C-12「フリスビーと」
日の出前のまだ少し薄暗い朝。霧の様な靄の様な物が立ち込める太古の森の一角。そこだけ無理矢理に広げたような広場に迷彩柄の何十人も入れそうな、ゲルのような大きなテントがポツンと佇む。そのテントから眠気まなこを擦りピンク色の服を着た一人の子供が足下からピッピッと音を鳴らし出て来る。その後を金色の狼の様な犬の様な2頭と黒い狼5頭が出てきて外の様子を伺うと嬉しそうに駆け出し広場を走り回りじゃれ合う。山田とその一行だ。
「ふああああああ〜んんん〜いい朝だ」
山田は1つ大きな欠伸と伸びをしてから肺いっぱいに空気を吸い込む。朝の清々しい空気が身体の隅々まで浸透して清められていく様な気持ちになる。
「ラジオ体操第1〜チャンチャカチャカチャカ、チャンチャカチャカチャカ」
朝がそうさせるのか、日本人には馴染みの体操のリズムをおもむろに取り出した。
「まずは背伸びの運動から〜だっけ?そんな感じの運動〜」
と言いながら変な踊りを始めた山田の様子に気が付き、何かあるのかと近づいてきてお座りしながらじっと見つめる金太郎達。
山田はしばらく踊っていたが飽きたのか変な体操を止め、近くに集まっている金太郎達を見回す。
「MPは減ってないよな?」
首を傾げる金太郎達に、何に納得したのか腰に手をあて、うんと1つ頷く山田
「よし、顔を洗うぞ〜。昨日歯を磨かないで寝ちゃったしな。実家の犬も歯槽膿漏で牙を抜いてから大人しくなっちゃってたから。お前らも気を付けないとそのご立派な牙を抜かないといけなくなるかもよ、口もすっげ~臭いしな」
この世界に歯槽膿漏ってのがあるのか分からないけどなと思いながら、以前使った歯磨きセットと手ファンネルを出して行く。<デザイン>スキルで金太郎達用の歯磨きセットを生み出し手ファンネルに渡していく
「はい、お口を開けてくださいね〜。って人用の歯ブラシと歯磨き粉で良いのか?・・・・・まあいいか」
嫌そうに後ずさりする金太郎達を手ファンネル達がガッチリと捕まえてガバッと口を開け歯磨き粉をつけた歯ブラシをブッサリと突っ込んでいく。
「え〜っと、磨く歯によって歯ブラシの使い方が違うんだっけ?先っちょ使ったり面を使ったり尻を使ったり、一つの歯に十回は擦らないといけないんだっけ」
山田は通ってた近所の歯医者の歯科衛生士がそんなこと言ってた様なと思い出しながら歯ブラシをゴシゴシ動かす。
こっちへ来て初めて磨いた時も磨きにくいなと感じていたが、口も小さくなってるし乳歯だしそりゃそうかと思い、<修正>スキルで子供サイズの歯ブラシにしようとしたが、山田の中の何かがそれをしたら負けだと止めた。
そもそもこの体は虫歯になったりするのかと疑問に思うが、あの大賢者なら虫歯菌もオプションでつけといたから〜なんてやりかねないなと、嫌な記憶を振り払うかの様に歯ブラシをゴシゴシ動かす。
ふと金太郎達を見ると、口が泡だらけでされるがままになっていた。金太郎達の右側と左側にそれぞれ歯ブラシを持った手ファンネルがせわしなく動いている。
「右と左で二刀流かよって違うか」
こちらへ助けを求める視線を送ってくるが、山田は左手の親指を立てウィンクで返す。<デザイン>と<作画>スキルでウィンクと同時にハートが出て、フヨフヨと空中を進んで弾け沢山の小さいハートになって消えていくという細かい仕事も忘れない。
それを見た金太郎の耳と尻尾は元気がなくなり、山田と出会ってから何度目かの諦めたような表情になった。
磨き終わった山田は道具袋から水袋とコップを取り出し、水袋の栓を開けてコップに水を注ぐと口に含み、グチュグチュと口をゆすいでから少し顔を上げピューっと吐き出した。水が放物線をえがき、地面にふれる前に<修正>スキルで霧にしてから消していると、少し顔を出した太陽が虹をかけるが汚いのか綺麗なのか分からなかった。
