不幸中の幸い
「とうとうこの時が来たか…。」
サクラは、幸せを孕ませたため息を吐いた。
私は夢を叶えたのだ。
東京五輪が終わった翌年、日本はさらなる進歩を世界に示すための計画を発表した。その計画とは、月・火星で人類が生存できる環境の構築である。
月・火星での人類生存が確立されれば、人類の未来に多くの影響を与えるだろう。そうなれば日本の技術力の高さが世界に証明される筈だ。詰り一石二鳥である。
私はこの計画の船長、即ち指揮官に任命された。とても光栄なことである。任務期間は5年。その間に私率いる第一陣は月・火星の現地調査をする予定だ。第一陣の調査結果で今後の計画が左右される。確りと役目を果たさなければ。
「....3....2....1」
「....0」
ロケットは激しく噴煙を出し飛揚した。私の期待とともに高度をぐんぐん上げていく。クルーも目を輝かせて窓から船外を見つめている。
「此方総合司令棟。調子を聞きたい。どうぞ。」
「此方燕号。良好だ。どうぞ。」
「では、これから任務の説明を…」
「…通信状態が悪いようだ。また掛けなおしてくれ。」
「…………」
何が起こっているんだ。通信が途切れることはめったにないこと。待てば通信が来る。焦るな私。船長だろ。
「船長!地球との通信が全て遮断されました!」
「何だと!もしかして…。おいハル!船外に地球は見えるか!」
「船長。地球が見えません。最悪の事態です。」
やはりそうか。私には一つ心当たりがあった。然し、その現象は地球以外に高度な知能を持った生命体がいるということを指す。有り得ない。私は絶句した。
その現象とは、「異常空間上の位置共有現象」である。この現象は、一瞬強い衝撃が一点に加わることで空間が歪み、元居た地点から、空間が折りたたまれた時に位置を共有した地点に移動する現象である。詰り、強い衝撃が原因でワープするということだ。
何度も繰り返すがこの現象には強い衝撃が必要である。ここが問題である。此処でいう「強い衝撃」とは、ツァーリボンバの数倍の衝撃を1μ秒間起こさなければいけない。それを「一点」にだ。とても小さな点にエネルギーを集中させるのだ。
学者の中で噂はされていたが、信じる者は多くなかった。抑々この現象は自然的には発生しないと結論付けられ、ただの臆見とされた。まさかその現象が起きるとは…。
「然し船長、まだそう結論付けるのは尚早すぎはしませんか。」
「それもそうだなクラ。でも…。逆にクラは何が原因だと思う。」
「スピードの調整が利かなくなったのでは。スピードが異常に速くなったと思うのですが。」
「然し、電波は届く筈だが。」
静寂が辺りを支配する。
私だって信じたくない。だが、それ以外に何も思いつかない。
「周りに何か惑星的なものはないのか。」
「近くに惑星があります。というか、何かの星系に飛んできたようです。」
なんと。もうこれは異常空間上の位置共有現象が起こったと確信してもいいだろう。とても貴重な現象に遭遇しているのだが、あまり嬉しくない。嬉しがるのもおかしいのだが。船長である私はこれからの計画を立てなければならない。どちらにしろ備品はいつか尽きる。何処かに着陸できる場所があればいいのだが。
そういえば、異常空間上の位置共有現象が起こったんだよな。ということはこの星系に高度な文明を持った生命体がいるということになる。ワープの際に最低でも数十光年は移動している筈。核兵器で起こったとしても危険な状態ではない。これはもう、血眼になって惑星を特定するまで。
「これから、今後の計画を発表します。」
「先ずはこれまでに何が起こったのかを説明します。」
私は、異常空間上の位置共有現象が起きたこと、そこから考えられる可能性をクルーに伝えた。
「次は、これからの計画を話します。」
「先ず、周囲の惑星の環境を調査することです。」
「最終的な目標は地球に帰ることですが、それは困難なことだと思われます。異常空間上の位置共有現象では最低でも15光年は移動します。今のまま帰還を試みるのは至難だと考えられます。」
