C-1「そして異世界へ」
黒で黒を塗りつぶしたような暗闇の中、コポコポと音がする。何故かその音を木が水を吸い上げる音だと理解する。
それと反対に自分はどんどん沈んでいく感覚。でも何だか暖かくて気持ちよくて、何か大きな存在に、このまま溶けてしまっていくのではないかと感じる。そもそも体があるのかも分からない。何も見えないし動かない。
「お~い・・・・お~い・・・・」
誰かの声が聞こえるが体が動かせない。意識もはっきりせずに、ぼんやりとしている
「お~い、もしも~し、おっきろ~あっさでっすよ~」
(何だ?誰だ?)
「ん~全然起きないな~・・・・・・あ、そうだ!」
ポンッと手をたたくような音が聞こえた気がする
「すみません。山田さんお休みのところ申し訳ありませんがそろそろスケジュールがやばいので、起きてください」
言われた瞬間、酷い焦りと不安という感情が沸き起こる、と同時に光の奔流が体を包みこみ、一気に水面へ浮上するようなそんな感覚に包まれる。なすすべもなく委ねていると、自分の体の感覚がはっきりしくる、急激に意識も浮上し、ガバっと起き上がる。
「ご、ごめんごめん。って、いやいや、全然寝てないですよ、よしんば寝てるように見えたとしても、それは作画の参考として丸まってただけで・・・・・って、あれ?」
目をこすりながら誰に向けてなのか、言い訳をしていると、目の前に杖を持った男がひとり立っていた
「や~や~おはよう~お寝坊さん。よく眠れたかい?」
男は軽く手を上げて気軽に挨拶する。
「え?あ、はい。おかげさまで・・・・・・ってあなたはどなたでしょうか?ってあれ?ここはどこだ?えっと仕事をしてたはずだけど、え?あれ?」
辺りを見回すと何にもない白い空間、どっちが上で下かも分からない。まるで水の中にいるように漂っているが、話しかけてきた男はしっかり立っているように見える
「う~ん中々に思った通りの反応してくれるね~、まあ混乱するのは当たり前だよね、まさか僕と同じ地球のしかも日本人がこっちに来るなんて、これも何かの思し召しってやつかね」
混乱する山田を置き去りに一人で喋り出した。確かに男は黒髪黒目で日本人的な顔をしているとは思うのだが、何故か上手く認識できない
「まあ、あんまり時間もないから、じゃあどんどん説明していくよ。って何してんの?」
なんとか認識しようと、目を細めたり、見開いたり、首を傾けたり伸ばしたりしている山田を、怪訝な表情をして問いかける
「いえ、何だかあなたの事を上手く認識できないというか、変な感じなんですよね~」
「あ~、なんか変な顔してると思ったら、そういう事か、ずいぶん癖のある人がきたな~って思ってたけど。でも認識できないのはしょうがないよ、僕はもうかなり昔に死んじゃってて、この世には居なくてね、今の僕はデータみたいなもので、それが長い年月の間に劣化しちゃって多分ぼやけちゃってんだよ。よく見ると体もちょっと透けてるでしょ?いや〜んエッチ〜」
自分の体を抱きしめるようにしてクネクネする男、よく見ると確かに透けている。
「・・・・・す、すみません衝撃的な発言が多いのと・・気持ち・・・いえ、あんまり上手く受け止められません」
気持ち悪い動きで、という言葉を何とか堪える
「まあ、そうだろうね。じゃあ、今の状況やら、なんやらかんやらを一つ一つ説明していくよ。いわゆる説明台詞ってやつだよ。すっごくとっても大事な事だけど、面倒くさいから一回しか言わないよ。でも僕もあんまり説明上手くないから理解できなかったら、その時は・・・・・」
男はそういいながら腕を組み、眉間にしわを寄せ、目を閉じ下を向く
「その時は?」
ゴクリと山田の喉が鳴る
「ごめんね」
首を傾けて肩を上げ舌を出しながら謝る男に、山田は若干イラッとする。認識しにくいのでそれくらいで済んでいるのかもな~とふと思う
「許してちょんまげ」
「お、おお~。あ、ああ~・・・はい」