残った水で歯ブラシを洗い、視線を移すと口元が泡だらけの金太郎達が死んだ魚のような目で山田の様子を見ていた。
「結構口の中や口周り泡まみれだな、どうするかねこれ、水で濯ぐのは大変そうだな、良いや面倒くさい」
そう言って修正スキルで金太郎達の泡を取り除いていく。何か言いたげな金太郎達だったが、やっと解放されたかと立ち上がりブルブルと体を大きく震わせる。
山田は水袋を逆さにしてドバドバと出した水を<作画>スキルで空中に浮かせながら、バスケットボール位の球体にする。それを顔の高さまで持ってくるとタオルを取り出し手ファンネルに持たせ、水球へ顔を突っ込みバシャバシャと顔を洗う。水球から顔を出すとビシャビシャになった髪や顔から水が垂れ、服も濡れる。山田はタオルを受け取り顔を拭き、道具袋からドライヤーを出すと手ファンネルに持たせ濡れたところを乾かす。一瞬何かを思い出したヤマブキ達がビクッとしたが、自分達と無関係と分かるとあからさまにホッとしていた
「お前らもやるか?」
その言葉に一斉に首を横に振る金太郎達
「そっか、気持ちいいのに」
金太郎達には無理やりやらされるんじゃないかと一抹の不安があったが、山田が残った水をその辺にてきとうに撒くと、その様子に安堵した。
◇◇◇
そうこうしているとだいぶ明るくなって来た。相変わらず森は静かだが、この広場は山田とその一行のせいで少し騒がしかった。
「ペットを遊ばせてやるのも飼い主の勤めだな。よし」
何の責任感か、そう言うと手ファンネルを3個だけ残し、<デザイン>スキルで赤、青、黄色のフリスビーを1枚ずつ3枚作り。2枚をそれぞれ手ファンネルに持たせて、赤のフリスビーを自分の右手に持ってフリフリと振る。金太郎達は不思議そうに山田の持つフリスビーを見ている。
「よし金太郎、これを投げるからキャッチしてみろ」
そう言うとフリスビーを軽く投げる。回転したフリスビーが山なりに飛んで行く。
金太郎は暫く飛んでいく様子を見ていたが、一気に走り出しすぐに追いついて飛び上がると大きくガバッと口を開ける。
山田は悪巧みでも思いついたかの様に口角を上げると、金太郎が口でキャッチする寸前<作画>スキルでフリスビーの速度をグンッと上げる、金太郎の口を閉じる音がガチっと鳴る。スタッと前足から着地した金太郎は山田へ振り向き不満そうな表情だ。
「わはははははははは~そんなに簡単にキャッチできると思うなよ」
そう言いながら<作画>スキルでフリスビーを自分の手元に戻す。金太郎は悔しそうに山田の元へ戻ってくるとお座りをし、もう一度と言わんばかりに尻尾で地面をパシパシと叩く。
「お、やる気じゃないか。よっしゃ!もっかい行くぞーそりゃー」
山田の投げるモーションとその声に脱兎のごとく走り出す金太郎、だが山田はフリスビーを投げておらず、少し行った所で金太郎はフリスビーが飛んでないことに気がつくと急ブレーキをかけ山田の方へ振り向く。山田はフリスビーを振りながら。
「残念投げてませんでしたー。金太郎お前めっちゃ走ってたなプププ、ちゃんと確認しないと〜」
フリスビーで口を隠しながらいやらしく笑う山田。悔しそうな表情でトボトボ戻ってくる金太郎。
「と見せかけて投げるー」
山田のそんな意地悪にも金太郎は素早く反応して、さっきより高く上がったフリスビーへすぐに追いつくと飛び上がり口を大きく開ける。これはまた同じ事になるかと山田が<作画>スキルでフリスビーのスピードを上げた瞬間、金太郎が本来のサイズに戻りフリスビーを見事にキャッチと言うか口の中へ、心なしか軽やかに着地すると同時にいつもの大きさに戻る。どうだとでも言いたげに尻尾を振りながらフリスビーを咥え山田の方へ走って来る。
「かあああー、やるじゃないか。ドヤ顔しやがって。てかフリスビーベットベト」
そう言いながら、金太郎の身体や頭を撫でて涎でベトベトのフリスビーを受け取り<修正>スキルで綺麗にする。