「そこで、今の時点での最終目標は、異常空間上の位置共有現象を起こしたとされる星で計画を練ることです。」
「生息できるとは限らないのでは。」
クラが予想通りの質問を投げかけてきた。
「それは調べてみないとわかりません。」
「以上がこれからの計画です。皆さんお仕事に取り掛かってください。」
この星系は太陽系のスケールをそのまま縮小したようなものと推測される。となれば、ハビタブルゾーンも必然的にあるということだ。詰り生命体が生息できる可能性が高いということである。更に、液体状の水も存在してるかもしれない。これは期待大だ。この船には約五年分の食料などがあり、探査するには差支えはないだろう。
約一か月に及ぶ探査の結果、本当にこの星系は太陽系に相似していることが判明した。まだ確定ではないがハビタブルゾーンも確認されている。第四、第五、第六惑星がハビタブルゾーンに入っている。
私達は今、第六惑星と第七惑星の間にいて、予定では第四惑星に着陸することになっている。この惑星の環境は地球に似ており、上手くいけば宇宙服無しで活動ができるかもしれない。
不安な点で言えば、地球に似た環境ということは知的生命体が生息している可能性が高いということだ。私にしか伝えられていない極秘事項なのだが、船員分の武器も備品の中に存在しており、地球外知的生命体に襲撃されても応戦が可能になっている。
「第四惑星にはいつ到着する予定ですか。」
「このままで行けば約二か月で到着する予定です。」
二か月か…。この間に何をしておくべきだろう。現地の詳しい情報はまだ手に入っておらず、着陸からの予定は推測で計画を立てることになってしまう。直前になっての計画変更はなるべく避けたいものだが、かと言って直前に計画を立てるのも正しい判断とは言い難い。今できることは、第四惑星の情報を詳しくするために急いで調査をすることだろう。
考え込んでいた私の頬を冷たい一筋が通った。ふと、地球にいる家族の顔が脳裏をよぎったのだ。
そういえば今日は息子の誕生日だな。あいつは地球の写真が欲しいって言ってたっけ。今何をしているのかな。
考えれば考えるほど胸が締め付けられていく。何とかして生きて地球に帰らねばいけない。私の心に強い使命感の火柱が上がった。
コンコンコンコン
ドアがノックされる。私の返事を待たずにクラが入ってきた。
「一か月の調査の結果を報告します。」
「第四惑星についてですが、確認した中では陸地は一つの大陸によって構成されています。平均気温は15℃前後。空気の成分構成も地球よりも二酸化炭素量が少ない点以外は酷似しています。」
「ですが一つ問題があります。第四惑星は公転周期と自転周期が一致しているので、常に同じ面が恒星に照らされています。詰り、我々が着陸できる陸地は常に昼なのです。」
「他にはなにかありますか?」
「第四惑星からの電波は確認できませんでした。まだ復興が完全に終わっていないようです。それとも…」
「どうしましたか?」
「それとも…。第四惑星の文明は完全に破綻し、生物の知能レベルも著しく低下しているということです。残念ながらこちらの仮定の方が現実味を帯びています。ツァーリボンバ以上の衝撃をあの小さな陸地で起こしたとなると、生き残りがいる方がおかしいです。」
「わかりました。簡易的な地形図は完成しましたか?」
「完成しました。こちらです。」
クラは細かく記載された地形図を私に渡した。
大陸はグリーンランド程のサイズで、平地が多い。山地は一筋の険しい山脈のみだ。着陸するとしたら東側の海岸付近だろうか。
「ありがとうございます。よく一か月でここまで調査できましたね。」
「では船長。これからの計画は?」
「あなたたちの資料をもとに明後日ごろまでには決定させます。また何か分かったことがあったら教えてください。」
「わかりました。では私はここで失礼させていただきます。」
この量の資料があればある程度踏み込んだところまで計画が立てられるだろう。
これから忙しくなるぞ!頑張れ私!