り屈む
「あ、そうだ」
山田はその様子を<観察眼>を使い観察しようとする。
「思い出したかの様にスキル使ったわね」
アリーの呟きは碧が起こす衝撃波の音にかき消され、琥珀と同じ様な勢いで空へと登って行く。
アリーは碧が起こした衝撃波をスキルで防御し優雅にケーキを口に運ぶ。
山田の目には、高速で登って行くはずの碧の動きがスローに見えている。いや、碧だけでなく全てがスローに見え、アリーの方を見ようとする自分の動きもスローになっている。
思考は普通に出来る様で山田は思いつきで自分に<作画>スキルを使い無理矢理動かすと自然に動かすことが出来た。
金太郎の尻尾がゆっくり揺れる。すくったチーズケーキを口を目一杯に広げ迎えに行くアリーの様子がゆっくりと見える。
ゆっくりと上昇していく碧に視線を戻し少し目を凝らすと収縮する筋肉から脈打つ心臓、血管に流れる血流、食べたお菓子やジュースを消化し吸収する内臓。神経を走る電気信号、骨密度等、細胞が分裂する様子も見え、体を縦横無尽にキラキラとマナが木の根の様に流れ干渉する様子もバッチリ見えている。
さらに自分の中で見え方を変える様に意識して集中すると一連の動きが残像の様に残っている。<観察眼>を切ると元に戻る。
「ひゃーすげーなこりゃ、丸見えじゃないか。集中したら原画や動画を何枚も重ねた状態にした時の様に見えるし、しかもこれ何か干渉出来そうだな。ん?でもあんまり意味がないか?」
山田はそんな独り言と共にグングンと登って行く碧を見上げながら紙へとペンを走らせる。
あれですね忙しいですね。大分開いてしまいました。今年中にもう一話投稿したかったので良かったです。