「そういえば首輪にそんなスキルを設定したんだっけか」
ブンブンと音が聞こえてくる視線をやると、ヤマブキや魔狼達の耳が立ち、尻尾が自分達もやりたいと言いたげに凄い勢いで行ったり来たりしていた。
「よっしゃ。ほんじゃ、フリスビー3枚をいっきに投げるぞ」
山田と手ファンネルが一斉に投げると、金太郎達は競い合うように一斉に走り出す。生存競争に明け暮れるこの森で今までこんなに無防備に遊べたことなど無かった金太郎達は楽しかった。
◇◇◇
山田はしばらく遊んで満足したが、金太郎達はまだまだ遊び足りない様子だったので、あとは手ファンネル達に任せて自分はテーブルと椅子とマグカップを道具袋から出しコーヒーを飲みながらその様子を見ていた。
「しかし、もうフリスビーじゃないよなあれは、衝撃波とか土煙とか上がってるし・・・速すぎるだろ」
少し離れた場所で行われているフリスビーを使った何かを仏のような表情で見つめる山田
「ん?」
山田の視界の右端にキラキラとした何かがチラチラと入る
「ね〜ね〜、あれ何してんの?空中に浮いた手首がフリスビーを投げてるってかなり気持ち悪いんだけど」
右のほうから声が聞こえるのでそちらに視線を向けると、金髪ツインテールでクランベリーレッド色の某不思議の国のア〇スが着ているようなエプロンドレスを着て、クランベリーレッド色と白色の縞々のニーハイソックスと靴を履いた、成人男性の片手に収まる位の大きさの羽根の生えた小さい人間が金太郎達の方を向き、パタパタと動かす羽根からキラキラとした何かを出しながら目の前をフヨフヨと飛んでいた。
「ねえねえ聞いてんじゃん。あれってフリスビーよね、フリスビー追いかけてるのって犬?狼?ペットなの?凄い速さだけどあれは遊んでるの?そういえばなんでここ広場みたいになってるの?ねえねえ何で?何で?」
「へ?」
山田は急に現れた妖精のような羽根の生えた小さい人間の怒涛の質問責めに上手く反応出来ず、間抜けな声を出してしまった。少し離れた所で金太郎達の遊ぶ音が聞こえてくる。
「何アホ面ぶら下げてんのよ、ちょっとドン引きよ」
妖精のような人間は羽根をパタパタ動かしながら腰に手を当て山田を覗き込むように見ている。
「ちょっとなのかドン引きなのかどっちだよ。って、あの〜どちら様でしょうか?」
我に返った山田の第一声はそんなまぬけなツッコミと質問だった
「質問を質問で返すってどうなのよ。まあいいわ、見て分からないの?あたしは妖精よ」
妖精は胸の前で腕を組み胸をそらせて答える。
「へ〜妖精って初めて見たな〜ってこの世界のものは大抵初めてだけど」
山田も腕を組み珍しげに妖精をまじまじと見つめる。妖精も負けじと見つめる。見つめ合う山田と妖精。そして恋が・・・始まらず
「って、何で見つめ合ってんのよ。そんな事よりあたしの質問に答えなさいよ。目ん玉えぐり取ってピンポン玉と入れ替えて、あの人ずっと白目だねってご近所さんの噂にしたろか!」
「口悪!こっわ!」
山田は妖精が自分の鼻っ面へ向けてビシッと指した指をみつめ寄り目になる。可愛い容姿に反して恐ろしい事を口にする妖精に山田は少し腰が引ける。
「いいから答えなさいよ」
「え?ああ、何だっけ?ああそっか、なんかいっぱい聞かれた気がするけど、え〜と、まあ・・・・・なんと、なく?」
「なんとなくって何よ。適当ね、しかもなんで疑問形なのよ」
呆れたようにフヨフヨと空中に漂う妖精。
「で、妖精さんはどういったご用でしょうか?」
妖精はよくぞ聞いてくれましたとばかりに姿勢を正す
「いや〜それがさ〜、なんか気を失ってたみたいで、目を覚ましたらあんた達が騒いでるから何してるのか気になって声をかけたのよ。昨日の夜この辺で光の柱がピカーって現れて、吹き飛ばされて何かにぶつかったのは覚えてるんだけど、ちょっとここん所たんこぶになってないかしら」
妖精は後頭部をさすりながら答える。山田は昨夜自分がやったことを思い出していた。