山田は、この非日常的な状況で、しかも初対面の男の、おそらく冗談であろう、続けて吐き出されたしょうもない言葉に、思ったより感情の揺れ動きが激しかったようで、上手く反応できなかった。
「いや~久しぶりに人と喋ったからはしゃいじゃったよ、いや~ん、はんずかしぃ~」
顔を両手で覆い体をいやんいやんと振る
「・・・ちなみに、どれくらい振りなんですか?」
気持ち悪いな〜と感じながらも、何とか問いかける
すると男のテンションは何かに絶望したのかってくらいに下がる。
「数千年かな」
山田は驚愕しつつも、テンションのふり幅でかすぎだろと思いながら
「そ、そうなんですかそれは・・・」
なんと声をかけていいか分からなかった。男はその数千年孤独に耐えてきたのだろう、それは想像を絶する孤独。自分だったらそんな孤独に耐えられない。悪い事きいちゃったな~。そんな事を考えていると
「でもでもデータみたいなもんだから大丈夫~。てか、人が来たら発動する魔法だし~カツオだし~昆布だし~」
山田はこいつに同情した自分に怒りを覚え、何かを我慢し鎮めるかのように目をギュッと閉じ、歯を食いしばった。その拳は少し震えていた。生前のこの男はそうとう面倒くさい人間だったのか、このデータみたいなのが劣化でこうなってしまっているのか。その答えは出なかった。
「さて、緊張もほぐれただろうし、何だっけ?・・・・・あ~そうそう、説明ね説明、君さ~あっちの世界で何か良い感じの魔法陣描いたでしょ、あれが何かこう良い感じに、この樹の中、あ、そうそう今ね~これ俺が大昔に植えた樹で、その中にいるのよ、そうそう、で、この樹何の樹ってな感じで、良い感じ風にこっちとあっちが繋がっちゃって~君がこっちに来ちゃったの、で、君何枚か魔法陣描いたでしょそれがあっちの君の痕跡全部消しちゃった~って感じよ」
山田は、口をぽかんと開けたまぬけ面で、全然要領を得ない説明に、この人本当説明下手なんだなと、ちょっと不安になってきていた
「あ、あの、すみません色々聞きたいことはあるのですが、そもそもあなたは誰なんでしょうか?」
男は額に手を置きあっちゃ~と古臭いリアクションを取りながら
「いや~めんごめんご、忘れて・・・・いや僕は君を試したんだよ。良く気が付いたね、もう少し言ってくるのが遅かったら僕は君を叱らなければいかなかった所だったよ。知らない人に付いて行っちゃいけません!ってね」
急にきりっとした感じを出してくる
「いや、今あっちゃ~って動きした後に、忘れてたって言おうとしましたよね」
「私は大賢者だ。そのような事あるわけがないだろう、よしんばあったとしても気を使ってあげるのが大人というものだろ、よしんばそういう事があったとすればな、わしはないがな」
「だ、大賢者?いや、急に私とか、わしとか、一人称も口調も変わってますけど、もう面倒くさいし大人なんでそれで良いです」
「そう?悪いね。じゃあ、えっと。僕は君と同じ、地球生まれの日本人でこっちの世界に何故か来ちゃったんだよね。データが劣化してるからかちょっとその辺あやふやなんだけど」
そういって男は手に持った杖の下で立っている足元をトンっと叩く。するとそこから波紋が広がり白い空間から、とてつもなく大きな樹とその周辺の映像に変わる
「僕がこっちに来た時代は、大戦争で世界が荒廃しちゃっててね、何とかまともな世界にしようと奔走したもんだよ。国とかも作ったりしてさ~。あ、この世界には向こうと違って魔法が使えるんだよ、そう!いわゆる剣と魔法の世界だよ!」
男は何故か興奮して力強く杖を掲げる。すると男の掲げた杖の先で、特大の火の球が現われ、その火の球を大量の水が押し流し、土の壁がその水を閉じ込める、風が土を巻き上げ、雷が落ちる、急に暗くなったかと思えば闇を引き裂くよう光が溢れる。
そんな光景を口を開けてポカンと見ていた山田は、これは夢なんじゃないかと思い始めていた。