拡がる不安
「では、これから任務の説明をする。どうぞ」
「...」
「燕号応答せよ」
「...」
総合司令塔に安堵の二文字はなかった。
誰もが成功を信じ、喜びを共有した。
この通信はその喜悦を破壊し、職員に憂患を与えた。
「何か視認できる異常はあるか!」
総司令官の怒号が飛ぶ。
「燕号を視認できません…。」
絶対零度の空間に職員全員が閉じ込められた。
「レーダーは!」
「反応無し。見失いました。」
「通信ロスト!完全な音信不通です!」
諦念、絶望、悲愴、心労…どの言葉もこの状況を表すのに最適だ。
「繋がらないのか…。燕号がいるであろう位置に通信を送り続けろ!」
「NASA、関係省庁にこの旨を伝えろ!そして、記者会見の準備をしろ!場所はここ、私と副司令官が行う!早急に原稿を用意しろ!わかったか!」
「了解しました!」
何故だ何故だ。今儂が見ていたのは幻想だったのか。確かに私の眼にはあの白い燕号が映っていたはずだ。
職員は何かに取憑かれたかのように走っている。その目に光はない。代わりにそれは劣弱を訴えていた。総合司令塔はこれまでにないほどの匆匆であった。その様子は休みを知らぬ駿馬のようだ。
「原稿上がりました!」
総合司令塔内にその声は響いた。
「ありがとう。記者会見の旨は各放送局に伝えたか?」
「勿論です。あと1時間後にここで開始する予定です。」
「分かった。準備を進めておいてくれ。」
信号がロスト。視認不可。どのレーダーも捉えていない。それが意味すること。それは、地球上に存在していないということだ。急速な加速?そんな訳ない。速度はこちらでも管理が可能だ。然し、急な加速は確認されていない。消失の瞬間、燕号はレーダーから"消えた"。レーダーは全部で4基あるが全てで消えた。詰り、瞬間移動したのだ。これは勿論仮説だ。儂も信じていない。これをマスコミに言っても信じないだろう。マスコミとはそんなものだ。
然し、どうしたものか。原稿には常套句が載っている。儂はこれが大の嫌いなのだ。これはただの時間稼ぎにしかならない。船員の家族も納得しないだろう。でも改変してややこしくはしたくない。
「NASAから連絡がありました。読み上げます。」
―完全協力をする。関連性があるかはわからないが、消失と同時刻に異常現象を観測し た。一瞬だけ燕号の進行方向の天体が異常に接近した。原因は不明である。では、発見されることを祈っている。
「とのことです。」
なるほど。同時に発生した天体の急接近。もしかして…。
「わかった。」
「これは飽く迄儂の持論だが聞いてくれ。」
「は、はぁ。」
「きみは異常空間上の位置共有現象を知っているか。」
「聞いたことはありますが、まさかそれが原因だなんて言い出しませんよね?さすがにあの論はあり得ませんし。」
「残念だがそれだ。」
「す、すみません!」
「まぁいい。燕号はレーダーから消失した。それは瞬間移動を意味する。いま出ている論で瞬間移動は異常空間上の位置共有現象しかない。」
「さらに燕号の消失と同タイミングで進行方向の天体が急接近したらしいな。この事実はそれの揺るぎない証拠だ。」
「………」
「だがこの現象だと決めつけるには最低でもあと15年、重力波等の観測を続ける必要がある。」
周囲の職員らが聞いていたらしく、総司令官の周りには人だかりができていた。
―異常空間上の位置共有現象?あり得ないよ
―詰り、宇宙人が存在するってことか
―これはやばいな
喧騒が非生産性の議論を始めていた。
「お前らは仕事に戻れ!」
その声は喧騒を蒸発させ、それを耳にしたものは蜘蛛の子が逃げるかごとく仕事に戻った。
「総司令官、副司令官。記者会見の時間です。」
総司令官らは臨時の記者会見室についた。止むことのないシャッター。
「これから、今回発生した事象の会見を始めます。」
「今日の午前10時34分、燕号の信号がロストしレーダーから消失しました。現在原因を調査中です。詳しいことが分かり次第再度会見を開きます。」
どよめく記者達。何人かの手が挙がる。
「人為的な物でしょうか。」
「まだわかりません。」
「責任についてどうお考えでしょうか。」
「どういうことですか?責任も何もないですよね。この事象で責任を負わせられる人は一人もいません。誰かが辞めたところで何も変わりませんし。」
「ほかに質問がないのでしたらここで閉めさせていただきます。」
静まった会見室を後にする。
だんだん短くなっていっております。
あ、紹介が遅れてしまいました。Lithiumでございます。
これからはもっと内容が詰まったものにしていきたいと思っています。
これからもどうぞ御贔屓のほどよろしくお願いいたします。