「そういえば、あんた達は大丈夫だったのね」
「え?お、オレ達はほらあれだから、相当なあれだからな」
「あれって何よ?・・・ぶつかったせいか色んなことがあんまり思い出せないのよ、何か大事な使命があった気がするんだけど靄がかかったみたいに、ぼんやりしてて、名前くらいはわかるんだけど」
顎に手を当てながら困った表情の妖精
「そ、そ、そ、そ、そうなんだ〜やっぱりこの森は危ないよな〜うまいって文字の光の柱が現れるんだから、危ないよな〜気をつけないとな」
コーヒーを一口飲もうと持ち上げたカップが小刻みに震えて、中のコーヒーがチャプチャプと少し揺れる。
「何で急に焦ってるのよ?」
山田の方を向き疑うような眼差しを送る妖精。
「あ、焦ってねーし」
動揺を隠すようにコーヒーを一口飲む山田。
「怪し〜わね、ありえないくらいの速さで目が泳いでるわよ、何で光の柱がうまいって文字だったって知ってるのよ」
怪訝な表情で山田を睨む妖精。
「そ、そんな事より思い出せないって割にはフリスビーとかピンポン玉の事知ってんだな、こっちにもフリスビーとかってあるのか?」
「あれ?そういえば何で知ってんだろう」
腕を組んで考え出した妖精に、コーヒーカップを置きながら何とか話題をそらす事ができてホッとする山田。まさかあのお遊びで迷惑を掛けていたとは。これからはなるべく気をつけようと思うだけは思う山田だった。
「それで妖精さんのお名前は?」
考えを中断して山田の方へ顔を向ける妖精。空中を一回転すると気を取り直し山田の頭より高い位置で腰に手を当て胸をそらす。
「聞いて驚け見て笑え。わたしはアリー、妖精のアリーよ」
「いや、笑っちゃダメだろ、って結構安直だな」
山田の言葉にじろりと睨む妖精のアリーに、睨まれ少したじろぐ山田。
「で、人様の名前にいちゃもん付けるあんたは誰よ」
そう聞かれて山田は気を取り直すようにコーヒーを飲み干しカップをゆっくりと置く。遠くの方から金太郎達が遊ぶ音なのか何かシューっと音がする
「俺が誰かだって?その耳よ〜くかっぽじって脳みそに焼き付けな!俺の名ギャ!」
突然、赤い帯が山田を襲う。
「いぎゃああああああああ」
物凄い速さで飛んできた赤いフリスビーが山田の則頭部に直撃し衝撃波を起こす。その勢いで椅子やテーブル、コーヒーカップも吹き飛ぶ。
目玉が飛び出て則頭部が凹み、変な方向に首が曲がった様に見えた山田が、アリーの視界から凄い勢いで吹っ飛んでいく。
「ぎゃいぎゃああ?変な名前ね」
山田とフリスビーがぶつかった衝撃波からスキルか魔法か何かで守りながら、アリーは凄い速さで飛んでいく山田を見ながら呟いた。
金太郎達は目と口を開け、血の気が引いた顔をし震えている。心なしか金色の毛並みも青くなっている。手ファンネル達もお互いを握り合い震えている。山田に当たり跳ね返った赤いフリスビーがボスっと地面に落ちる。その音に我に返った金太郎達は急いで山田の元へと向かう。アリーもその後を付いて行く。
何度かバウンドし土煙を上げ、広場と森の境目で止まった山田は暫く動かなかったが、頭をさすり、服についた汚れを払いながら、のそのそと起き上がる、痛みは有るがダメージはない。下を向きながら土煙の中からゆっくり出てきた山田の表情はアリーや金太郎達には読み取れない、金太郎達には怒っている様にも痛みや怒りに耐えている様にも見えるのは、やってしまった事への恐怖からか。耳や尻尾が垂れ下がり震える金太郎達をよそに、急に突風でも吹いたかのように土煙が撒きあがる。山田は拳を作った右腕を目の前まで持ってきて、親指を上げ、ビシッと自分の顔を指す。
「俺の名前は山田だ!」
「いや、自己紹介続けるんかい!」
アリーのツッコミにキョトンとした表情の山田。
「いや、そんなに吹っ飛んでて何でキョトンとした表情してんのよ」
明けましておめでとうございます。